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本屋の時間

2021.03.15 公開 ツイート

第106回

通り過ぎたひと 辻山良雄

先日、アルバイトのNさんが店を辞めた。四年間働いてくれたので、まあ長い時間といってよいだろう。もちろん、いつかはこの店を出ていく人だとわかってはいたが、長いあいだ一緒にいるうちには、何かしら情というのも湧いてくる。彼女から仕事を続けられなくなりましたと聞かされた時、ついにこの日がきたかと、体じゅうを冷たい風が吹き抜けた。

 

思えばアルバイトの人には恵まれていて、これまでは特に募集をしなくても、必要な時に自分から声をかけてくれる人が必ずいた。店の開店時、これは夫婦二人以外にも手伝ってくれる人が必要じゃない? と思っていたら、以前別の仕事で知り合っていた学生のMくんから連絡があり、彼が週に一度か二度、店でアルバイトをすることになった。カフェで出すお菓子をどうしようか考えていたときは、ケータリングやフードコーディネイトの仕事をしていた女性から手紙が届き、彼女がお菓子をつくりにきてくれることになった(なんて都合のよい話!)。

彼らはいま東京や奥会津で、それぞれ自分の仕事をしている。いまでは編集者となったMくんだが、就職活動中のある日わたしの横にしんみりと立ち、来週からしばらくのあいだ休ませてくれといってきた。自転車で東北まで北上するというのだが、よく聞いてみると自分探しとかではなく、進行中の面接で「なんか学生時代に面白い体験ないの? たとえば自転車で日本一周するとかさぁ」といわれたからなのだとか。

それって圧迫面接でしょ。そんな会社やめちまえとか夫婦二人でわあわあいったのだが、それでも彼は自転車で北へと向かい(「いま日光です!」などとたまに元気そうなメールが届いた)、いまではその会社で働いている。

NさんはMが就職で辞めたころ、やはり自分から連絡をしてきた。あまりうわついたところはなく、店に並べているような本に詳しいという訳でもなかったが、それは仕事をする上で大きな問題にはならなかった。彼女の働く姿を見ていたから、最近の若い人はなどと世代をひと括りにして考えることもなくなった。

本人がこの仕事をどう思っていたかはわからない。長いあいだ辞めずにいたので、そんなにいやではなかったのだろう。イベントのとき登壇者と話しながらも、お客さんといっしょに笑っている彼女の姿が視界に入ると、「楽しんでくれてよかった」となぜだかほっとしたものだ。

彼女はいつも仕事が終わるとさっと帰っていったが、最終日も風のように、いつのまにかいなくなってしまった。もう少しじっくりと話をすればよかったと思うが、そうなると何をいえばわからなくなるので、それでよかったということか。

 

今回のおすすめ本

二重のまち/交代地のうた』瀬尾夏美 書肆侃侃房

「僕の暮らしているまちの下には、お父さんとお母さんが育ったまちがある」
津波で流されたまちは嵩上げされ建物も建ちはじめたが、それはわたしの知っているまちではない。喪失感とそこからの回復。ほんとうの「復興」とは何か、様々な表現を使って考えた。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2024年5月10日(金)~ 2024年5月28日(火)Title2階ギャラリー

キッチンミノル出版記念写真展「ひこうきがとぶまえに」
~航空整備士の仕事~

しゃしん絵本作家のキッチンミノルが出版社を立ち上げました。第一作目は、飛行機が格納庫に帰ってきてから、再び空に飛びたつまでの航空整備士さんの仕事を、JAL全面協力の元、キッチンミノルが温度感ある写真と文章追いかけたしゃしん絵本『ひこうきがとぶまえに』です。紙面では航空整備士の仕事や見たことない機器、機械類がページいっぱいに広がります。
今回は絵本の中の写真や惜しくも絵本には収めることができなかった写真を展示します。写真だからこそ伝わる迫力! 緻密さ!! 臨場感!!! 子どもだけでなく、大人も一緒に楽しめます。
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化のお知らせ】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」がとうとう書籍化! 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Title予約サイト
 

 

【書評】

『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
 

【お知らせ】

「読むことと〈わたし〉」マイスキュー 

店主・辻山の新連載が新たにスタート!! 本、そして読書という行為を通して自分を問い直す──いくつになっても自分をアップデートしていける手段としての「読書」を掘り下げる企画です。三ヶ月に1回更新。
 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編
 

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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