4月13日、鈴木綾さんとひらりささんがスウェーデンの漫画『21世紀の恋愛』を課題図書に「私たちに恋愛は必要なのか」を語り合います。開催を前に、綾さんによる感想が届きました。
「恋に落ちる」はなぜ難しいのか?
この世の中には「永遠のテーマ」と言われているものがいくつかあります。
神は存在するのか。宇宙には終わりがあるのか。死後の世界はあるのか。そして、レオナルド・ディカプリオはなぜ若い女性と付き合っては別れを繰り返すのか。
この最後の質問を糸口に、スウェーデン人の漫画家、リーヴ・ストロームクヴィスは、その著書『21世紀の恋愛 いちばん赤い薔薇が咲く』で21世紀における恋愛を考える。たった160ページで、ストロームクヴィスはスラヴォイ・ジジェクからビョンチョル・ハンまで様々な哲学者や歴史人物を引用しながら、どうして恋愛しにくい時代なのか、を考える。中身は深いが、漫画だから読みやすい。
このコラムの読者で、「THE ONE」がなかなか見つからないと感じている人は少なくないと思う。特に高学歴高収入のキャリアウーマンにとって、恋愛は見つかりにくい。いつも苦労する。
「恋愛の終焉」を巡る葛藤は本やマスコミに今までたくさん取り上げられた。しかし、少なくとも私が今まで読んできた分析のほとんどは、この葛藤を経済的に語るものが多い。社会進出が進んだ女性に「変位」された男性たちは脅威を感じて、より若い女性と付き合ったりするなど、男女の経済力・社会地位という観点から議論されてきた。こういう分析の弱点は、恋愛を恋人同士、あるいは結婚などのパートナーシップの枠内でしか見ていない。他の言い方をすると、社会に認められている人間関係における恋愛しか、分析の対象にしていないことだ。例えばLGBTQ+や不倫などの恋愛は対象外、というか論外。
一方で、『21世紀の恋愛』では、ストロームクヴィスは「恋愛関係」の「恋愛」と「関係」を切り分けて考える。現代で恋愛が絶滅危惧種になっている理由を探るために、まずは恋愛を理解する必要がある、というのが彼女の見解だ。そのため、彼女は今だったら「健全な恋愛」として認められない歴史上の大恋愛話をいくつか取り上げる。その中には古代ギリシアで一般的だった同性愛も含まれている。
私が今までで読んできた「現代恋愛」に関する社会学的な本と違って、ストロームクヴィスは恋愛をより哲学的で抽象的な観点から捉えようとしている。私たちにはどうして「ワクワク感」が足りていないのか。私たちはもう、人間の理解を超えるような非理性的で神秘的な感情として恋愛を見なくなった。ストロームクヴィスは「愛の魔法」がなくなっている世界をとても残念に思っているようだ。
ストロームクヴィスが提案する、より哲学的な恋愛の見方を信じれば、日本で交際経験のない人の割合が記録的な水準になっている理由が明確になる。ストロームクヴィスが説明するとおり、無理やり「達成」にこだわる個人主義・資本主義社会では、私たちが恋愛の失敗――相手と別れた、恋愛がうまくいかなかった(=振られた)――を自分の失敗として見ている。自分のエゴを守るために、相手に背を向ける。しかし、恋に落ちるために、恋愛が「成立」するためには、相手に自分の全てを晒さないといけないし、自分の弱さを曝け出すことも厭わない覚悟がいる。恋に落ちるとは、運命みたいなものだからだ。
『21世紀の恋愛』で私が一番頷いて読んだ部分は、「選択肢」の部分だ。
ストロームクヴィスは恋愛をしたい現代人を悩ます「選択のジレンマ」を見事なまでに説明する。まず、ネットやマッチングアプリのおかげで、結婚相手・交際相手になりうる候補者人口が昔と比較にならないくらい圧倒的に増えた。その上、資本主義の影響(何度も出てくるけど)で私たちは全員人間関係の構築を理屈で理解しようとするナルシストになった。目の青い人がいい、テニスが趣味な人がいい、こんな人、あんな人がいい……私たちの「必要条件リスト」で100点を取らない人とでないと人と恋に落ちない。さらに言えば、選択肢がいっぱいあるからうるさいことが言えると思っている。だって、明日、自分に「より合っている」人と出会えるかもしれないのだから。
この「選択肢が多すぎて結局決められない・満足しない」問題は周りの女性でたくさん見てきた。一人の女性友達の顔が浮かんでくる。40歳の彼女は高学歴・高収入で社交的な人。バイセクシュアルな彼女は異性でも同性でも出会いには全く苦労しない。しかし、彼女はいつも相手がどれだけ自分の要求に応えているかしか見ていなくて、相手に満足できない、付き合っては別れてを繰り返している。「パートナーがなかなか見つからないのよね」と散々彼女の愚痴を聞いてきたけど、彼女の探し方が悪いことを指摘する勇気がいまだに出せない。相手をありのままで受け止めてあげない限り、あなたは恋愛できない、とストロームクヴィスは言うだろう。
私はこの本を頷きながら読んだけど、私は現代恋愛に関してストロームクヴィスほど悲観的になっていない。彼女によると、達成主義・資本主義などの影響によって、現代社会では恋に落ちる、恋愛をするのは難しい。だから、もしかしたらレオナルド・ディカプリオは本当に恋をしてないのかもしれない。
社会の構造や価値観はこの200年で劇的に変わってきたけど、多分人間の本質は変わっていない。資本主義がどれだけ浸透しても人間は恋に落ちる。恋はある意味、避けられない、想定できない。今日カフェでバリスタのラテの作り方に惚れて、彼に恋をするかもしれない。だから、私たちは何度でも恋愛映画を見るんだよ。
『21世紀の恋愛』で描かれている超資本主義恋愛スタイルへの反発が見えてきているかもしれない。この間――それこそバレンタインデーに――アメリカでティンダーやヒンジなどのマッチングアプリに対して集団訴訟が起こされた。訴訟によると、このアプリは中毒性のあるゲーム的な機能を使っている。本当は利用者が相手+幸せを見つけて欲しくないのではないか。
アメリカやイギリスでも、最近「マッチングアプリ時代はもう終わっている」という趣旨の記事やSNSでの投稿をよく見かけるようになった。そういうアプリは豊富な選択を提供しているけど、結果がいまいち、と苛立っている人が多い。
パンデミック後、人は「IRL」(in real life=現実世界)の出会いを求めているのだ。
先週、TikTokerの街頭インタビューで、48時間前に飛行機で出会って、一緒にいるためにニューヨークでの滞在を延長したと明かした、ちょーラブラブなカップルの動画が炎上した。
そこまで勇気を持っている人はいないだろうけど、恋愛は決してなくなっていると思えない。
『21世紀の恋愛』は来月のひらりささんとの読書会の課題本になっています。
ぜひ皆様の意見も聞きたい。読書会でお待ちしています。
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鈴木綾さんとひらりささんによる「『21世紀の恋愛 いちばん赤い薔薇が咲く』読書会~私たちに恋愛は必要なのか~」のアーカイブ動画を販売中です。詳細は、販売ページをご覧ください。
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