外出自粛がつづいていたコロナ禍、自由にどこへでも行けるようになったら、美術館で大きな作品を観たり、豪華なセットの芝居を観たりしたいと焦がれていたのだった。
久しぶりに芝居を観に行くことに。昼の部だったので、幕間の休憩時間にパンでも食べようと、途中、ホテルのデリに寄る。クロワッサンがおいしそうだけれど、ロビーで食べるにはポロポロこぼしそう。それで4個入りのブリオッシュを買い、時間があれば2個、なければ1個食べよう! とレジに並んでいるとアレを見つけたのだった。
ココナツのわらび餅である。以前、何かの折りにいただいて食べたところ、夢のようなおいしさだったアレ。「椰子の白わらび餅」という名のお菓子で、その名のとおり箱を開けるとわらび餅が真っ白なココナツの粉で覆われていた。もう一度食べたいなぁと思っていたことを忘れていたが、思い出したのだった。
買って帰りたい。店員さんに確認すると保冷剤はおおよそ3時間分。この後、芝居が終わるまで4時間はあるので、今、買うには早すぎる。しかし、夕方には売り切れているかもしれないし……。
というわけで、芝居の幕間の20分休憩に買いに走ることにする。
芝居が始まった。そして休憩時間がやってきた。すばやく劇場内から出て、階段を下りる手前でマスクを外した時、イヤリングを落としてしまった。
ない。
今、落としたばかりのイヤリングが、ない。
なぜだ? 影も形もない。イヤリングを探すというロスタイムはすでに3分。わたしは残り17分で、ココナツわらび餅を買い、お手洗いに行き、ロビーでブリオッシュを食べねばならんのだ。仕方がない。イヤリングは諦め、三階から階段を下り一階にたどり着く手前で事件が解決した。わたしのイヤリングが落ちていたのだ。一瞬、わけがわからず、
「え、どーゆーこと?」
立ち尽くしていたのだが、おそらく、イヤリングを落とした時に誰かの服に引っ掛かり、それが一階の階段手前で落ちたのではないか。
経緯はどうでもいい、時計を見るとすでに残り13分。わたしは小走りでホテルに向かい、息を切らせながら「椰子の白わらび餅」を購入。相当、慌ただしい人間になっていたと思う。その後、お手洗いも済ませ、パンを食べるには残り5分。ロビーにはまだ何かを食べている人々がいたけれど、劇場のわたしのお隣りは大柄な男性だったので、席に着くには彼に一度、席を立ってもらわねばならず、バタバタさせては申し訳ない。パンは諦め、バッグに入っていた飴を頬張り劇場に入った。
後半の芝居が始まった。わたしの膝の上にはアレが入った紙袋。家に帰るとわらび餅劇場が開演すると思うとわくわくした。
うかうか手帖の記事をもっと読む
うかうか手帖
ハレの日も、そうじゃない日も。
イラストレーターの益田ミリさんが、何気ない日常の中にささやかな幸せや発見を見つけて綴る「うかうか手帖」。