
今年、生誕100年を迎えた三島由紀夫。衝撃の割腹自殺を遂げてから、55年がたちました。三島由紀夫はなぜ、死ななければならなかったのか。事件は三島由紀夫の「情報戦略」だったのではないか……。三島由紀夫の「最後の一日」を描いたノンフィクション、『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』の著者、中川右介さんにお話をうかがいました。
* * *
三島由紀夫が死んだ理由とは?
──中川さんは事件当時、10歳だったそうですが、事件があった日のことは覚えていますか?

学校から帰ったら、母親が興奮して「三島さんが死んだ!」と言ったのは覚えています。あと、朝日新聞の夕刊に載っていた、三島由紀夫の首が転がっている有名な写真を見た記憶はありますね。
でも、事件について誰かと語った記憶はありません。まだ小学校4年生でしたから。中学生になってから、最近起こった大きな事件として認識したような気がします、
ちなみに、私の家は左翼系だったので、「三島さん」と呼ぶのは母親くらいでした。他の大人たちは「三島が馬鹿なことをした」という感じで、ほめるような人はいませんでしたね。
──事件が起きた1970年は、3月から9月まで大阪万博が開催されていました。
今回の万博とは違って、すごく盛り上がっていました。高度経済成長、まっただなかの時代ですね。この2、3年後に、オイルショック、ドルショックでガタガタッとなるのですが。
──前年には東大安田講堂事件が、3月にはよど号ハイジャック事件がありました。そんな中、三島が死の4か月前、産経新聞に寄稿したエッセイがあるそうですね。
こんな有名な一節があります。「このまま行ったら日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう」。
そんな日本は嫌だ、そんな日本から消えてしまいたい。そんなふうにも取れる、ちょっと予言的なエッセイを残しています。
当時は、みんな浮かれていました。経済大国になったぞ、万博も成功したぞと。しかし、経済的繁栄の代わりに、もっと大事なものを失ってしまったのではないか。それが三島由紀夫の思いでした。
大事なものとは何なのか。事件の前年、三島由紀夫は石原慎太郎と対談をしています。その中で彼は、最後に守るべきものは「三種の神器」だと言っています。
天皇制でもなければ、昭和天皇でもない。三種の神器を守らなくてはいけないと。これこそが三島由紀夫が本当に守りたかったものであり、「日本的なるもの」のようです。そのためには命をかけることもできる、とまで言っています。
情報化時代を体現していた三島由紀夫
──本書のエピローグでは、「三島由紀夫は情報化時代を体現していた」と指摘されています。

今はとくにその傾向がありますが、情報というのはコントロールしようと思ってもできません。そんなときは「木の葉を隠すなら森の中へ」という言葉があるように、あえて自分のいろんな面を晒すことで、本当の自分を隠すことができます。
わけのわからない右翼的な映画をつくったかと思えば、ゲイバーに行っているところを写真に撮らせて週刊誌に掲載したり、漫画『あしたのジョー』を愛読していると公言したり、彼は世間にあらゆる情報を提供していました。
その結果、みんながいろんな三島像を持ってしまって、かえって本物が見えなくなっていく。それが三島由紀夫の戦略なのではないか、というのが、当時の『週刊新潮』の編集長、野平健一さんの解釈です。
あえて、すべてを晒してしまうこと。プライバシーを守ることができなくなったとき、どうしたらよいのかという、ひとつのサンプルかなと思います。
──しかし、たくさんの情報を煙幕のように張っていたことで、彼がなぜ死んだのか、真実が見えにくくなっていると思います。
だからこそ、今でも語ることができると思うんです。もし、「私はこういう理由で死にます」という遺言があったとしたら、それで終わってしまいますよね。
でも、そういうものがない。ないからこそ、私のこの本が出版され、『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』という映画が公開され、そして今年、生誕100年ということで、またしても三島由紀夫に関する本がたくさん出ているのだと思います。
今はどんなベストセラー作家でも、亡くなって数年たって新刊が出なくなると、書店の棚が一気になくなります。死後何十年もたって、いまだに売れ続けているのは、司馬遼太郎と松本清張くらいではないでしょうか。
昭和のベストセラー作家の多くは、見事に消えてしまいました。そんな中で、三島由紀夫の作品は今でも残っているんです。
──まさか、本を売りたいがために事件を起こしたわけではないですよね。
いや、でも、本を残したいという思いはあったのかもしれないですね。最高のプロモーションになったことは事実だと思うんです。『豊饒の海』の最終回なんてすごく難しいし、決して面白くはない。でも、ベストセラーになっているわけですから。
──この機会に、本書も読んでいただきたいですね。
そうですね。ぜひ11月25日までに読んでいただいて、いろんな思いを馳せながらその日を過ごしてもらえたら嬉しいです。
※本記事は、 Amazonオーディブル『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』より、〈【後編】中川右介と語る「『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』から学ぶ三島由紀夫の社会変化に対しての思い」〉の内容を一部抜粋、再構成したものです。
Amazonオーディブル『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』はこちら
書籍『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』はこちら
武器になる教養30min.by 幻冬舎新書

AIの台頭やDX(デジタルトランスフォーメーション)の進化で、世界は急速な変化を遂げています。新型コロナ・パンデミックによって、そのスピードはさらに加速しました。生き方・働き方を変えることは、多かれ少なかれ不安を伴うもの。その不安を克服し「変化」を楽しむために、大きな力になってくれるのが「教養」。
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