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本屋の時間

2017.02.01 公開 ツイート

集めるよりも手放す幸せ 辻山良雄

(photo:齋藤陽道)

 Titleの近くで行われたお祭りの日に、自分の持っていた本を店内で売ったことがあります。自分の家の本棚にあった本が、目の前で知らない誰かにわたっていく……。レジを打つときに、プロの古本屋の古本を店内で売るのとは違う、不思議な感触がありました。それは自分の一部を人に差し上げたような、ある意味では清々しいとも言えるものでした。その本には値段をつけて売りましたが、お客さまにそのまま差し上げてしまっても、同じような気持ちになったことと思います。

 

 この仕事をしていると、さぞかし家にはたくさんの本があるのだろうと思われます。もちろん買った本はいつの間にか溜まっていく一方ですが、イベントなどの機会に売ったり、新しく古本屋を始める友人に寄贈したりと、どちらかといえば集めるよりも、手放すことを考えています。

 本が家に溜まっていくと、次第に空間が本に圧迫され、個人的にはどこか身軽になれないような気にもなります。それよりは、本棚にいつも余白があり、新しい本が入る空間を作っておくほうが、本棚が生きてくる感じがして好きです。たとえ人にあげたり手放してしまった本でも、「あの本、どんな内容だったかな」と思い出し、再び買うこともあります。自分にとって本当に必要な本であれば、一度手放してもまた必ず手元に戻ってきます。そうしたことを繰り返しているうちに、いつの間にか一冊の本にあまり固執することがなくなりました。

 私が手放したその本を受け取った人のことを考えてみると、その人にとってそれが出合うべき本であれば、今度は自分で必要な本を探し始めるでしょう。本はさまざまな形で世の中に廻し、その世界に触れる人を増やすべきだと思います。

 Titleを始めて、店の本棚に選んだ本を並べていくと、好きな本に囲まれていたいという自分の欲求が満たされるのか、その本を所有したいという気持ちがあまり起きなくなってきました。店に置いている本も、いつかは入れ替わっていくものなので、本は流れていくものという気分が、自然と身につくのかもしれません。

 

今回のおすすめ本

『冬の本』(夏葉社)

 部屋を暖かくして毛布にくるまり、コーヒーを淹れれば、冬は読書に適した季節。和田誠の印象的なイラストが表紙のこの本は、84人の「冬」と「1冊の本」をめぐるエッセイ集。それぞれの記憶が重なりあって、一冊の端正な本となりました。

 

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2024年5月10日(金)~ 2024年5月28日(火)Title2階ギャラリー

キッチンミノル出版記念写真展「ひこうきがとぶまえに」
~航空整備士の仕事~

しゃしん絵本作家のキッチンミノルが出版社を立ち上げました。第一作目は、飛行機が格納庫に帰ってきてから、再び空に飛びたつまでの航空整備士さんの仕事を、JAL全面協力の元、キッチンミノルが温度感ある写真と文章追いかけたしゃしん絵本『ひこうきがとぶまえに』です。紙面では航空整備士の仕事や見たことない機器、機械類がページいっぱいに広がります。
今回は絵本の中の写真や惜しくも絵本には収めることができなかった写真を展示します。写真だからこそ伝わる迫力! 緻密さ!! 臨場感!!! 子どもだけでなく、大人も一緒に楽しめます。
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化のお知らせ】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」がとうとう書籍化! 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Title予約サイト
 

 

【書評】

『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
 

【お知らせ】

「読むことと〈わたし〉」マイスキュー 

店主・辻山の新連載が新たにスタート!! 本、そして読書という行為を通して自分を問い直す──いくつになっても自分をアップデートしていける手段としての「読書」を掘り下げる企画です。三ヶ月に1回更新。
 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編
 

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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