10月7日(金)に創刊された書き下ろしミステリー電子書籍レーベル“幻冬舎plus+ミステリー”。そこで発売された7作品のプロローグを、毎日1作品ずつ無料公開いたします。2日目は抜群なストリーテリング+嫌ミス=傑作サスペンス。天才・浦賀和宏氏が仕掛けた罠にクラクラする!
書籍紹介
浦賀和宏『メタモルフォーゼの女 スミレ色の手紙』
通常価格200円(税別)期間限定価格100円(税別)
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少しでも虫が好かない相手に、私は嫌がらせの言葉を記した『スミレ色の手紙』を送る。深い恨みはあるわけではない。うるさい親戚。学生時代の同級生。勤めていた頃の同僚。嫌みな上司。先日は態度が悪かったコンビニの店員への手紙を注意深く作っている。
この手紙が大きな災禍となったのは、私の手紙を契機に隣の部屋に住む女が自殺したことからだった。その死に私は責任がない。そう考えていた、あの女が登場するまでは……。
プロローグ
中学校時代の親友の亜美に恋人を紹介されたのは、新しい年度が始まってまだ間もない、四月の最初の週だった。
虎ノ門の、亜美が予約したイタリアンの店で二人で食事をした。本当はその時点で恋人を紹介されるはずだったが、用事ができたから後から来ると言う。私は正直、亜美の恋人などに会いたくなかった。人見知りする方だし、亜美の話から察するに明るい人間のようだ。多分、苦手なタイプだろう。
食事の後、近くに知っているバーがあったので、そこに亜美と向かった。
「さすが人気作家はおしゃれなお店知ってるね!」
と亜美が感嘆したように言った。高層ビルの中にあるお店で、東京の夜景をバックに外国人のミュージシャンが演奏するジャズを聴けるのが売りだった。私だってこんな店をプライベートで知っているはずもなく、一度編集者に連れてこられただけなのだ。
私は決しておしゃれな女じゃない。亜美の方がよっぽどお化粧やファッションに気を使っている。その分、変な男に目を付けられるのでは? と私は勝手な推測をした。そう、今から会う男のような。
「お待たせ!」
と亜美の彼氏が唐突に現れた。髪を染めて、ズボンにチェーンをぶら下げている。やっぱり苦手なタイプだ。こんなお店には場違いと思ったが、私のようなダサい女がそんなことを言う資格はこれっぽっちもなかった。
「健康の健と書いて、タケルって読むんだ。よろしく!」
と亜美の彼氏は、私に馴れ馴れしく握手を求めてきた。そして眼鏡の奥の私の瞳を、じっと見つめてきた。髪型が変だと言いたいのだろうか、それともコンタクトにしろとでも。とにかく自分の彼女がこんな垢抜けない女と友達なのが不思議なのだろう。
タケルはやはり軽薄そうな男で、一緒にいてもあまり楽しくなかった。亜美は私とは違う世界の女なんだな、と思って切なくなった。
そんなことがあった数日後、読者からファンレターが届いた。私はいつものように、何の気なしにそれを読んだ。
手紙のある箇所に私の目は釘付けになった。
西野冴子は男女のドロドロとした恋愛が売りの作家だから、読者から身の回りの恋愛相談を受けることが多い。もちろん私のようなダサい女が恋愛経験豊富な訳もなく、むしろそういう手紙を参考にして小説を書いてるのだ。
その手紙は、隣人の南城萌という女性が死に、自殺で処理されたのだが、実は以前から彼女につきまとっていたストーカーに殺されたふしがある、というものだった。
ストーカーの名前は、タケルと言った。髪を染め、ズボンにはチェーンを付けているという。
この時、私はまだ知らなかった。
タケルには、本命の彼女がいて、亜美は弄ばれていることを。
その本命の彼女は白石唯という名前で、二人は殺人鬼のカップルであることを、私は知らなかった。
幻冬舎plus+編集部便り
幻冬舎発のオリジナル電子書籍レーベル。
電子書籍ならではのスピードと柔軟性を活かし、埋もれた名作の掘り起こしや、新しい表現者の発掘、分量に左右されないコンテンツのパッケージ化を行います。
これによって紙に代わる新たな表現の場と、出版社の新たなビジネスモデルとを創出します。
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