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幻冬舎plus+編集部便り

2016.10.09 公開 ポスト

書き下ろしミステリー冒頭を公開!

大倉崇裕『死神の捜査 死神の目』

10月7日(金)に創刊された書き下ろしミステリー電子書籍レーベル“幻冬舎plus+ミステリー”。そこで発売された7作品のプロローグを、毎日1作品ずつ無料公開いたします。3日目は大倉崇裕氏最新作。無罪判決が下された事件を再捜査する男がいた。その名は、儀藤堅忍。通称“死神”。この男一体何者なのか?
 

書籍紹介

大倉崇裕『死神の捜査 死神の目』
通常価格200円(税別)期間限定価格100円(税別)
→電子書籍のご購入はこちら(Amazon)

一年前に起きた『星乃洋太郎殺害事件』で、逮捕された容疑者に無罪判決が下された。時を同じくして、当事捜査に加わっていた大塚東警察署刑事課・大邊誠のもとに一人の男が現れる。男の名は、儀藤堅忍。警視庁内にある謎の部署でひとり、無罪確定と同時に事件の再捜査を始める男だ。警察組織の傷を抉り出す再捜査に加え、その相棒に選ばれれば組織から疎まれ、出世の道も閉ざされることになる。その為付いた渾名は“死神″。大邊は、儀藤の相棒に選ばれ、否応無しに再捜査に乗り出すことに――。「福家警部補」シリーズで話題の著者が放つ、新感覚警察小説。
 

 

プロローグ

 大塚東警察署刑事課のデスクで、おおまことはスマートフォンの画面に目を落としていた。ネットのニュースサイトにざっと目を通す。目当ての話題は見当たらない。ホッと肩の力を抜いた。

 刑事課には、大邊以外、誰もいない。皆、捜査のため街を駆け回っている。

「くそっ」

 冷静ではいられない。無性に煙草が吸いたいが、署内は完全禁煙だ。署から一歩たりとも出るなとの厳命が下っている以上、駐車場の隅で一服というわけにもいかない。

 これで二日目。大邊のイライラも既に限界だった。

「よう、相変わらずか」

 地域課にいるよねやまがやって来た。年齢は同じ三十五歳、階級も同じ巡査部長だ。自他共に認めるヘビースモーカーの二人は、喫煙所で意気投合、今では時おり、酒を酌み交わす仲となっていた。

「何しに来た」

「おうおう、頭から煙が出てるぜ」

「缶詰にもいい加減、飽き飽きさ。ちょっと神経質すぎやしないか。たしかにオレは、あの事件の捜査本部にいた。ただし、道案内専門の所轄職員としてだぜ。捜査はすべて一課が取り仕切っていたし……」

「そんなことは、みんな、判ってるさ。ただ、上層部としては、神経質にならざるを得んのだろう。ここんとこ、マスコミには書きたい放題書かれてるからな」

「正面にレポーターの一人でも来てるなら判るぜ。人っ子一人、いやしないじゃないか。ネットで取り上げられたのも一瞬だけ。資産家とはいえ、爺さんが殺された、しかも遺産狙いの身内にだ。マスコミが飛びつくような中身は大してないぜ」

「マスコミは来なくても、死神はやって来るかもしれん」

「けっ、またその話かよ」

「おまえは気楽だよな。捜査本部にいた連中、戦々恐々としているぜ」

「無罪確定と同時に事件の再捜査を始める謎の部署。死神はただ一人の捜査員ってことだよな。そんな身内の傷をえぐりだすようなこと、誰がするかよ」

「それをやろうってヤツがいるんだよ」

「警官が、根拠のないデマに振り回されて、どうすんだ。死神だと? バカバカしい」

 乾いた革靴の音に、大邊は振り返る。刑事課の戸口に、直属の上司であるやま課長が立っていた。

 状況をいち早く察したのか、米山はさっと背筋を伸ばし、入場行進でもするかのような足取りで、部屋を出ていった。一人残された大邊は、最近、下腹が目立ち始めた山田と向き合う。

「何か?」

 山田は事務的な口調で言った。

「署長室に来てくれ」

 皮膚の表面がざわりと粟だつ。久しぶりの感覚だった。山田は大邊を待つことなく、廊下へと姿を消した。大邊はわざと少し間をおいてから、廊下に出る。署長室は一階上だ。大邊は一段飛ばしで駆け上がり、上り切ったところで、山田に追いついた。正面にある署長室のドアを、山田が控えめにノックする。

「入れ」

うしじま署長の太い声が聞こえた。

「大邊巡査部長、入ります!」

 大塚東警察署の建物は老朽化が激しい。署長室も例外ではなく、昔年の面影はない。低い天井に、小さい窓、磨くだけでは取り切れない、汚れがこびりついた床。ダークブラウンのデスクだけは、署長の威厳を保っていたが、それも、通販などでも買える組立式の安物であることを、大邊は知っている。

 デスクの前には来客用の応接セットがあり、合皮製の固いソファに、グレーのスーツを着た、地味で小太りの男が腰を下ろしていた。前髪を眉の上ギリギリまで垂らし、今ではあまり見かけない、黒縁の丸めがねをかけていた。大邊はさっそく品定めを始めたが、どうにも正体を絞りこめない。銀行員、保険の外交員、商社マン──デパートの外商のようでもあり、それでいて、キャッチセールスの呼びこみのごとき、うさんくささも感じる。

「私、こういうものです」

 男は立ち上がり、警察の身分証を示した。それはかつて見たこともない、不思議なものだった。そこに記されていたのは、どうけんにん警部補という名前と階級だけ。所属部署、連絡先などはいっさい書かれていない。

 儀藤は大邊の戸惑いを楽しむかのように、厚い唇を緩めた。

「警視庁の方から来ました。よろしくお願いします」

 どうしようもなくなり、大邊は署長に助けを求めた。しかし牛島署長の目は、こちらの視線をわざとらしく避け、未決の箱に山積みとなった書類の側面をふらふらと漂っている。

「大邊巡査部長、どうぞおかけ下さい」

 甲高い声で儀藤は言い、大邊を待つことなく腰を下ろした。状況の見えない不安に、口の中が乾いていた。腰を下ろしたものの、何とも居心地が悪い。モジモジと尻を動かすたび、キュキュと合皮が音をたてる。

「まあ、そんなに緊張なさらないで」

 儀藤はゆったりとソファにもたれ、へその前で手を組んでいた。

「今日からしばらくの間、あなたには通常の仕事を外れてもらいます」

「は?」

「そんなに長くはならないと思います。二、三日ってところでしょう。よろしく」

「よろしくって……」

「署長の許可は取ってあります。まあ、許可が出なくとも、結果は変わらないのだけれど」

 めがねの奥で、やや垂れぎみの細い目が、不気味に光った。嫌な目だった。

「待って下さい。あなたが警視庁から来たことは判りました。しかし、私にも現在、抱えている事件が……」

「そんなものは考えなくていい」

「何ですって?」

「他の者にやらせておけばいい。あなたがこれから関わろうとしている事案は、窃盗や喧嘩とはわけが違う」

「窃盗や喧嘩。犯罪であることに違いはない。儀藤警部補の言わんとしていることが、私には理解できない」

「理解などしなくてけっこう。私どもが担当するのは、一年前に起きた、ほしようろう殺害事件です。事件後すぐに、被害者の甥、星乃あやひとが逮捕されましたが、三日前の公判で、無罪の判決が下りました。検察は控訴しない方針で、刑は確定します。あなたは、事件当時、南平和台署にいて、捜査に参加しましたね」

「ええ。ですが……」

「けっこう。では、仕事にかかりましょう」

 儀藤は立ち上がり、署長に一礼する。署長はバツが悪そうな顔を隠そうともせず、小さく咳払いをして言った。

「一階に部屋を設けた。使ってくれ」

「それはどうも」

 大邊は署長たちを睨みながら、敬礼も挨拶もせず、部屋を出た。夢の中にでもいるような心持ちだ。ついさっき、米山と話していたことが、現実のものとなった。

 儀藤堅忍。ヤツこそが、あの死神だ。

 

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