作家・織守きょうやさんと“歌う絵師”秋赤音さんのコラボとなった最新長編小説『世界の終わりと始まりの不完全な処遇』がついに6月7日に全国発売! その制作の裏側、そして二人が顔を見せない理由とは……?
写真・ヒャクタロウ
先入観なく作品を見てほしいという思い
織守きょうや(以下:織守) 今回はカバーイラストの依頼をお引き受けいただいてありがとうございました。素敵に仕上げていただけて嬉しいです。
秋赤音(以下:秋) こちらこそありがとうございました。文庫のサイズだと思っていたので、このサイズ(単行本)で驚きました。大きくて嬉しいです。細かいところまでしっかり見えるので。
織守 もともとは、文庫書下ろし用の原稿を、と言われていたので、私もそのつもりでいたんです。でも、完成原稿を読んだ担当さんが、「思ったほどライトじゃない、というかこれはもうミステリだから、単行本にしましょう」と急遽……。
秋 そうだったんですか。もとは文庫の予定で。
織守 よかったです、結果的に、秋さんの絵も大きく使えることになって。
秋 もともと織守さんは、私のことはご存知でしたか?
織守 もちろんです。ニコニコ動画で拝見して、歌い手さんとしても知っていました。
秋 ずいぶん初期から知ってくださっていたんですね。私は小説を読んだあとに、織守さんが女性だと聞いてびっくりしました。お名前から、てっきり男性だと思っていたので。
織守 この本の担当者さんも、実際に会うまで、私を男性だと思っていたそうです。初めてお会いしたとき夕食をご一緒したんですが、私を見てとても驚かれて、文字通り汗を拭きながら、「男同士の会話をシミュレーションしてきたら女性だったので、何を話していいか頭が真っ白になりました」と言っていました(笑)。隠していたわけではないんですが、メールのやりとりだけでお会いする日時を決めたので……言われてみれば、文面からだと性別はわかりませんね。仲介してくださった方から聞いているかな、と思ったんですが、わざわざ「女性だよ」とは伝えていなかったみたいです。
秋 (笑)。雑誌やテレビなどに、お顔を出されていないんですよね?
織守 弁護士であることも、女性であることも公表していますが、写真で露出しているのは目だけとか、横顔くらいですね。弁護士として法廷にも立つので、念のためです。依頼人に「私のことを書いたでしょ!」と言われたり、「この人に相談したら、ネタにされてしまうんじゃ……」と思われたりしないように。小説のネタになりそうなものがあっても、自分が受けた仕事の話は絶対書きませんけど、依頼する側は心配でしょうから。
秋 私も最近までは狐のお面やゴーグルなどで顔のほとんどを隠していました。特別な理由があるわけでもなく、ただ顔を出したくなかっただけですけれど。
織守 不特定多数に顔を知られるのは抵抗がある、というのはわかります。作品と作者は切り離して考えてほしい、という思いもちょっとありますし……先入観なく見てほしい、読んでほしいというか。その一方で、作者本人のことを知りたい、と興味を持ってもらえるのも、それはそれで嬉しいんですけど。秋さんは、今は、顔出しOKになったんですか?
秋 今は、お面はなしで普通にイベントに出ていますよ。マスクくらいはしますけれど。
織守 秋さんは絵師さんとしても歌い手さんとしても有名だから、なおさら、顔を晒すのは勇気がいりますよね。もともと、絵とか歌ってみた動画とかって、パフォーマーは顔を出さなくても活動できるものですし。
秋 私もそう思って、だからこそ気軽に活動していたんですけど、いつのまにか、何故かライブで歌ったりすることになっていました。
「夜ってあまり描いたことないな、難しいな」
織守 (笑)。秋さんが絵師さんとして活躍されているのはもちろん知っていましたが、私の中では、人気の歌い手さんという印象が先にあったので、編集者さんから「秋赤音さんにイラストを依頼したい」と聞いたときは、「えっ、あの秋赤音さん!?」ってびっくりしました。
秋 正直言うと、ふだん小説はほとんど読まないんです。文字を追っても、目がすべっちゃうっていうか……(笑)。でも、今回の『世界の終わりと始まりの不完全な処遇』はすごく読みやすかったです。「吸血種」っていうワードも惹かれたし、あとの展開も気になるし、おもしろくて。2日で読み終えました。
織守 嬉しい。まず読みやすいと思っていただけるのは嬉しいですし、楽しんでいただけたなら何よりです。担当さんには、「イラストレーターさんに希望や注文はないけど、作品を読んでおもしろいと思ってくださった方にお願いしたい」とだけ言っていたんです。秋さんに……と担当さんに言われたときも、「秋さんが作品を気に入って、描きたいと言ってくださるなら」と伝えました。秋さんが楽しんで読んでくださったとお聞きしたときは嬉しくて、それなら是非にお願いします! って(笑)。本作は夜のお話なので、夜のシーンを描いてほしいというのは、私からのリクエストだったんです。リクエストはそれだけ、あとは秋さんとデザイナーさんにおまかせでした。秋さんの作品はカラフルな色彩のものが多い印象があったので、こんなお願いしていいのかな、という不安はあったんですけど。
秋 実は描きながら、夜ってあまり描いたことないな……難しいなあ、って。
織守 あ、やっぱりそうでしたか(笑)。
秋 もっと正直に言うと、全体的にかなり苦戦しました(笑)。デザイナーさんからもいくつか……光と風を描き込み、そして背景はできるだけ細かく、など、いくつかのリクエストがあって。もともと人物を中心に構図を考えるので、意識して風景を描くことがあまりないんですね。写実的というよりは、グラフィックデザイン的な発想なんです。だから、要求されていることに応えつつ、自分らしさをどうやって出すか、けっこう悩みました。タッチもそうで、アニメのようにパキッとした塗りではなく、かといって、厚塗りでも水彩塗りでもないラインを目指したつもりです。
織守 そんなにいろいろ注文があったんですね。私の指定は「夜」だけですからね(笑)。夜だけど、秋さんらしい色彩が入っていて、幻想的でもあって……まさに思ったとおりの出来になったんじゃないかと思います。いつもの作品とは違うけれども、秋さんの作風が滲み出ているっていうか。
秋 よかったです、個性が死んでなくて(笑)。
織守 いやいや、“らしさ”が迸ってますよ(笑)。
作品の「丁度良いところ」が難しい
秋 人物の服装やメガネについても、どうしようかっていうのがありました。前半の「どっちが初恋の人?」っていう謎があるじゃないですか。イラストでネタバレしちゃうんじゃないかって不安で。私自身、そこを楽しんで読んだから、読者の邪魔になったら申し訳ないなって。
織守 そこまで気を遣って描いていただいたんですね。ありがとうございます。今回の小説には、すぐに気付く人もいるだろうし、作中で明かされるまで気づかない人もいるだろうっていう大小の伏線や謎がいくつかあって。気づくか気づかないかは、読者それぞれの楽しみ方の範疇だと思うので結果にはこだわらないのですが、ミステリを読み慣れた人が小さな謎の答えにすぐに気づいても、それはそれでおもしろく読めるように……一方で、ミステリを読み慣れていない人でも混乱せずに楽しめるように、謎のバランスや丁度良さは気にして書いたつもりです。
秋 丁度良いところって難しいですよね。絵でも、きっと小説でも。
織守 難しいですね。私はガチガチの本格ミステリという作風ではないですし、まだ未熟なので、自分が「これが私の書ける全力のミステリだ」と思うものを書いても、やっと目の肥えた読者の何パーセントかに認めてもらえるかどうかというくらいだと思うんです。作家さんのなかには、最初から読者の70パーセントが解けるくらいの謎とか、難易度を調節して書けるような方もいらっしゃいます。そこまで極めるにはまだまだ修行が足りないので、今の私は力加減せず、全力で書いて、あとで調整ですね。あとは、まずはおもしろいかどうかが大事で、ミステリとしての形式にはこだわりすぎないこと……。
秋 私は結構、小さな伏線というか、ミスリードに騙されて、最後のほうの種明かしでびっくりしました。主人公の遠野の行動というか態度に違和感があって、モヤモヤしていたら、ああそういうことだったのかってホッとしたり。
織守 そういう読み方をしていただけたんだったら、なおさら嬉しいです。ミステリを読み慣れた人だったら、「こんなのバレバレだよ」って思っているかもしれないけど、それでも物語としておもしろく読めるように書こう、でも、何人かは「えっそうだったの? びっくりした!」って思ってくれたらいいな、と思っていたので……。
秋 気づきませんでした。そうだったのかーって。
織守 ああよかった。ありがとうございます(笑)。私、読者として本格ミステリは大好きですが、自分の作品を書くときは本格ミステリを書くぞ! と思って書いているわけではないんです。今回の作品も、本格ミステリの形式からは外れていると思います。本格ミステリにはいろんな定義がありますけど、どの定義を見ても、ハードルが高くて、「私は本格ミステリを書いています」なんてとても言えない。でも、大好きだから、「おもしろいもの=ミステリ」というのが、頭のどこかに、どうしてもある。だから、ミステリだと思って書かなくても、「おもしろくしよう」と思うと、結果としてミステリっぽい要素は入ってしまうみたいです。
秋 私は余計なものを描きこむクセがあって、足し算ばっかりしたくなるんですね。最近は、客観的に見て、引き算する勇気を持つよう意識してます。とりあえず描き込んでみてから消してみたり。あとで調整、っていうのは同じです。
織守 ひとつのアイディアで書き始めてみたものの弱く感じて、恋愛とかいくつかの要素を加えるなどしているうちに混乱してしまって……というとき、小説家には編集者さんがいるので、とりあえず読んでもらって相談できるんですよ。担当さんから「ここ、必要ないですよね」と言われると、ですよね! って(笑)。
秋 自分でも薄々解っているんですよね、余計なところは。自分でぐるぐる悩んでしまっているだけで。周りの意見はとっても大事だし、羨ましいですね。
(6月10日21時更新予定の後編に続く!)