2020年のノーベル物理学賞は、ブラック・ホールを理論的に研究したロジャー・ペンローズ教授と、超巨大ブラック・ホールの存在を観測で証明したラインハルト・ゲンツェル所長とアンドレア・ゲズ教授が受賞しました。
元NASA研究員の小谷太郎氏による『宇宙はどこまでわかっているのか』(幻冬舎新書/2019年)では、〈ブラックホールはいずれ、全ての星を飲み込む〉として、この超巨大ブラック・ホールの発見について解説していました。
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わたしたちの銀河系の真ん中にある、超巨大ブラックホール
2020年のノーベル物理学賞は、ブラック・ホールを理論的に研究したロジャー・ペンローズ教授と、超巨大ブラック・ホールの存在を観測で証明したラインハルト・ゲンツェル所長とアンドレア・ゲズ教授が受賞しました。おめでとうございます。
わたしたちの住む天の川(あまのがわ)銀河の中心に超巨大ブラック・ホールがひそむことは以前から推定されていましたが、ゲンツェル所長とゲズ教授のグループは、超高度な望遠鏡技術を用いて、このモンスターを撮影することに成功しました。
太陽質量の約400万倍という超巨大ブラック・ホールの超強力な重力が、周囲の恒星をちっぽけな星くずのようにブン回すさまは、世界中の研究者を仰天させました。
この発見の経緯について、以下に解説しましょう。
銀河とは、恒星が何百億、何千億も集まった群れです。恒星とはわたしたちの太陽のような巨大な星なので、それが何百億も集まってできている銀河は、想像するのもむずかしい巨大な「物体」です。そういう銀河が宇宙には無数に浮いているのです。
そういう銀河を観測してみると、中心部が異常に輝いているものが見つかります。銀河に属する恒星のエネルギーをぜんぶ合わせたくらいのエネルギーが、中心の一点から放射されているのです。
そういう、「クエイザー」とか「活動銀河核」などと呼ばれるモノの正体はいったいなんでしょう。普通の天体現象では説明できません。
研究者は、そういう銀河の中心部には巨大なブラックホールがあるのだろうと推測しました。ブラックホールは、重力が強すぎて光さえも脱出できない異常な天体です。ブラックホールにガスなどが落下する際、ガスが超高温に熱せられて明るく輝くというシナリオです。
われわれは天の川銀河の郊外住まい
天の川銀河は、わたしたちの住んでいる銀河で、1000億個もの恒星が集まったけっこう立派な銀河です。
わたしたちの太陽系は、中心部から2万5600光年ほど離れているので、中心部の方角をながめると、明るい星の集団「天の川」が見えます(図1)。郊外から繁華街をながめるようなものです。
天の川銀河の中心部、いて座の方角のA*(エースター)と名づけられた箇所ですが、そこに、もし巨大ブラックホールがいるとしても、現在(正確には2万5600年前)、ガスをのみ込んで光ってはいないようです。
それ以上のことは、天の川銀河中心のような遠方を観測する高性能の望遠鏡がないので、長いこと不明でした。巨大望遠鏡と補償光学技術が進歩するまでは。
大阪に置いた新聞の見出しが東京で読める
ハワイ島マウナケア山頂は、世界の研究機関の天文台が林立する天文台団地です。そのなかのケック天文台は、世界最大級の10メートル鏡に補償光学技術を組みあわせた赤外線観測装置をそなえます。
補償光学技術とは、観測中に大気の擾乱(じょうらん)を監視し、それによる像のみだれを、鏡にリアルタイムで変形をくわえることで打ちけす技術です。
おもわず「本当かよ」と言いたくなるようなしくみですが、高速計算や精密な機械技術などの進歩により、20世紀末ごろから実用化されました。
ケック天文台の装置の場合、これによって達成される最高分解能は0.01秒角(1秒角は3600分の1度)、視力にすると6000、大阪に置いた新聞の見出しが東京から読めるくらいです。
アンドレア・ゲズ教授率いるカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の銀河系中心研究グループは、これをもちいて天の川銀河中心を約20年にわたって連続観測しています。
太陽質量の400万倍もあるモンスターが出た!
図2は想像図ではなく、何年にもおよぶ観測にもとづくものです。楕円軌道をえがいている光点は恒星で、それぞれがわたしたちの太陽のような立派な星です。
そういう恒星が、まるでちっぽけな惑星のように振りまわされています。
ところが図の中央、その重力中心には重力源になりそうな天体が見あたりません。そこには見えない物体、太陽質量の約400万倍の巨大ブラックホールが存在するのです。
このデータが発表されたとき、研究者はひっくり返っておどろきました。ここには、ブラックホールを周回するいくつもの恒星がとらえられています。
2万5600光年の彼方の星を見わけ、しかもその動きを測定できているのだからたいしたものです。(ただしこの図は、撮像された画像そのものではなく、撮像データから求めた恒星の位置に光点をプロットしたものです。)
これらの恒星の中でいちばん中心に近いものは、約16年の周期でブラックホールを周回しています(*1)。軌道長半径は約1000天文単位、わたしたちの太陽系だと、おおざっぱに言って、もっとも太陽から遠い「太陽系外縁天体」の軌道半径くらいです。
2万5600光年離れたところの、わたしたちの太陽系くらいのサイズが観測できていることも驚異的ですが、それほどのサイズの軌道を恒星がたった16年で周回することも、あごが外れそうな衝撃です。
わたしたちの太陽から1000天文単位離れた天体は、軌道周回に1万年以上かかるのです。
これらの恒星を振り回している中心天体は、わたしたちの太陽とはくらべものにならないほど質量が大きく、しかも恒星のようには輝いていないことが、この観測データからただちにわかります。
これは巨大ブラックホールの存在の決定的な証拠です。
ここから算出した、中心のブラックホールの質量は、太陽質量の(4.02±0.16)×10^6倍、つまり約400万倍のモンスターです。
(今回、ノーベル賞を共同受賞したマックス・プランク研究所地球
*1─Boehle, A., et al. 2016, ApJ
重力波の轟音に時空は震える
ところでこれらの星は、今後どのような運命をたどるのでしょうか。超巨大ブラックホールに飲み込まれたりしないのでしょうか。(飲み込まれるものもあります。)
これらの星は、互いに重力を及ぼし合うことによって、軌道を徐々に変化させていきます。ときには2個の星がぶつかりそうなほど接近して、すると軌道が急に変わったりもします。
軌道が変化した結果、遠くに放り出されてしまう星もありますが、ブラックホール行き片道旅行に送りこまれるものも、ある割合で出てきます。
ただし、現在銀河中心付近を飛びまわっている巨星は、数千万年くらいの短い期間で核燃料を使いはたし、超新星爆発を起こして、中性子星か太陽程度の小型ブラックホールになってしまうと予想されます。(私たちの太陽くらいの質量のブラックホールを「小型」と呼ぶのも変な気がしますが。)
核燃料が尽きるのは軌道が変化するよりもずっと早いので、超巨大ブラックホールに飲み込まれる星は、ほとんどが中性子星や小型ブラックホールに「進化」しているでしょう。
超巨大ブラックホールに接近しすぎたそういう天体は、光速に近い速度でくるくる周回し、二度と戻ってこられない「事象の地平線」に飲み込まれます。
その瞬間には「重力波」の轟音が時空を震わすでしょう。(光はあまり放射されないかもしれません。まだ観測されたことがないのでわかりません。)
次の星を超巨大ブラックホールが取って喰うのはいつでしょうか。明日にも、重力波の悲鳴が天の川銀河にこだまするかもしれません。
追記(2020/10/12):銀河中心付近の恒星について、誤っていた記述を修正しました。御教授いただいた牧野淳一郎教授(神戸大学)にお礼申し上げます。