2大ベストセラー、『怖い絵』中野京子氏と、『へんないきもの』早川いくを氏。
恐怖と爆笑の人気者がコラボして生まれた『怖いへんないきものの絵』!
早川氏が、“へんないきもの”が描かれた西洋絵画を見つけてきては、中野先生にその真意を尋ねに行くのですが、それに対して、中野先生の回答は、意外かつ刺激的!
今回は、『赤ずきんちゃん』の絵について話しているのですが、どうやら、赤ずきんちゃんはエロスの象徴らしい、という過激な展開に…!
* * *
「赤ずきんちゃん」には、「バージョンちがい」が存在する。
もっとも知られているものはグリム童話で、最後には通りかかった猟師がオオカミの腹を裂き、無事におばあさんと赤ずきんちゃんを助け出す。
このラストはグリム兄弟の創作で、ペロー童話では、赤ずきんちゃんはオオカミに食われておしまいだ。
さらに、ちがうバージョンでは、オオカミが「ここで一緒に寝てごらん」と赤ずきんちゃんをベッドに誘うシーンがある。
画家か、もしくは絵の注文主は、わざわざその「ベッド・バージョン」の赤ずきんちゃんの場面を選択したわけだ。何を思ってそうしたのだろうか?
「画家はギュスターヴ・ドレ。19世紀後半の人で、フランスの挿絵画家、今でいったらイラストレーターでしょうね。ドレの銅版画は有名なので、誰でも一度くらいは見たことがあるんじゃないでしょうか」
――なるほど、名作絵本で見たような気がします。でも内容は同じでも、銅版画の方は、表現がマイルドというか、むしろ牧歌的ですね。カラーの方は、油絵ですか?
何だかぎょっとするような生々しさがあります。
「扉絵の方は油彩ですね。ドレは銅版画が多いのだけど、油彩でもすばらしいものを残しています。赤が利いてますよね。そしてこちらの方が、より赤ずきんちゃんの本質に近いかもしれません」
――本質と、いいますと?
「エロティシズムですね」
――エロ……?
赤ずきんちゃんがですか?
「赤ずきんちゃんのお話はとてもエロティックです。このお話の核が、『貞操の危機』にあることを、読者は無意識のうちに感じているはずで、それをギュスターヴ・ドレはうまく視覚化しましたね」
貞操の危機。それだ。この絵が発する異様さの源は。
気がつくと、同じベッドに寝ている異様なけだもの。少女の瞳は恐怖にふち取られ、毛布で胸元を隠す様は、明らかに乙女のそれだ。
「男はみんなオオカミ。わかりやすいですね。道を歩いていたらオオカミに話しかけられて……っていう展開。赤ずきんの原典である口承文芸は、自然発生的に生まれた話の語り継ぎなので、基本的にはイソップみたいな教訓はついてません。
でもペローは、脚色にあたって、現代風の、つまりペローが生きていた時代の、しかも宮廷人のための教訓を入れるのね。『若い娘さんたち、オオカミも色々だけれど、とりわけ優しそうなオオカミには気をつけるように』と」
たしかに言われてみるとその通りだ。言葉巧みに女の子を誘って食ってやろうというのは、まさに悪い男の所業そのものである。「男はオオカミなの~よ~♪ 気をつけな~さ~い~♪」という昔の歌謡曲もあった。
だが、ちょっとまってほしい。
どうして「悪い男」は「オオカミ」なのだろう?
肉食獣だから?
それをいうなら、トラやライオンもそうだ。
卑怯な手を使うから?
それなら罠(わな)で獲物を狩るクモはどうなのか。魚に寄生して栄養を横取りするヤツメウナギは?
「それはマイナーな生き物だから……」などと言わないでほしい。中世イングランドの王ヘンリー1世は、ヤツメウナギ料理の食いすぎで死んだといわれている。普通に知られている生き物だったのだ。
オオカミの狩りは、チームワークだ。
オオカミは群れで狩りをする。まち伏せたり、奇襲したりはしない。人間の一〇〇倍ともいわれる嗅覚で、数キロ先から獲物の匂いを嗅ぎつけると、ひたすら追跡し、相手が疲れたところを見計らって襲いかかる。
マンガによくあるような巨大な牙は、オオカミにはない。だが顎(あご)の力は、大型のイヌの二倍ほどの強さをもつ。
鋭い歯は獲物の皮や肉を剥ぎとり、骨まですりつぶす。ネコのように獲物を弄(もてあそ)んだりはしない。獲物は群れで分け合い、大型獣でも二、三時間で喰らい尽くす。
冷酷無惨。たしかにそうだ。だがやっていることは他の肉食獣と同じだ。やり口は、むしろ愚直といってもいい。
(つづく)
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怖いへんないきものの絵
2大ベストセラー、『怖い絵』の著者・中野京子氏と、『へんないきもの』の著者・早川いくを氏。
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