宇宙の質量の27%を占めている「暗黒物質」(ダークマター)。この空気中にも大量に存在しているが、一切の光、電波を発しないため、見ることすらできない。だが、暗黒物質がなければ、地球も人類も生まれることはなかった。まさに暗黒物質こそが、宇宙創生のカギを握る……。そんな謎の物質に迫った一冊が、『暗黒物質とは何か』だ。研究の最前線に立つ著者の、最新の知見が盛りだくさんの本書から、一部を抜粋してお届けします。
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宇宙に遍満している「暗黒物質」
質量エネルギーのすべてが(陽子をはじめとする)通常の物質というわけではありません。むしろ通常の物質は宇宙の少数派です。
宇宙観測衛星プランクによる最新の観測結果によれば、通常の物質が宇宙の全エネルギーに占める割合は、4.9%にすぎません。エネルギーの大半は加速膨張をもたらしている暗黒エネルギーで、これは全体の68.3%。残りの26.8%が、暗黒物質です。暗黒物質は通常の物質の5倍以上も存在するわけです。
では、通常の物質は宇宙にどれぐらいあるのか。
宇宙のエネルギー密度を陽子に換算すると1立方メートルあたり5.9個としましたが、実際はそのうちおよそ68%は暗黒エネルギー、27%が暗黒物質、通常の物質は5%程度です。したがって陽子に換算すると通常の物質は1立方メートルあたり0.29個。暗黒物質はその5倍強、1立方メートルあたり陽子1.58個分程度だと考えられます。
もちろん、これはエネルギー量を陽子の質量に換算した数字ですから、暗黒物質の粒子の数を表すものではありません。なにしろ正体不明ですから質量もはっきりとはわかりません。
今のところ、暗黒物質の質量は陽子の100倍から1000倍と見積もられています。仮に100倍だとすると、その個数は1.58の100分の1。つまり100立方メートルあたり1.58個です。これを見つけ出すのは、砂漠に落ちたゴマ粒を探すより難しいでしょう。
しかし、これはあくまでも宇宙全体を平均した場合の数です。暗黒物質の広がりには濃淡があり、多い領域もあれば少ない領域もあります。銀河には大量の暗黒物質がまとわりついていますから、私たちの地球が属する太陽系のまわりにも暗黒物質が濃縮されています。
その濃度は、平均値のおよそ20万倍。その質量を陽子の100倍と仮定すると、私たちのまわりには、1立方メートルあたり3000個の暗黒物質が存在する計算になるのです。
「白鳥座」の方向から飛んでくる
また、暗黒物質は、ある決まった方向、白鳥座の方向から地上に飛んでくるように見えます。
私たちの銀河にまとわりついている暗黒物質は、銀河に対しては、あらゆる方向に(ランダムに)熱的な運動をしています。全体でならしてみれば、その場にとどまっているといってもよいかもしれません(だからこそ、その濃淡が大規模構造のタネになりました)。
にもかかわらず暗黒物質が、一定の方向から地球に飛び込んでくるのは、太陽系が銀河系の中で回転運動しているためなのです。空気が止まっている無風状態でも、走れば体に風を感じるのと同じことだと思えばいいでしょう。
太陽系の回転速度は、秒速230キロメートル。1立方メートルあたり3000個もの暗黒物質が密集する中をその速度で移動しているのですから、当然、おびただしい数の暗黒物質が地球を通り抜けています。
その数は、1平方センチメートルあたり毎秒10万個。あなたの指の爪ぐらいのスペースを、1秒間に10万個の暗黒物質がすり抜けているのです。毎秒9兆個のニュートリノほどではありませんが、それだけ地球に飛び込んでくるのなら、検出は決して不可能ではありません。
地球に飛んでくる暗黒物質の量は、太陽系の回転速度だけではなく、地球の公転にも左右されます。暗黒物質の「風」は白鳥座の方向から吹いてきますが、地球は秒速30キロメートルで太陽のまわりを回っているため、その進行方向によって、暗黒物質の「風速」が微妙に変わるのです。
たとえば走っている人の体感風速は、風上に向かえば速まり、風下に向かえば遅くなるでしょう。それと同様、白鳥座に近づく方向に地球が動いているとき(北半球の夏)は、暗黒物質の相対速度が速くなり、白鳥座から遠ざかる方向に動いているとき(北半球の冬)は、遅くなる。相対速度が遅い季節のほうが、飛んでくる暗黒物質の量は減ります。
また、暗黒物質は白鳥座の方向から飛んでくるので、時間によって、日によって、上空から降り注いだり、地面の下から吹き上げたりします。
このような季節変動は、キャッチした素粒子が本当に暗黒物質かどうかを検証する上で、1つの指標になります。たった1回の検出では「これが暗黒物質だ」とはいえません。年間を通して多くのデータを蓄積し、その検出量に地球の公転による季節変動が認められれば、それが暗黒物質であることを裏付ける強力な証拠になるのです。