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警察用語の基礎知識

2019.07.02 公開 ポスト

取調べにカツ丼、は本当に定番なのか古野まほろ(小説家)

元警察官でありキャリア官僚であったミステリ作家の古野まほろさんが、ドラマや映画でよく耳にする警察用語を易しく解説する幻冬舎新書『警察用語の基礎知識』。「警察モノ」ファンのみならず、警察官志望者、警察エンタメの作者にもおススメの本書より、取調べに関する部分をピックアップしました。(幻冬舎plus・柳生一真)

※なお、記事とするに当たり、太字化、改行、省略などの大幅な編集を行いましたので、著者の原稿とは異なる部分があり、その編集による文責は幻冬舎にあります。

取調べの意味について考える

(写真:iStock.com/TAGSTOCK1)

取調べというと、読者の方はまず、犯人というか被疑者の取調べを思い浮かべるでしょう。確かに取調べのうち、最も重要なのは被疑者の取調べです。

しかし、業界で「取調べ」といったとき、それは極めてニュートラルな、「インタビュー」に近い概念です。

すなわち、被害者についても「取調べ」という言葉を使いますし、参考人(この世のあらゆる第三者)についても「取調べ」という言葉を使います。

ちなみに業界用語では、取調べのことは素直に「取調べ」と言うか、あるいは調べ、シラベ。そして上記の事情から、このシラベには被害者調べもあれば参考人調べもあります。

そしていずれについても、取調べ室──調べ室、シラベシツ──が用いられて不思議はありません。

 

ここで、厳密にいえば、「取調べ」とは、
(1)過去の特定のイベントについて記憶を有していると認められる人に対し、
(2)適宜質問をするなどして、
(3)その記憶を呼び起こしつつ供述を求め、
(4)供述の信用性等をぎんしながら、
(5)供述を調書等に記録し、
(6)刑事裁判で有罪を確定させるための証拠にする
──という捜査です。

かなり堅い言葉を用いましたが、これを要するに、やはり「インタビュー」ですよね。

ただそのインタビュー結果を、「捜査手続のプロが再編し、刑事裁判における証拠として活用できるように書面化する」というところに大きな特徴があるインタビューです(ただの一問一答ではない)。

 

捜査手続のプロが、インタビュー結果の「再編」なり「再構成」なりをしなければならないのは、そのインタビュー結果は単なる素材であって、そのままでは刑事裁判で使えないからです。

すなわち供述は、そのままだと、刑事裁判で検察官がプレゼンをする資料としては、生の素材すぎるからです。

それをある程度、刑法や刑訴法といった法令が求める用語なりスタイルなりに、整える必要が生じます──このあたりが、「作文調書」「捜査官の勝手な作文」といった批判を招く一因ですが、ただ、調書の内容は必ず取調べの相手方に読み聞かせて署名いん等をもらわなければなりませんし、そもそも、一問一答なりICレコーダの録音起こしなりをそのまま延々読まされても、裁判官も裁判員も困ってしまうでしょう。

すなわち、供述をする「一般人」と、裁判をする「法律家」とを橋渡しする、「通訳人」としての捜査官の存在/補助が、必要不可欠なのです。

取調べの課題とプロセス

(写真:iStock.com/Kritchanut)

もちろんこの世には、とんでもないド外道捜査官がいて、とんでもないでっち上げ調書、大嘘調書、デタラメ調書を作成した「前科」がありますから──警察官が学校で必ず習うことです──取調べをどう適正化してゆくかというのは、警察にとって永遠の課題です(ゆえに近時の改革において、例えば「取調べの録音・録画」制度が始まっています)。

ただ我が国の法令は、例えば被疑者の内心の事情を証明することをたくさん要求していますので(例えば故意、特定の罪における動機・目的、殺人における殺意の程度、量刑のための情状など実にたくさん)、その意味でも「通訳人」「解析者」の存在は必要不可欠です。

内心の事情は──要は心の中にだけあるものは、客観的に証明できるものではありませんから。

その心の中の「ほんとうのところ」を、じっくりと、人間関係を構築しながら、常にその真偽を吟味しながら、解析して言語化してゆく必要があるわけです。

(中略)

定番ネタ、カツ丼

(写真:iStock.com/GI15702993)

ここで、取調べについては、場所的な制約がありませんから、被害者さんの家で被害者シラベをするとか、参考人の人のオフィスで参考人シラベをするとか、そうした「出張型」はナチュラルにありますし、被疑者シラベであっても、例えば現場のパトカーの中とか、よその県の警察署の中とか、そうした「出前型」もナチュラルにあります。

 

なお、被疑者シラベについては、前述の録音・録画同様、様々な改革がなされています。

例えば、調べ室において、
(1)調べ官が被疑者の身体に接触したり、
(2)有形力を行使したり(物を投げるとか、机を蹴るとか)、
(3)脅迫めいたことを言ったり、
(4)ずっと正座を強いたり、
(5)いわゆるカツ丼を出したり(コーヒー1杯でも一緒ですが)
(6)「クソ、死ね、社会のクズ」といった尊厳を害する言葉をいったり

……そうした不適正な行為は厳しく規制され、「取調べ監督官」によってチェックされ、懲戒処分・刑事処分の対象となることがハッキリ定められました(元々やってはダメだったのですが、考え方が整理され、明文の規則になりました)。

また、被疑者シラベについては、ザクッと表現すれば「標準時間」が定められ、警察本部長の事前の承認をゲットしないかぎり、1日当たり8時間まで、時間帯は午前5時から午後10時まで──との基準が設けられました(この基準に従わないことも、やはり規制され、懲戒処分・刑事処分の対象になります)。

 

ここで、いわゆるカツ丼は、なんというか定番の論点なので、ちょっとだけコメントを加えると──何故カツ丼がダメなのかというと、それが供述を獲るための便宜供与になるか、便宜供与ととられてしまうからです。

例えば、それが担当刑事による全くの善意からであっても(便宜供与の故意が全くないとしても)、被疑者の弁護人次第では、「あのとき特上のカツ丼が用意されたから、やってもいないことを/知ってもいないことを自白してしまったのだ」という抗弁をしてくることが予想されます。

というか私が弁護人なら、そういう便宜供与をまず捜します。捜査側の失点を主張し、調書がデタラメであることを主張するために。

これは、言い方はともかく、刑事訴訟というゲームのルール上、お互いに当然のこと。ならば、余計な論点を増やすような行為は、最初から全て禁止してしまえ──というのが時代の流れになりました。

*   *   *

カツ丼はもちろん、タバコ1本、お茶1杯でさえ便宜供与、ととられてしまう場合があるようです。取調べについてもっと詳しく知りたい方は、幻冬舎新書『警察用語の基礎知識』をご覧ください。

関連書籍

古野まほろ『警察用語の基礎知識 事件・組織・隠語がわかる!!』

警察そのものへの好悪は別にして小説、映画、ドラマ…etc.と『警察モノ』は絶大な人気を誇る。本書は、それらとリアルな警察との橋渡しをするべく、元警察官でありキャリア警察官僚であった人気作家が、よく使われる言葉を、「事件」「警察関係者」「警察組織」「隠語」の4ジャンルに分け、虚実も含めて平易かつ正確にエッセイ形式で解説した。『警察モノ』ファンのみならず、警察官及び官僚志望者、警察エンタメの作者、現場での刑事訴訟法の活用を知りたい学生にも「警察というカイシャ」の実態がわかる画期的な警察読本。

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古野まほろ 小説家

東京大学法学部卒業。リヨン第三大学法学部修士課程修了。学位授与機構より学士(文学)。警察庁I種警察官として警察署、警察本部、海外、警察庁等で勤務し、警察大学校主任教授にて退官。警察官僚として法学書等多数。作家として有栖川有栖・綾辻行人両氏に師事。小説多数。

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