テレビドラマ「警部補 古畑任三郎」は皆さんご存知かと思います。主演・田村正和、脚本・三谷幸喜の大人気刑事ドラマで、その主人公である古畑任三郎は、事件現場に颯爽と現れ、部下をこき使いながら証拠を集め、犯人と対話しながら卓越した推理力で事件を解決に導いていく、という作品です。
この古畑の役職は、ドラマのタイトルにあるとおり「警部補」なのですが、実際の警部補は、このドラマのように自由に捜査をできる役職なのでしょうか。元警察官でありキャリア官僚であったミステリ作家の古野まほろさんが、ドラマや映画でよく耳にする警察用語を易しく解説する幻冬舎新書『警察用語の基礎知識』。「警察モノ」ファンのみならず、警察官志望者、警察エンタメの作者にもおススメの本書より、この警部補の役割に関する部分をピックアップしました。(幻冬舎plus・柳生一真)
※なお、記事とするに当たり、太字化、改行、省略などの大幅な編集を行いましたので、著者の原稿とは異なる部分があり、その編集による文責は幻冬舎にあります。
警部補は職制だと「係長」相当
古畑任三郎というと、私は桃井かおりさんのDJの奴が大好きなのですが(そもそも古畑シリーズのアレンジ元である『刑事コロンボ』ならば、『アリバイのダイヤル』『断たれた音』が好きです)、古畑任三郎はドラマのタイトルどおり「警部補」です。
これには、三谷幸喜さんのこだわりを感じます。
というのも、NHKはコロンボの lieutenant という階級を「警部」と訳しましたが、これは位置付けからして、「警部補」と訳すべきだからです。我が国の英語版警察白書等でも、警部補はルーテナントとなっているはずです。
さて、古畑任三郎はかなり腰軽く、自転車で独り犯行現場に臨場し、あるいは独り被疑者の下を訪れ、あれこれ粘着しますが、これは「警部補」という階級からしてどうなのか。
より一般化すれば、日本において、「警部補」というのはどういう階級なのか──。
ここで、警部補は、書籍『警察用語の基礎知識』の第2章でお示ししたとおり、「警視-警部-警部補」という士官の職団を構成する階級です。階級章も一部、キンキラになります。
ちなみにキャリアが最初に与えられる階級でもあります(このあたり、防大を出たばかりの自衛官とほぼ一緒なのではないでしょうか。lieutenant は少尉という階級をも意味しますから)。
ただ警部補は、士官の末席で、もちろん管理職ではありません。
警察における管理職は、警部から始まります。ゆえに警部補とは、「実働レベルの長であって、まだ管理職になっていない警察官」の階級といえます。
ちなみに業界用語では、その職制から、カカリチョウと呼ばれます。
これは本社である警察本部においても、支店である警察署においても変わりません。
あるいは例えば、駐在所勤務で、係は自分1人しかいないとしても、警部補であればカカリチョウです。
非管理職・実働部隊の長
この警部補が「実働レベルの長」だというのは、「巡査部長と巡査を部下にしている」「そのチームを指揮監督している」という意味です(実際、例えば交番の最上位者は、特殊な場合を除き警部補です)。
そして「まだ管理職になっていない」というのは、「部下を査定する立場にはない」「庶務的なデスクワークは極めて少ない」「警察署では課長未満である」──といったことを意味します。
こう書くと、あまり偉くない感じもしますが、実務上は、警察署の仕事なり売上なりを左右するのは警部補である──といってよいほど重要な階級です。
警部となると、もう警察署では課長ですから、管理仕事というか、庶務的なデスクワークも多くなり(イメージとしてはExcelと格闘する時間が増えるみたいな感じです)、どれだけ現場が大好きでも、かなりの時間、警察署の課長卓に座っていなければならない。
他方で、警部補はといえば、そうした管理仕事とはほぼ無縁ですから、同じ下士官兵である巡査部長・巡査とつるんで、自分の好きな職人仕事をひたすら追求することもできます(とりわけ、古参の刑事が警部補だと、仙人かガキ大将のような影響力を発揮します)。
「することもできる」と書いたのは、例えば刑事と交番所長とは全然違うからです。
何でも屋の出張所である交番だと、その所長は、好きなことを追求できる仙人・ガキ大将ではいられません。むしろコンビニの店長よろしく、胃の痛くなるような実働+勤務管理に追われます……。
このとおり、警部補は、管理職でない警察官の中での最上位者ですから、特定の実働部隊を率い、いろいろな捜査なりオペレーションなりを現場指揮する立場にあります。実際に事件を処理したり、事案に触れたりするのは警部補以下で、それゆえに「マイスター」「達人」が多い階級でもあります。
警察本部における重要なオペレーションともなると、その成否は、実質的に警部補の双肩に掛かってしまうこともあります。
ところが、いったん「マイスター」「達人」がひねくれてしまうと、ベテランゆえになかなか手の付けられない問題を引き起こします。
たとえ警部といえど、なかなか直言はしにくい相手だからです……。
というわけで、よい意味でも悪い意味でも、警部補というのはクセのある階級だといえるでしょう。
そう考えると、また、実働員としての位置付けを踏まえると、古畑任三郎の言動・キャラは全然突飛ではありません。
上司の決裁を全くとらないことと、部下を全く信用していないことは(部下に仕事を処理させようとしない!!)、組織人としてどうかと思いますが……それは捜査書類を全く作成しないのと同様、ファンタジーとして割り切るべきでしょう。
* * *
対して、同じくフィクションである『十津川シリーズ』の十津川警部、『ルパン三世』の銭形警部の設定には、少し無理があるようです。警察官の階級・役割についてもっと詳しく知りたい方は、幻冬舎新書『警察用語の基礎知識』をご覧ください。