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世にも美しき数学者たちの日常

2019.06.05 公開 ポスト

「数学のすごく深いところに潜りたくて、そこに魅せられて研究してる」数学者の思いとは。二宮敦人(小説家・ノンフィクション作家)

数学者たちは日々どんなことを考えているのか、普通の人には理解できない天才なのか、それとも……!? 
7人の数学者と4人の数学マニアたちに話を聞いた『世にも美しき数学者たちの日常』を出版した作家の二宮敦人さんと、本書に登場する東北大学材料科学高等研究所教授の千葉逸人先生によるトークショー&サイン会が、2019年4月16日、代官山  蔦屋書店で行われましたが(イベント詳細はこちら)、そのときの話がとってもアツかったので、フルバージョンでご紹介します。
『世にも美しき数学者たちの日常』刊行記念 二宮敦人×千葉逸人トークショー&サイン会のロングリポート【前編】です。

楽しいが一番。次に「美しい」。

二宮 今日はよろしくお願いします。東北大学の千葉先生、今日はこのためにわざわざ仙台から来てくださいました。すでにビールを4本空けられたそうで(笑)。

千葉 よろしくお願いします。そろそろ次のビールが来るはずなんですけど(笑)。

二宮 千葉先生はこのとおりお酒が入ってますので、ゆるゆるやって行きたいと思います。さっそく僕から質問させてただきたいんですけど、いきなり小説家からこの本の取材の依頼が来た時、どう思われましたか? お聞きしたかったんです。

千葉 さすがに小説家の方から依頼が来たのは初めてだったんですけど……別に何も思わなかったです。

二宮 別に何も思わなかった! (笑) 取材依頼を断ることはあるんですか? 

千葉 一回だけ、はっきりと断ったのが、某テレビ局のバラエティー番組です。プロデューサーの方がわざわざ打合せに来てくれたんですけど、相思相愛になれず。なぜ相思相愛になれなかったのかと言うと、数学者をイジりたいみたいな感じのノリだったんです。僕がイジられるのは全然いいんだけど、視聴者から見て「数学者ってみんなこうなんだ」となったら他の先生にご迷惑がかかるので。

二宮 千葉先生がイジられるのは全然いいんですね? (笑)

千葉 全然いいです。

二宮 あんまり人と会うのは苦じゃないってことですか? 

千葉 うん。普段は数学の研究と、大学での教育と運営が仕事なんで、たまにそういうインタビューみたいな仕事が来ると新鮮というか。

二宮 あ、ビールが来ました! 千葉先生はお酒を飲むと記憶がなくなる事が多いらしいです(笑)。

千葉 今日、この場にいたことを忘れると思うんで、皆さん写真撮って、後で僕に送ってください。お前ちゃんと仕事してたぞ、みたいな証拠写真を(笑)。

二宮 取材を始めるまで、数学者の先生には会ったことがなかったので、言葉は悪いですけど、偏屈だったり、気難しかったりして、人と会うのはお好きじゃない…なんてイメージを持ってたんですけど、千葉先生はこの通りですし、取材でお会いしたほかの先生方も、そういう人っていませんでした。もちろん記述の正しさなどに対して厳しい方はいましたけど。数学者の皆さんは、社交的なんですか? 

千葉 数学者に対してどういうイメージを持っているのかわかりませんが、たぶん皆さんが思っている以上に社交的で、常識がありますよ。当たり前なんだけど、学者になるくらいだから、基本真面目。たまにちょっと変な人もいて、仕事しながらビール飲んでるとか(笑)。まあ、変なベクトルのやつもいるけど、仕事は完璧にこなす人がほとんどだと思います。

二宮 確かにそうだと思います。

千葉 トークイベントとかするとき、僕はどういう人が会場に来ていただいているのか毎回聞くんですけど……二宮先生の本を読んできた人はどれくらいですか? 半分くらいですね。では、僕の本(『改訂版 ベクトル解析からの幾何学入門』現代数学社)読んできた人は? ゼロ(笑)。

二宮 一応読みました、わからなかったけど(笑)。

千葉 二宮先生の本を読んでくれた人ならわかると思うんですけど、数学者は基本的には仲良しです。みんな感性が同じなので。僕らにとって何が一番かっていうと、研究の時間をとにかく大切にしたいってこと。だからお互いが「君、頑張って研究してね」という気持ちを、いい意味で押し付け合う。その一方で教育とか大学の運営もあるのですが、それはもう、お互いに研究時間を確保するために均等割にしているんです。

二宮 同じ数学者同士、研究する時間がめちゃ欲しい、けど相手もきっとそうだってことがわかる。だから仕事を押し付けられるようなことにはならないってことですか? 

千葉 一人に集中することはないようにしてます。自分も研究する時間が欲しいし、同じくらい相手も欲しいわけだから、完全に均等割にしてます。

二宮 すごく平和ですね! ところで、この本を読んでいただいて、千葉先生以外の数学者について何か思うことはありました? 

千葉 言葉の使い方や表現の仕方はみんなそれぞれ違うけど、数学に対する思いはほぼ共通しているなと思いました。小学生みたいな言い方だと、ただ「楽しい」。とりあえず楽しいが一番。次に「美しい」僕らは数学のすごく深いところに潜りたくて、そこに魅せられて研究してるわけです。だから僕が「この理論、定理ってすごい美しくない?」と言えば、他の数学者も「そうだよね」って言ってくれるだろうし、「結果は正しいけど、ダサい」みたいな定理があれば、だいたい同じような意見になるんじゃないかなと感じました。

二宮 美意識みたいな感じ? 

千葉 そうそう。美的感覚がやっぱり似通ってるのかな。

寝たい時に寝て、起きたい時に起きないと集中できない

千葉 数学者を取材しようと思ったきっかけはなんだったんですか? 

二宮 編集者さんと次の企画考えているときに「数学はどうですか」と言われたのがきっかけではあるんですけど、僕は大学の経済学部でデリバティブを勉強していて、そこは数式も使うし、数学にかなり親和性の高いところだったんです。ただ、ただその理論の専門家が先物取引で損をしてたので、この学問はダメだなってあんまり興味はなかったんですけど(笑)。なので数学にはいろんな可能性があるなと思っていて、憧れもありました。数学者というのは、魔法使いみたいなイメージがあって。

千葉 インタビューする人はどうやって選んだんですか? 

二宮 編集者さんが、この本の冒頭に出てくる当時東工大の教授だった黒川信重先生と知り合いだったんです。それでまず黒川先生にお話を伺っていたところ、「イケメンの先生がいるよ」と加藤文元先生を紹介してくださって。それと同時進行でいろいろと調べていると、「ロマンティック数学ナイト」という数学のイベントがあったので行ってみたり。そうしたら、そこで千葉先生がビール片手に蔵本理論について講演されていたので、あの先生は面白そうだということでお声がけさせていただいたという。

千葉 ありがとうございます。

二宮 最初、数学を一括りにしていたんですけど、色んな分野があるんですよね。ご存知の方には当たり前のことだと思うんですけど、僕はそこをちゃんとわかってなくて。代数、幾何、解析といろんな世界があるので、偏らないように探しまして、なんとかこの人数の方にお話を聞けた、という感じですね。

千葉 しかもこの本では、大学の研究者ばかりじゃなくて、お笑い芸人で数学ネタをやっている人とか、塾の経営者にも取材してますよね。バランスが取れてていいと思います。

二宮 ありがとうございます。ところで、千葉先生は最近教授になられましたけど、それまでと何か変わりました? 教授になるってどんな感じですか? 

千葉 いや、何も変わらない。あ……給料がちょっと上がりました。でも家賃も同じくらい上がったので、僕の酒代は全然変わってないです(笑)。今は引っ越しのゴタゴタの真っ最中で、事務的な手続きはいっぱいあるし、自宅のインターネット繋げたりとかもあるし……。研究に集中できてないので、そろそろ復活しないとダメですね。

二宮 インターネットに繋ぐのは1日で終わるじゃないですか! 

千葉 終わらない終わらない。引っ越しシーズンなので、結構かかるらしくて……なので今は家でインターネットできないです。

二宮(笑)……それが落ち着いたら、研究テーマを決めて? 

千葉 もともと持っている研究テーマがあるので、それを引き続き。(※千葉先生の専門は力学系理論、微分方程式、非線形函数方程式)

二宮 じゃあホントに何も変わらないんですね。

千葉 そうですね。准教授から教授になったことよりも、やっぱり大学が変わったことの影響が大きいですよ。大学によって環境が違うし、同じ大学でも部局や学部で変わるし。僕は今、ナントカ研究所ってところにいるんだけど……まだ名前覚えてないからわからないんだけど(笑)。

二宮 長い名前でしたよね。(※正しくは、東北大学材料科学高等研究所)

千葉 九州大学のときは授業をたくさん持ってたんだけど、東北大学では授業の義務がない。あと、会議が月に1回しかない。街中のキャンパスなので、自宅からめっちゃ近くなった。そういう環境の違いがあります。

二宮 それって下手したら、行かなくていいんじゃないですか、大学? 1日のスケジュールはどんな感じなんですか? 

千葉 もともとあんまり行かないから(笑)。作家さんもそうかもしれないけど、僕は目覚まし時計を普段かけることがないんですよ。出張の時以外は。目覚めたら起きて、大学へ行って、眠くなったら帰る。寝たい時に寝る、起きたい時に起きる。

二宮 最高ですね。お腹が減ったら食べる。

千葉 動物みたい(笑)。

二宮 でも、その方がはかどりますよね? 

千葉 そうですね、自分が完全に集中できる時間に研究に集中するという感じで。

二宮 作家もそうです。寝たい時に寝て、起きたい時に起きないと、結局集中できないんですよね。この時間からこの間まで執筆すると決めても、予定通り行ったためしがない。僕は会社員を3年やったことがあるんですけど、決められた時間に行って、決められた時間まで働くっていうのは、人間には合ってない気がします(笑)。

千葉 大学には図書館があるし、資料も調べられるし、集中するには研究室の方がいいんですけど、大学の教員は裁量労働制なので、時間通りに行かなくてもいい。だから作家さんや漫画家さんと生活スタイルは近いと思います。自分が集中できる時間に本当に集中して、あとはビール飲んでる。

二宮 作家は締切があるんですけど、大学の先生って、いつまでに成果を挙げなきゃいけないとか、ノルマがあったりするんですか? 

千葉 僕らの仕事は、オリジナルの研究をして、論文に書いて、それを世界に発信するってことなんですけど、それに関しての締切はないです。もちろん1年も2年も論文がないと、サボってるってことになってしまうので、もちろん真面目にはやってます。ただ、締切がないということでは自由にやっているというか、締切があったら良い研究はできないですね。

二宮 締切に合わせるために研究しても意味ないですもんね。

千葉 はい、それじゃ意味ないです。

座りっぱなしの職業ならではの悲劇?

二宮 僕、今日椅子を2個使わせてもらってるんですけど、これは別に僕が偉いからとかじゃなくて、お尻にオデキができてまして、まっすぐ座れないからなんですよ。大したものじゃないんですけど、ほっといたら炎症を起こしてしまって……。小説を書き始めると、3時間くらい一瞬で過ぎるんですよね。その集中している間って、空腹とか痛みを一切感じないんです。で、3時間経った途端に、全部が襲ってくる。そんなわけで炎症を起こしてしまい……。千葉先生もずっと座りっぱなしで、過去にジーンズをいくつもダメにしているそうですね? 

千葉 ズボンが1年に1回くらい破れるんですよ。最初ね、小さい穴ができるんですよ。だいたい左ケツなんです。重心が偏ってるのかわかんかいけど、いっつも左。自覚はないんですけど、計算しながら動いてるんですかね? 

二宮 前もってワッペンを付けておくとか、どうですか? 

千葉 ジーパンって、右ポケットのところに、存在の意味がわからないちっちゃいポケットあるじゃないですか。学生のときは、穴が空いたら、これを剥がしてワッペンにしてました。

二宮 まさかの! (笑)

千葉 それでもまた空くんです。でも小さい穴だったらパンツも見えないから、普通に履いているんです。ある日、その状態で大学に自転車で行ったとき、立ち漕ぎしようとしたら、小さい穴にサドルの先端がスポッと入って、ビリって(笑)。そうやってケツを晒しながら……という状況が3回くらいあるんですよ。その日はもう、日が落ちるまで帰れないですね。

二宮 わはは。それ、学生時代ですか? 

千葉 ……どっちもです(笑)。学生のとき1回と、教員になってから2回。幸いにしてその日、授業がなかったので。

二宮 まあでもジーンズが犠牲になって成果が生まれている、ということなので。

千葉 ……みなさん、今日、こんな話聞きに来ました? (笑)

二宮 そうですよね、すいません。もうちょっと知的な会話をしましょう(笑)。では質問のある方、どうぞ。


1分、1秒でも多く自分の研究をしたい

質問者1(男性・理系大学生) 受験で数学をやったのだけど、すべての科目の中で一番苦手です。得意な人たちは楽しくやっているけど、その差はなぜあるのでしょうか? 教育者としてどう考えていますか? 

二宮 気になる。

千葉 ちょっとつまらないというか、参考にならない答えだけど……それに対する回答があったら、誰も苦労しないよね(笑)。自分の経験談でしか言えないんだけど、僕は高校の時は、数学よりも物理の方が好きで、当時は宇宙飛行士になりたかったので、大学では工学部に入ったんです。数学者になろうとは思ってなかったんだけど、大学で数学を勉強しているうちに「数学めっちゃ面白いやん」って。それで大学院から数学に移ったんだけど、やっぱり大切なのは「数学、楽しい」っていう気持ちだよね。でもどうやったら楽しいと思うかって、それはもう自分次第じゃないかな? アドバイスになってないかもしれないけど、「楽しい」と思えるくらい没頭するには、それなりの努力が必要で、のめり込むくらいの勉強量はもちろん必要。それくらいしか言えないかな。

二宮 千葉先生は「誰よりも勉強した」っておっしゃってましたよね。

千葉 ずーっとしてましたよ。僕は学部生のときにビデオ屋さんでバイトしていたんだけど、そこは置いてあるのが8割くらいエロビデオという個人商店で(笑)。そういうお店でお客さんに「いらっしゃいませ」ってにこやかに言うと、向こうも気まずい。無視するのが一番いい(笑)。だから僕、ずーっとレジで勉強してた。家庭教師もやったけど、「この問題解いとけ」って言って、生徒が解いてる間、僕はずーっと自分の研究してた。とにかくホントに1分、1秒でも多く自分の研究をしたいという感じでしたね。

二宮 それだけ数学が好きになったのって、大学の授業とか、何かきっかけがあって、急にハマったって感じなんですか? 

千葉 特定のきっかけはないです。高校のときから数学は好きだったけど、「数学者」という職業があるのを知らなくて。だから高校の時は宇宙飛行士になりたくて工学部に行ったんだけど、大学に入って数学という学問があるということ、数学者という先生たちがいることを知って、しかも数学にハマったらめっちゃ面白いやん、と。そういうのが上手く噛み合わさって数学者になろうと思ったんです。

誤差に関してはケース・バイ・ケース

質問者2(女性) 私は高校で、物理のほうが数学よりも楽しいと思っていました。それは、物理には誤差があるけど、数学の世界は誤差がなくて正確じゃないと許されない感じがして怖いと思ったからなんです。物理は誤差を許してもらえるような雑な感じが良かったのですが、数学との違いをどう考えますか? 

千葉 おっしゃってることはわかるんですけど、僕らの感覚では逆で、数学の方が誤差を許す場合もある。逆に、工学とか物理の方が誤差を許さない場合があります。わかりやすい例で言うと、人工衛星などの宇宙機を月に着陸させようと思ったら、誤差は一切許されないんです。数学は「イコール」で結ばれる世界が多いので誤差がないと思ってるかもしれないけど、このイコールの式を示すために「これこれの値が0.1より小さければ、このイコールが成り立つ」……みたいな証明方法って結構あるんですね。だから0.1以内の誤差に収めれば、イコールが成り立つ。なので「誤差」に関しては、数学も物理も関係なく、ケース・バイ・ケースですね。

質問者2 美しいと思えるような工学的な美学と、数学の美学っていうのは一致してるものでしょうか? 

千葉 それはたぶん数学とか工学というよりも、個人の研究者レベルの美的感覚なので、一概には言えないと思います。工学の先生の中には、「数学は役に立たない、机上の空論だ」と言う人もいて、人それぞれなんです。僕は工学部へ行ったけど、自分の指導教官が数学に理解のある先生で、工学部での卒業論文も「君は数学のテーマでやっていいよ」と認めてくれたんです。逆に、数学者の中でも純粋数学に没頭していて、工学とか他への応用に興味がないという人もいるし、応用できるから楽しいという人もいる。僕は後者ですね。人それぞれです。

質問者2 ではコンピュータが発達して、数学者の世界は変わりましたか? 

千葉 それはめちゃくちゃ変わりましたね。特に僕の研究している分野には「解析学」というのがあって、その中に「微分方程式」という方程式を解く分野があるんです。そこではコンピュータを使うことによって、ある程度、何が起こるか予測することができる。例えば、明日の天気予報はだいたい当たるでしょ? でも一週間後の予報はあまり当たらない。あれはどうやって予測しているかっていうと、経験則じゃなくて、コンピュータで大気の流れを計算しているんですね。大気や雲、風の流れを表す方程式があって、それは「ナビエ・ストークス方程式」という、流体力学の基礎方程式なんです。それをコンピュータを使って、力ずくで計算している。ところがナビエ・ストークス方程式は「カオス」という性質を持っていて、長時間の予測ができない。そういう感じでコンピュータは使われているけど、限界はあります。使われているけど、無理なものは無理で、そこで手計算を使った理論が必要になるんです。

数学や物理を勉強するのは「日常生活で使える論理的な考え方」を身に着けるため

質問者3(男性) 政治家が義務教育で実用的な勉強をするべきだと言って、「三角関数」を使わないようになりましたが、僕はあった方がいいし、数学は義務教育で教えた方がいいと思うのですが、どうですか? 

千葉 僕らとしては、公式を覚えてほしいとか、特定の目的のために役に立つから、数学を教えてるわけではありません。日常生活で使える論理的な考え方を身に着けるためのひとつの手段としての数学であって、それが一番大事な目的だと思うんですね。数学者は、サイン・コサインや加法定理のような公式なんて覚えてないって言ってもいいんじゃないかな(笑)。使おうと思ったら、すぐ自分で作れるから。だから暗記することじゃなくて、論理力を身に着けてほしいから、数学や物理を勉強する必要があるんだけど、国のお役人の方たちは、そこをなかなか理解してくれない。

二宮 うーん。

千葉 例えば、本当にしょうもない話なんだけど、以前バリ島へ行った時、沖合にスキューバダイビングするスポットがあって、そこへ2階建てのフェリーで行ったことがあったんです。結構波が強くて船が揺れて、乗客の半分くらいが吐くという大惨事になったんだけど、気分悪い人に限って2階の端っこの壁に寄りかかってたんです。でもそこって、一番揺れるところじゃない? 

二宮 はー、なるほど! 

千葉 僕もね、ちょっとヤバかったんだけど、ヤバいと思った瞬間に、1階の中央線をまたいで仁王立ちになった。そこ、一番揺れないところでしょ? 

二宮 確かに。知ってるか知ってないかで、全然違う! 

千葉 数学とか物理とかっていうレベルの話ではないんだけど、そういう考え方が瞬時にできるっていうのは生きていく上で大事だよね。そういうところに学問は必要だと思うんだけど。質問の答えになってるかな? 

研究者に男性が多い理由とは?

質問者4(男性) この本でインタビューされた数学者に女性がいなかったのがひっかかりました。なぜでしょう? 女性は数学に向いていないのでしょうか? そもそも人数的に少ないのでしょうか? 取材して、性差を感じましたか? 

二宮 今回女性が取材できなかったのは偶然で、ひとりアポを取ろうと思ったんですけど、連絡が取れなかったんです。また性差については、そういえば、お話を伺った何人かの先生は「ない」とおっしゃっていましたね。たまたま話の流れで出た話だったので、全員に質問したわけでないし、正確にはどうかわかりませんが。外国では、主婦をしていた奥さんが、お子さんもいなくて超ヒマで、数学の研究し始めたら進んじゃって、業績を残したなんて方もいらっしゃるそうです。もし、男性の研究者のほうが女性より多いという統計データが出てくるとしたら、それは、女性は家事ばかりしていて研究の機会が与えられないとか、男性は研究に没頭しても許されるけど、女性はそういうことが許されないというような、社会的な問題で、環境に原因があるのかなと僕は感じました。実際はどうなんでしょう、千葉先生? 

千葉 もう完全に、社会的な、日本的な問題です。アメリカやヨーロッパだと、女性の割合はもっと多いですよ。正確な数字はわからないけど、僕の印象だけで言えば、日本だと、男性:女性=9:1くらいのところ、アメリカはだいぶ多くて6:4くらいかな。日本って、女性の方がなかなか理系の学部に行きにくい印象ですよね。僕は、京大の工学部物理工学科の出身なんですけど、定員220人で女性5人でしたよ。

二宮 それは極端に少ないですね。

千葉 興味があっても行きにくいというのがあるのかもしれませんが、そもそも、工学や理学的な分野に、女性が興味を持ちにくい、という雰囲気もひょっとしたらあるのかもしれない。

二宮 研究をしていて、女性的発想と男性的発想とで、着眼点が変わってくることあるんですかね? 

千葉 それはないです。女性の研究者の方が、このジャンルだと優れているとか、男性の方はここが優れているとか、僕は感じたことないです。研究者になる人数は圧倒的に男性が多いのですが、それは単に入学の時点で理学部や工学部に進む女性が少ないので、それがそのまま反映されているだけかと。

二宮 じゃあその人次第なんですね。

千葉 はい、だから才能とかレベルの問題じゃありません。子どもの頃の教育ないし社会的な環境において、女性の方がなかなか理系を選びづらい、理系に行きづらいとなっているのが、日本の現状なのかなと思いますね。

二宮 なんかもったいないですね、それで埋もれちゃった才能があったりしたら。

千葉 そうですね。

大学教授は仕事が多い?

質問者5(男性) 日本の大学の先生は、研究以外の授業や雑務などの仕事が多くあるそうですが、千葉先生は許容範囲と思っていますか? それともこのままではダメだと思いますか? 

千葉 大学ないし役職、あるいは時代に依存するので、これは一概には言えないんですけど、昔からいる先生の話を聞くと、昔は授業のコマ数も、書類も少なくて、研究に集中できたと言いますね。僕は国立大学が法人化した後に教員になったので、比較することはできませんけど。法人化したということは、大学は自分でお金を稼がないといけないのですから、まったく違いますよね。いっぱい書類だって書かないといけない。国からの運営交付金が減ったら、どこで辻褄合わせるかって言ったら、非常勤講師やアルバイトの先生、教員、事務職員の数を減らすなどしないといけない。そうすると当然、僕らの仕事は増えますよね。文科省の調査で、日本の研究環境は非常に悪くなっている、論文の数もどんどん減っているという調査が出てましたけど、大いにそうだと思います。文科省の方はできるだけ研究費を出したいと考えて頑張ってくれているんだけど、予算を取るには、その上に財務省がいて、一筋縄ではいかない。

二宮 そうなんですね……。

工学と数学の関わりは、最近すごく強くなっている

質問者6(男性) 授業の義務がなくなって、学部生の授業がないのは寂しいですか? 

千葉 僕は3月まで九州大学にいて、4月から東北大学に異動になったんですけど、東北大学での所属が研究所で、授業を持たなくていいことになっているので、普通に考えたら仕事がその分減って、楽といえば楽ですよね。だけど、僕は学生と仲良くなりたいし、週に1、2回くらい授業があった方が生活のリズムも整うし、学生とも仲良くなりたいから本当は持ちたいんだけど。

二宮 人に会う機会がないということですか? 

千葉 同僚にはもちろん会うんだけど、たまには若い人としゃべりたいな。

質問者6 物理と数学は1990年代からお互いに影響したという話がありますが、工学と数学はどうなんでしょうか? 

千葉 理論物理と数学は、1600年代、ニュートンの時代からともに発展してきたという密接な関係があります。それが、ここ50年くらいまた盛り上がってる感じですね。工学と数学は、2000年代に入ってから盛り上がってきた感じ。最近の流行りは、機械学習だったり、コンピュータでしか扱えない量のビッグデータを数学的にきちんと扱えるようにしたりすることです。何かの現象を、実験で観測するわけですね。例えば、日本全国に空気の観測地点があって、1秒毎に、風速、温度、圧力などのデータを採取してるのですが、とんでもないデータ量ですよね、日本全国ですから。そのデータは、実験による測定で、数字なんですが、数字の羅列を見ても、何もわからないでしょ? そこから意味のある情報を取り出すのが、統計学や数学だというわけです。そういう意味では、工学と数学の関わりは、最近すごく強くなってますね。


後編へつづく

取材・文=成田全(ナリタタモツ)

「数学が気になる皆さん」へ朗報♬

6月11日の夜に、
「ハイボールナイト ~なぜか「数学」に惹かれちゃう人、集まれ!~」
小説家・二宮敦人と数学愛に溢れる懲りない面々によるトークライブが開催されます!
ゲストは、タカタ先生(芸人)、堀口智之先生、松中宏樹先生(大人のための数学教室 和〈なごみ〉)。
ぜひお越しください!

(写真:iStock.com/bhofack2)

関連書籍

二宮敦人『世にも美しき数学者たちの日常』

百年以上解かれていない難問に人生を捧げる。「写経」のかわりに「写数式」。エレガントな解答が好き。――それはあまりに甘美な世界! 類まれなる頭脳を持った“知の探究者”たちは、数学に対して、芸術家のごとく「美」を求め、時に哲学的、時にヘンテコな名言を繰り出す。深遠かつ未知なる領域に踏み入った、知的ロマン溢れるノンフィクション。

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世にも美しき数学者たちの日常

「リーマン予想」「P≠NP予想」……。前世紀から長年解かれていない問題を解くことに、人生を賭ける人たちがいる。そして、何年も解けない問題を”作る”ことに夢中になる人たちがいる。数学者だ。
「紙とペンさえあれば、何時間でも数式を書いて過ごせる」
「楽しみは、“写経”のかわりに『写数式』」
「数学を知ることは人生を知ること」
「数学は芸術に近いかもしれない」
「数学には情緒がある」
など、類まれなる優秀な頭脳を持ちながら、時にへんてこ、時に哲学的、時に甘美な名言を次々に繰り出す数学の探究者たち――。
黒川信重先生、加藤文元先生、千葉逸人先生、津田一郎先生、渕野昌先生、阿原一志先生、高瀬正仁先生など日本を代表する数学者のほか、数学教室の先生、お笑い芸人、天才中学生まで。7人の数学者と、4人の数学マニアを通して、その未知なる世界を、愛に溢れた目線で、描き尽くす!

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二宮敦人 小説家・ノンフィクション作家

1985年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。2009年に『!』(アルファポリス)でデビュー。『正三角形は存在しない 霊能数学者・鳴神佐久のノート』『一番線に謎が到着します』(幻冬舎文庫)、『文藝モンスター』(河出文庫)、『裏世界旅行』(小学館)など著書多数。『最後の医者は桜を見上げて君を想う』ほか「最後の医者」シリーズが大ヒット。初めてのノンフィクション作品『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』がベストセラーになってから、『世にも美しき数学者たちの日常』『紳士と淑女のコロシアム 「競技ダンス」へようこそ』など、ノンフィクションでも話題作を続出。

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