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世にも美しき数学者たちの日常

2019.06.09 公開 ポスト

数学者に魅せられた小説家に訪れた、内なる変化とは!?二宮敦人(小説家・ノンフィクション作家)

令和になってまだ日も浅い2019年5月7日。下北沢にある”ビールが飲める本屋 B&B”にて、『世にも美しき数学者たちの日常』の出版記念イベントが開催されました。
登壇されたのは、小説家・二宮敦人(にのみや・あつと)さんと、本書にも登場している数学者・加藤文元(かとう・ふみはる)先生。加藤先生も、新刊『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』が刊行になったばかり。
ほぼ同時期に新刊を出版されたお二人は、イベント前に互いにサインをしあったとか。
すでに互いへの敬愛の念を抱いているおふたりが、今日はどんな話をしてくださるのでしょうか……。


小説の中で、無意識に「数学」を使っていることに気がついた

「もともと数学が得意ではなかった」と話す二宮さんですが、このたびの新刊『世にも美しき数学者たちの日常』の執筆を通して、小説を書くことに対して、とある発見があったのだとか……。

二宮:このお仕事をしてから、小説を書くことがだんだんと“数学っぽくなってきた”ことに気がついたんです。数学の問題を解くような感覚が出てきて。

加藤:おお! それはどういうことですか?

二宮:例えば三角関係の恋愛小説を書くとするじゃないですか。すると、その三角関係を表現するのに、最低何人の登場人物が必要か? と考えますよね。軸となる3人が居て、そこに関連する脇役はどれくらい居たら良いのか……。
僕の場合は、たくさん登場人物を出すというよりは、出来るだけシンプルにすっと読める小説にしたいと思っているんですけどね。論理的に考えないといけない時は、無意識に数学を使っているんじゃないかなと気がついたんです。

加藤:面白いですね! 1つの小説の中で可能な最大限数は? 最小人数は? という話ですね。
ちなみに、「読みやすい小説」という前提で、100人の登場人物が現れる小説ってありえますか?

二宮:それは、名前を覚えてもらうのがかなり大変ですよね(笑)。物語のどこに比重を置くかにもよりますが、小説家の技術次第でしょうか……。登場人物の意味づけというのがきちんとあれば、成立すると思いますが。売れるかはわからないですし、書くのに時間かかりすぎてお金にならないような気がしますけど(笑)。

加藤:僕は『レ・ミゼラブル』が好きなんです。ミュージカルや映画はもちろんですが、特に原作がいい! でも、分厚い本で4巻、名前を覚えるのが大変でしたね(笑)。『アンナ・カレーニナ』を読んだ時に思ったのは、登場人物が多い上に、同じ人物でも色々な呼び方があるんですよね。本名とは別にあだ名が2種類あったりして、それが交互に現れると、もう同一人物かわからない、みたいな……。

二宮:『三国志』もそうですよね(笑)。

加藤:似た名前が出てくると、混乱しますよね。
……話を戻しますが、それで二宮さんは、小説を書くのに数学を使われていると。

二宮:この本を書いたことで、「無意識に数学を使っていた」ということに気がついた、というべきでしょうか。

「整数問題が得意」からわかること?

『世にも美しき数学者たちの日常』に描かれているように、二宮さんと編集者の袖山さんは、「数学」というだけで大きな苦手意識を持っていました。ところが二宮さんは、「無意識のうちに、小説に数学を使っていた」ことに気づくと、数学の全てが苦手だったわけではないと考えるようになりました。

二宮:学生の頃は基本的に数学が苦手だったんですけど、整数問題だけは好きだったんですよ。いくらでも解いていられるくらい! ところが、√とか無理数になってくるとさっぱりわからない。これについて吸収することを脳が拒否しているかのような。僕好みの「数学のライン」っていうのが、そのあたりにあるのかなって思います。

加藤:整数問題がお好きだったんですね! それは、レベルが高いと思いますよ。整数問題ってとっかかりがないし、やり方が決まっていないから、ひらめきが大切なんです。もしかしたら、そういうところが小説に共通してるのかもしれませんね。

二宮:なるほど! “ひらめき勝負”は大好きです。

加藤:「決められた線路の上を決められた通りに解いていく」ということも数学においては大切なんですけど、「これまで出会ったことがない問題に出会った時に、どうするか?」という能力も、数学にとっては非常に大切なんです。

二宮:そんなふうに言ってもらえると、実は僕、数学科行けばよかったんですか? なんて思っちゃいますよ!

加藤:今からでも遅くないのでは?(笑)


数学者は「小説の読み方」がそもそも違う?!

意外にも、自分にも数学への適正があったかもしれないとの発見をした二宮さん。どのような経緯で小説家になったのか? という話題 へと移ります。

加藤:そういえば、二宮先生が小説を書き始めたきっかけって何ですか?

二宮:僕は、就職活動の時に小説を書き始めたんです。その時の僕は少し社会を舐めていて、就活したけど、ほとんどダメでした。ことごとく落とされたんですね。そうすると、自分のせいだとは言え、腹も立ってくるじゃないですか。だから、怖くてグロい小説を書こうと思って書き始めたんですよ。

会場:(笑)

二宮:当時は携帯小説が流行っていて、手軽に投稿ができた。就活の帰りにちょっと書いてはアップする……という日々を続けていたところ、その小説を面白いと言ってくださる方が出てきまして。「出版社に持ち込んでみたら?」とアドバイスをいただいたので「せっかくだから行ってみるか」と、ある出版社に持っていったんです。それが、就職1年目くらいの時に本になったんです。ありがたいことに結構売れまして。1冊売れると、他の出版社からもお話をいただくようになり、「チャレンジするなら若いうちに」ということで専業の小説家になりました。

加藤:つまり、最初はホラー小説だったんですか?

二宮:そうですね、ホラー扱いでした。加藤先生は、どんな小説がお好きですか?

加藤:今から10年前くらいでしょうか、『ガロア—天才数学者の生涯』を書いていた頃に、19世紀のフランス文学を手当たり次第読みましたね。小説って、楽しいですよね! その時は、数学者の伝記を書くために読んでいたのですが……、というのも、小説の中に描かれている当時の時代性は彼の数学にも何か影響しているはず、と考えていたからです。小説の中に関連しそうなワードを見つけると嬉しかったり、「当時はこうだったから、彼の考えはこんなふうになっていったのかな」とか考えると、非常に面白いわけですよ。

二宮:数学の先生らしい読み方ですね。

加藤:高校生から大学生の頃はシャーロック・ホームズが大好きで、何度も同じものを読み返していました。それこそ、1行読んでもらえれば、それがどの本の中の1行で、その前後がどうなってるか、わかるくらいでしたね。

二宮:それはすごい! ところで、どんなところが加藤先生の好みに合ったんですか?

加藤:論理的に出来ている小説なのに、大局的に見ると実は論理的じゃない、というところが面白いなあと思ってました。
例えば、シャーロック・ホームズの短編て、全て関係しあってるんですよね。物語が始まる前にワトソンが「この時シャーロックは〇〇事件にも携わっていて」とか「〇〇事件の〇ヵ月後の話である」みたいにその事件の時間軸について話すのですが、それらの事件は実際に存在していて、よく出来ているんです。でもよく調べると、ちょっと不整合な部分があったりする。それが面白いんですよ。例えば、本当は3~4年潜伏していたことがあるのに、その時期に平然と事件を解決していたりとか。

二宮:そういうのって、加藤先生が自分で探しながら読んでいたんですか?

加藤:はい、そうです。例えば『マスグレーヴ家の儀式』という小説の中に、家の玄関を出てから何歩行ってから東へ何歩、南へ何歩……みたいな描写があるんです。それを読むと、玄関が東向きだということがわかる。だけど、読み進めていくと、「その玄関が西日を浴びてピカピカに輝いていた」という描写が出てきたりするわけですよ。

二宮:あーっ! 我々がやってしまいがちな……(笑)

加藤:揚げ足とってすみません(笑)。でもそういうのを見つけると面白いですよね。

二宮:コナン・ドイルでも間違いがあるんですね(笑)。

加藤:コナン・ドイルって、指摘されても直さなかった……って話がありますね。世界のシャーロキアンが、そういう不整合の部分だけを集めた本もあるみたいですよ。小説は、そういうところが面白いですよね。

二宮:マニアックですね(笑)。読む人が違えば、というか、加藤先生が読むとそういう見方になるんですね、面白いです。


二宮敦人が今思う「数学者」とは

加藤『世にも美しき数学者たちの日常』の最後のインタビューは、黒川信重さんの奥様と娘さんとの3人で受けてましたが、、非常によかったですよね。

二宮:そうですか、ありがとうございます。

加藤:二宮さんが本文内で「数字の向こうに人がいるっていうことに気が付いた」ということを書いていらして、あれを読んだとき、われわれ数学者が知ってほしいことって、本当にそういうことだなと感じました。やはり、それがこの本の結論だったのでしょうか?

二宮:そうですね。”数学者は変人”といったイメージがありますが、それは数学者の持っている一つの面を誇張されたものにすぎなくて。「本当は、やっていることや捧げているものが違うだけの、同じ人間だ」というのが、一つの結論ではありますね。

加藤:それを黒川先生から読み取られたっていうのは、すごいなと思いました。黒川先生は、とても人間味のあふれる方ではあるけれども、ある意味、数学者らしい面を体現されている方でもあるので。

二宮:確かに、最初お会いしたときは、その世界観に圧倒されましたけどね! それが、奥様や娘さんと一緒にお会いした時に印象が変わったんです。すごい優しいお父さんだし、奥さんにはちょっと頭が上がらなそうな旦那さんだし。最初の印象がどうであれ、それは一部しか見ていないだけだったなという結論が、僕の中で出ましたね。そういう意味では、数学者のみなさんのご家族に会ってみたいという気持ちが高まりましたね。どんな恋愛をしているのかとかを聞いてみたいです。

加藤:このイベントに、僕の妻、来ていますけどね。

二宮:奥様との馴れ初めは?

会場:(笑)

加藤:それはまたにしましょう(笑)。


最後に、このイベントに参加した皆さんへ、お2人からのメッセージが贈られました。

宮:今日はありがとうございました。この本には書き尽くせないぐらい、色々な数学者の魅力がありました。ぜひこの本を読んでいただけたらうれしいです。

加藤:「面白い」「深い」……いろいろな形容詞が数学には付けられると思いますが、ご自身にとっての、ご自身だけの形容詞を、「自分にとって数学はこうだ」というものを感じ取っていただければなと思います。
最後にまとめじゃないんですけれども、ぜひとも、旅していただきたい。

二宮:旅?

加藤:『世にも美しき数学者たちの日常』の中でも二宮さんが書いてらっしゃいますが……「それを探す旅に出てもいい」と……281ページですね。つまり、「二宮さんの好きな数学」を見つけるための旅です。そして、僕は、その続きを見たい。第2弾と言ったらアレなので、10年後に対する宿題でも結構です。いずれ何かの形でお聞きしたいなと思っています。

イベント終了後にはサイン会も行われ、参加者の多くが列をなしました。加藤先生の新刊も並び、二宮さんの本にはお2人のサインが入るという贅沢なイベントとなりました。
『世にも美しき数学者たちの日常』の執筆にあたり、加藤先生をはじめ、多くの数学者の方々と触れ合い、数学の新しい一面を発見した二宮さん。もしかしたらいつか、数学の旅の続きが見られるかもしれません。

取材・文=Shunsuke Yamamoto
写真=山中裕介
協力=本屋B&B(イベントは終了しています。詳細はこちらでした)

*   *   *
「数学が気になる皆さん」へ朗報♬

6月11日の夜に、
「ハイボールナイト ~なぜか「数学」に惹かれちゃう人、集まれ!~」
小説家・二宮敦人と数学愛に溢れる懲りない面々によるトークライブが開催されます!
ゲストは、タカタ先生(芸人)、堀口智之先生、松中宏樹先生(大人のための数学教室 和〈なごみ〉)。
ぜひお越しください!

 

<対談者紹介>
二宮敦人(にのみや・あつと)

 

1985年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。
2009年に『!』(アルファポリス)でデビュー。『郵便配達人 花木瞳子が顧り見る』(TO文庫)、『占い処・陽仙堂の統計科学』(角川文庫)、『一番線に謎が到着します』(幻冬舎文庫)、『文藝モンスター』(河出文庫)など著書多数。『最後の医者は桜を見上げて君を想う』(TO文庫)ほか大ヒットしている「最後の医者」シリーズなど人気シリーズを数々持つ。エンタテインメント小説を数々執筆する一方で、初めてのノンフィクション『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』もベストセラ―に。このたび、ノンフィクション第二弾『世にも美しき数学者たちの日常』を幻冬舎より上梓。


加藤文元(かとう・ふみはる)

1968年宮城県生まれ。1997年京都大学大学院理学研究科数学・数理解析専攻博士後期課程修了。博士(理学)。九州大学大学院数理学研究科助手、京都大学大学院理学研究科准教授、熊本大学大学院自然科学研究科教授、東京工業大学大学院理工学研究科数学専攻教授を経て2016年より東京工業大学理学院数学系教授。専門は代数幾何学、数論幾何学。著書に『ガロア 天才数学者の生涯』『物語 数学の歴史 正しさへの挑戦』『数学する精神 正しさの創造、美しさの発見』『数学の想像力 正しさの深層に何があるのか』など。最新刊は『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝』。


 

関連書籍

二宮敦人『世にも美しき数学者たちの日常』

百年以上解かれていない難問に人生を捧げる。「写経」のかわりに「写数式」。エレガントな解答が好き。――それはあまりに甘美な世界! 類まれなる頭脳を持った“知の探究者”たちは、数学に対して、芸術家のごとく「美」を求め、時に哲学的、時にヘンテコな名言を繰り出す。深遠かつ未知なる領域に踏み入った、知的ロマン溢れるノンフィクション。

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世にも美しき数学者たちの日常

「リーマン予想」「P≠NP予想」……。前世紀から長年解かれていない問題を解くことに、人生を賭ける人たちがいる。そして、何年も解けない問題を”作る”ことに夢中になる人たちがいる。数学者だ。
「紙とペンさえあれば、何時間でも数式を書いて過ごせる」
「楽しみは、“写経”のかわりに『写数式』」
「数学を知ることは人生を知ること」
「数学は芸術に近いかもしれない」
「数学には情緒がある」
など、類まれなる優秀な頭脳を持ちながら、時にへんてこ、時に哲学的、時に甘美な名言を次々に繰り出す数学の探究者たち――。
黒川信重先生、加藤文元先生、千葉逸人先生、津田一郎先生、渕野昌先生、阿原一志先生、高瀬正仁先生など日本を代表する数学者のほか、数学教室の先生、お笑い芸人、天才中学生まで。7人の数学者と、4人の数学マニアを通して、その未知なる世界を、愛に溢れた目線で、描き尽くす!

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二宮敦人 小説家・ノンフィクション作家

1985年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。2009年に『!』(アルファポリス)でデビュー。『正三角形は存在しない 霊能数学者・鳴神佐久のノート』『一番線に謎が到着します』(幻冬舎文庫)、『文藝モンスター』(河出文庫)、『裏世界旅行』(小学館)など著書多数。『最後の医者は桜を見上げて君を想う』ほか「最後の医者」シリーズが大ヒット。初めてのノンフィクション作品『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』がベストセラーになってから、『世にも美しき数学者たちの日常』『紳士と淑女のコロシアム 「競技ダンス」へようこそ』など、ノンフィクションでも話題作を続出。

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