人気フードスタイリスト・飯島奈美さんのエッセイ集『ご飯の島の美味しい話』より、試し読みをお届けします。意外と知られていない「フードスタイリスト」というお仕事の裏話をお楽しみください。最後には、レシピも掲載されています。
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オンリーワンな料理
私は古いものが好きです。家や作業場を探すときの条件は、新築ではなくむしろ古い物件。その方がピンとくることが多いです。日曜日の天気のよい日には、新井薬師や富岡八幡宮の骨董市へ出かけます。江戸や明治生まれの食器は眺めているだけで気持ちや背筋がシャンとします。私が壊したら、ここで歴史が終わってしまう……という緊張感も加わります。両手でそっと、慎重に皿を一枚持ってみる。同じ柄の揃いでも、一枚ずつ描かれてある絵の表情が微妙に違うことに気づきます。その時代にモノを作った人の気配を感じるような器に出会うことが楽しみです。遥か昔から、よくぞ割れずに家族何代にもわたって大事に受け継がれてきてくれたと、感動すらします。
また、こういう場所の近くには、やはり古くからの私好みの商店街があります。味わいのある喫茶店でその日の収穫品を開いて見たりするのも楽しみの一つです。
図書館でも、大正、昭和と様々な年代の料理本を見ていると、レシピの文章、言葉の美しさにおどろきます。例えば「味噌汁は煮えばなに火を止める」とあります。「煮えばな」とは沸騰する瞬間のことをいいます。味噌は煮立てると風味を逃してしまうのです。
旬を待ちきれず、少し前に食べるものを「走り」、もう少しで旬が終わってしまうことを惜しんで食べるものを「名残り」、また唐辛子を刺し込んで紅色におろした大根おろしを「もみじおろし」と、呼び方にも風情があります。
ほかにも日本らしい、と思うのは、大根などに味を染み込みやすくしたり、早く煮えるように十文字の切り込みを入れる「隠し包丁」、小豆などを煮るときに砂糖の甘みに奥行きを加える塩を「隠し味」、魚を焼くときにヒレや尾が焦げないように付ける塩を「化粧塩」と言うなど、日本人の繊細な心遣い、工夫を誇らしく思います。そして同じ料理でも、季節の植物になぞらえて、春は「ぼたもち」、秋は「おはぎ」、これもすてきな表現ですよね。
食に関わってきて、今思うこと。最近は企業やマスコミが、料理の作り手の便利さ、手軽さを第一に考えて、先まわりしすぎているような印象を受けます。基本的な道具(鍋、蒸し器、焼き網など)の気に入ったものを一つずつ揃えれば、工夫して、ひと通りなんでも作れるのです。調味料や加工食品も同じです。今までの道具や調味料を使うことがどんどん億劫になってしまうのが心配です。食の智恵や文化が消えることのないよう、社会全体で考えていくことが必要だと感じます。そして作る側も、料理をする過程をもっともっと楽しんでほしいです。
例えば、卵を焼くときはジブリ映画に出てくるような目玉焼きを目指してみる。出汁をとるとき、鰹の一生を想ってみたり。ちなみに鰹は眠るときも泳ぐのだそうです。道具も料理を楽しむのに重要なアイテムです。プラスチックは便利なこともありますが、身のまわりには気に入った自然素材の盆ザル、お櫃(ひつ)、土鍋、鉄のフライパンなどを揃えて使いたいです。そういうものは、佇まいもいいし、料理が美味しく作れる気分になります。そしてそれを作る職人さん、地球の環境を守ることにもなります。心配するより手入れもカンタンで、長く使え、使うたびにいい味わいが出てきて愛着がわきます。
楽しみながら作る料理はまちがいなく美味しいはずです。そういう料理はとても心に残るのです。そして大人になってからも、そういう料理を作ってもらっていたこと、自分が大切にされていたことが自信になり、自分を大切にできるのだと思います。情緒豊かな食卓を囲むことで、料理にも物語が生まれるのだと思います。
不器用な人が作る、少し食べにくく少ししょっぱい大ぶりなささがきのキンピラごぼう。手先が器用で優しい人が作る、細く美しく切られたごぼうとにんじんのふわっとした薄味のキンピラ。お腹がすいて急いで作る歯ごたえのしっかり残ったキンピラ。どれも美味しそうですよね。
十人十色のキンピラがあり、決して外食では出会えない、ふとしたときに無性に食べたくなるような、オンリーワンな料理を作りたいですね。
たけのこご飯
旬の時期に新鮮なたけのこが手に入ったら、ぜひ茹でるところから作ってみてほしいです。せっかくなので、2~3本茹でて、汁物や煮物にしてみたり、さっと焼いてたけのこづくしにしてみてはどうでしょうか?
材料(4人分)
米 2合
たけのこ 1本
油揚げ 1枚
A
- 出汁 330㏄(鰹と昆布)
- 薄口醤油 大さじ1
- 粗塩 小さじ1/2
- 酒 大さじ1
米ぬか ひとつかみ
赤唐辛子 1~2本
作り方
- 米を研ぎ20分水に浸し、ザルにあげて10~20分おき、炊飯器に入れる。
- 茹でたたけのこは固い部分を除き、薄く切る。油揚げはペーパータオルなどではさんで油を取り、細かく刻む。
- Aを合わせて、よく混ぜ、1の炊飯器に注ぎ、2合の線より少なければ水を足す。2の具をのせて炊飯する。炊き上がったら、ひと混ぜする。
※生のたけのこの茹で方
穂先を斜めに切り落とし、皮に縦1本の切り込みを入れる。米ぬかと赤唐辛子を入れて、たっぷりの水で1時間ほど茹で、太いところを竹串1本で刺してすっと通ったら、そのまま冷ます。すぐに使わない場合は皮をむいて水に浸しておく。
牛肉とごぼうの甘辛煮
春にはやわらかい新ごぼうも出回ります。牛肉もお好みの脂の少ない赤身、又は少し脂が多いもの、選ぶ食材で味や食感がだいぶ違います。脂を多めにしたときは山椒(さんし よう)粉をひとふりすると、香りもよく消化も助けてくれます。
材料(4人分)
牛切り落とし肉(バラや肩ロースなど) 200g
ごぼう 1/2本(100g)
つきこんにゃく 小1袋(100g)
生姜 1片(15g)
酒 大さじ3
砂糖 大さじ1強
醤油 大さじ2
油 少々
作り方
- 牛肉は食べやすい大きさに切る。ごぼうは太めのささがきにする。つきこんにゃくは3~4㎝に切り、下茹でし、ザルにあげ水気を切る。生姜は皮をむいてせん切りにする。
- 中火に熱した鍋に油をひき、肉を炒める。ある程度火が通ったら、ごぼう、つきこんにゃくを入れ、さらに1~2分炒める。
- 全体に油がなじんだら、酒、砂糖、醤油、生姜の順に加え、火を少し弱めて5~6分炒める。ほとんど水分がなくなったら、火を止め、フタをし、味をなじませる。
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ご飯の島の美味しい話
フードスタイリストとして、数々の映画、ドラマ、CMで活躍する飯島奈美さん。映画「かもめ食堂」でその仕事を知られるようになってから、現在まで、様々な現場でどのような思いで料理を作り続けてきたか。その時々の料理の裏話とともに、日々の出来事を綴った、ユーモアと温かさと誠実さに満ちた、初めてのエッセイ集。 揚げバナナ、タイ風鶏鍋、ミャンマーサラダ、深夜食堂の豚汁、トマトカルボナーラ、しらすとチーズのトースト、豚肉のポッサム、梅酢から上げ、白菜の漬物鍋、ネギとお揚げのとろみうどん、豆腐のあんかけご飯 ほか、今すぐ作りたくなるオリジナルレシピ、51品付き。