いま、テレビで見ない日はない、ウイルス学の第一人者、岡田晴恵氏。
実は、岡田氏は、10年前に自身の小説の中で、「弱毒性インフルエンザ」の流行によって起こるパンデミックを描いている。
なんと、小説の中で繰り広げられる社会的混乱の数々は、新型コロナウイルスによって起きている、今のパンデミックの様相そのものだ。
日本は……世界は……、いったいこの先、どうなるのか?
岡田氏の小説には、人類が生き延びるヒントがあるかもしれない。
小説『隠されたパンデミック』より、今回公開するのは、ウイルス検査をしてもらえない医師の叫びだ。
* * *
――主人公は、新型インフルエンザ対策に奔走しているウイルス学者・永谷綾。致死率の高い「強毒型」インフルエンザがもし起こってしまったら、社会が崩壊する! 危惧した永谷は、厚労省の新型インフルエンザ対策の不備を追及し、本省を追われてしまった。そこへ、「弱毒型」のインフルエンザ(H1N1)が発生!――
医療現場での医師の怒り。検査しないため、感染者数がわからない
6月19日、WHOがフェイズ6のパンデミック宣言を行ってから、1週間経っていた。
日本での患者数も、徐々に増加傾向にある。厚労省から今回の新型インフルエンザ(H1N1型/弱毒型)について、秋以降に予想される本格的な流行を見据えた対応の基本指針が示された。
発熱外来を設置せずに、一般の全医療機関で新規患者を診察する。患者の全数把握は中止し、学校などの集団感染が起こった場合にのみ行うという。
綾は、新聞の一面のこの記事を読みながら、胸がむかむかした。全数調査なんて、今までだってしてこなかったじゃないか! 何が中止だ。腹立たしさがよぎる。
肘川市の中学校で集団感染が起きたときのことだ。その学校区では、インフルエンザ様の症状で多くの患者が医療機関を訪れていた。5月も過ぎれば、例年通りに季節性インフルエンザの発生は収まるはずだ。
小児科クリニックを開業している飯塚医師は、外来にやってくる、季節はずれのインフルエンザの患者らに異変を感じていた。
「念のために、新型インフルエンザの検査をしておきたいな」
と、看護師に検査の検体を取る準備を命じ、自分で保健所に依頼の電話をかけたのだった。
飯塚医師は、新型インフルエンザに対する適切な危機感を持っていた。
「うちの県でも、新型インフルエンザの感染者は出ている。たしか、米国からの帰国者だった。同じ県内でも離れた地域だったが、国内での感染の広がりの可能性もある以上、やはり調べておくことは必要だ。万が一にも新型インフルエンザだったら、うちの待合室で、他の患者にうつらないとも限らん。あ、そうだ、天気もいいし気候も良い頃だし、ウイルス対策には換気が一番だ。待合もこの診療室も、そう窓を開けるか」
さて、飯塚医師自ら、保健所に新型インフルエンザの検査を依頼したのだが、最初に電話を受けた医師の課長は、検査するともしないともはっきり言わない。検査を依頼したのに。しかも、今問題になっている新型インフルエンザの検査だ。それをなぜ、検査を請け負うことに躊躇(ちゆうちよ)するのか? 飯塚医師は、イライラした思いを募らせて、思わず、言葉も乱暴になった。
「なんで、検査をしてくれんのかい?」
「国の指示では、アメリカとかメキシコ、カナダから帰国した人等を検査するということになっておりまして」
相手の課長は、あくまで、
「検査は保健所の判断でするのだが、厚生労働省の方から県や市を通じ、米国やメキシコからの帰国者等については、総合的な判断をして、検査対象を決めることが指導されている。飯塚先生から依頼されたこの患者は、海外渡航歴はなく、その判断基準には該当しないので、患者検体の検査はできない」
という。
飯塚医師は、
「でもね、神戸もそうだけど、渡航歴がない人でも、感染者は出ているよね。それに、この頃、外国帰りの人だけでも、国内の感染の報告が増えているでしょ。もう、広がって、日本人同士で感染してることも十分想定されるでしょ。調べんかったら、よけいに広がるでしょ。うちの患者さんが新型インフルかどうかはわからんけど、この時期にインフル様の疾患が増えとるのは変やと、あんたも保健所にお勤めの医者ならわかるでしょ。調べてほしいんだよ」
重ねてまくしたてるが、「できません」「該当しない」の一点張りで、検査はできずに終わった。
これは後になってわかったことだが、肘川市の医師会では、他の開業の医師も同様の危惧を感じて、検査を依頼したが、保健所も行政機関の答えはすべて、NOだったという。
肘川市の中学校で新型インフルエンザの集団感染が発生したのは、間もなくのことだった。さらに小学校も休校になり、家族や学校の教員、事務職員にも感染者が出た。
飯塚医師は、その週の医師会の会合で珍しく発言を求めて、今回の保健所の対応や感染拡大の顚末を説明した。
「保健所、ううん、行政側の対応でしょ。保健所にそうさせる力は、その上の組織から掛かっているわけだから」
耳鼻科を開業している女性の医師も言葉を継いだ。彼女のところにも、同時期にインフルエンザ様の患者が多く受診に来たという。保健所では、決して現場の担当者がサボタージュしたわけではない。上の方から、なるべく検査をさせないという力が働いていることは間違いなかった。
あの時に、感染が確認されていれば、学校での集団感染や地域での広がりを阻止することもできたのではないか? 学校医をしている医師は、検査体制の整備を医師会で要請すべきだと声を荒らげた。
割り切れない思いが、どの医師にも渦巻く。新型インフルエンザが地域で流行すれば、その医療を受け持つのは、かかりつけ医である自分たちなのである。
肘川市での地域流行は、メディアでも大きく取り扱われ、新聞でもテレビでも報道されるところとなった。
飯塚医師や仲間の開業医は、いくら患者発生数が報道されても、そこに至った、消極的な検査体制の実態や、実は適切に検査されていない事例が多くあること、そのための見過ごしによって拡大が防げなかった点を、メディアが全く指摘していないことに強い憤りを覚えた。
そして、県で第11例目の感染者とされる外国人が、実は肘川市を訪れていたことが明らかになった。このことを、地域流行が発生してしばらく経ってから、初めて県から報告されるに至っては、県や国の感染症の危機管理の甘さ、行政のいい加減さを思い知らされたような気持ちがした。
馬鹿にするな、振り上げた拳を下ろす先もない。もう患者は大勢出ているのだ。
肘川市の定例議会では、担当の課長が、淡々と「今後は県や国とも密に連携をとって、指導をいただきながら、円滑に進めていく」と答弁して幕引きとなっていた。
密に連携するからこうなったのではないか。まともな指導がされるように改善されるのか。新型インフルエンザ対策はこれでいいのか。
綾は、東京都や首都圏を中心に、感染者の報告が、いずれも海外からの帰国者などの渡航歴のある人たちばかりなのが気になっていた。疑い患者の中で、北米からの帰国者しかウイルス検査の対象にしていないのではないだろうか。今の段階では、日本人同士の感染を疑うべき時であるのに。
隠蔽(いんぺい)。そんな文字がちらつく。
新型インフルエンザの広がりを抑える努力をしなければ、ウイルスは全国に飛び火する。
梅雨時期や夏は、目立った流行は起こらなくとも、着実にひろがったウイルスは小流行や集団感染を起こしながら、気温が20度を下回る頃に、爆発的に感染者を増やす。それが怖いのだ。夏休み明けの9月、そして10月に流行が大きくなるだろう。
先送りした問題は、あとで数百万倍の感染者となって返ってくる。
検査しない。
検査しなければ、白も黒もない。
そうやって確定しなければ、感染者数には反映しない。確定しないことは、なかったことにでもなるというのか。見なかったことは、ないことになるのか。
新型インフルエンザの患者の医療費は、国の負担となるはずだが、確定検査しないならば、救済にはならない。だいいち、秋以降、莫大に増える患者の医療費は、膨大な額になるはずだ。そんな予算のあてはあるのか? 秋冬になれば指定の感染症から外すということか?
「県議会、都議会選挙、衆院選、人の集まる決起集会には新型インフルエンザ対策なんて邪魔なんだよ」
役所からはそんな声も聞かれた。
「新型インフルエンザが出れば景気に影響するんだよ」「人ごみを避けろなんて言うから、5月、百貨店はガラガラだったじゃないか!」「観光には打撃なんだよ」
新型インフルエンザは、病気そのものより、その社会影響で疫病神扱いされるのだった。
この国では人の健康や命よりも、経済活動や政治活動の方が大事なのか。
病気そのものの怖さは、実際に大流行するまで、人には伝わらないものだ。
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感染爆発〈パンデミック〉の真実
世界的な新型コロナウイルスの大流行で、我々はいまだかつてない経験をしている。
マスクやトイレットペーパーが売り場から消え、イベント自粛や小中高休校の要請が首相から出され、閉鎖した商業施設もあれば、従業員の出社を禁止する企業も出ている。
そこで毎日、メディアに引っ張りだこなのがウイルス学の岡田晴恵教授。
なんと岡田氏は、10年前に自身が書いた小説の中で、まさにこうなることを、予言していた!
そこで、この2つの小説、『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』『隠されたパンデミック』を、緊急重版かつ緊急電子書籍化した。