日本人の新型コロナウイルスの感染者数と死亡数は、欧米に比べてなぜ少なかったのか。今後、「夜の街」問題はどうするのか。ファクターXは何なのか。予防に手落ちはないか? 抗がん剤の世界的権威にして細菌学・ウイルス学のエキスパートが、私見を含め、最新の疑問に答える。
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メディアにおける疫学者の方たちのコメントで、気になることが一つあります。彼らの話の中で、例え話としてよく出てくるのですが、1918~1919年に世界的大流行(本当のパンデミック)になったスペイン風邪(インフルエンザウイルス)のことです。
第一次世界大戦のヨーロッパ戦線(ミニ知識参照)から、このインフルエンザのクラスターが始まり、前線の兵士から、次第に一般人、さらに世界中に広まり、死者は世界中2千万から4千万人、日本では39万人(第1波29万人、第2波・第3波を加えると42万人)といわれた大惨事で、当時はスペイン風邪と言われて恐れられました(文献18)。これを引き合いに出し、コロナのパンデミックもこれに準ずる結末をもたらす事態になるであろうとの仮説を唱える人がいます。
本当にそうでしょうか?
実は、インフルエンザウイルス感染の伝播の早さは、この時のサンフランシスコの事例が詳しく研究されています。
1919年9月23日にシカゴからその1人の患者がサンフランシスコに入り、一ヶ月後にはサンフランシスコ市内の複数の病院の看護師の75%が感染したというのです。また、市内の全病院はインフルエンザの患者で満床になり、まさに医療崩壊となりました(文献18)。
当時も、今のようにマスクの着用やステイホームが推奨され、「風邪気味、せき・鼻水・くしゃみのある人はこの劇場に入らないでください」と書かれたポスターなどもあったほど。しかも、サンフランシスコ市ではマスクを着用しない人は、罰金か刑務所送りになったそうです。
この研究では、既に、インフルエンザは細菌性の肺炎と混合感染になることにも触れられています。ところが、ここで、知っておいて欲しいのは、その時代(1918年頃)は抗生物質の使用はどこにもなく、日本などは1950年頃からでないと一般には使われていないということなのです。
1918~1919年頃は抗生剤が無いだけでなく、点滴・補液による脱水対策や循環不全の対策もなく、しかも、戦争の最前線の塹壕で暖房もなく、食料の補給も乏しく栄養失調状態であれば、致死的になるわけです。
今日では、同じインフルエンザが来ても、それほど大規模な死亡者が出ることは考えられません。抗生剤や、点滴、補液(脱水予防)、酸素吸入、ましてやNO(一酸化窒素)付加の酸素吸入(2000年頃から)なども普及しているのです。人工心肺(ECMO)はほとんど不要なことが大半です。
奇蹟ともいえる抗生物質の出現に加え、点滴や酸素吸入などの全身状態の管理体制なども当時とは比較にならない程医学は進歩しています。今日の感染症における死亡者数を、その当時と並べて予測するのは、全くの見当違いというものです。
1918~1920年頃の世界の人口は約18億人(今日では77億人)、日本の人口は約5,500万人(今日では1億2,000万人)です。警鐘を鳴らすためには過去の大惨事の話が必要だったのかもしれませんが、この対策は、不安感だけを煽るのは止め、現状をよく見て、冷静に判断し、賢く対処することを勧めることが必要なのではないでしょうか。
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〈ミニ知識〉
1918年春、ドイツ軍百万人以上がフランス側の西部戦線に動員された。ドイツ軍は仏英連合軍より1,000倍の戦力で攻撃を続け、ドイツ側に勝算ありとの読みであったが、6月になってインフルエンザのクラスターがドイツ軍内で発生し、2千人が重症になり、補給が途絶え、食料不足で動けなくなり、ドイツ軍は侵攻を止めざるをえなかった。英仏連合軍も困窮状態となったが、アメリカからの強力な援軍の到着によって連合軍が押し返しに成功し、結局、ドイツ軍は敗れることになった。まさに歴史を変えたパンデミックである。
1918年~1919年のインフルエンザの死者数は2千万人とも4千万人ともいわれ、これは戦病死者数よりはるかに大規模な死者を出している。このとき、日本人のインフルエンザの死者数は25万7千人(第一波)で、死者の80%は70才以上であったといわれている。これも今日の新型コロナウイルスと同じである。また、心臓・肺・腎・肝などの慢性疾患の人は小児も含め、若くても致死的であったとの報告もある(文献18)。
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<引用文献>
18. M. B. Oldstone: Virus, Plagues & History, Oxford Univ. Press,172-186 (1998)
〈参考文献〉
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•奥野修司 2020年3月19日、3月26日号 週刊新潮 •『トマトとイタリア人』内田洋子 シルヴィオ・ピエールサンティ 文藝春秋
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