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重力とは何か

2020.10.09 公開 ポスト

祝・ノーベル物理学賞!ブラックホール理論の基礎をつくったペンローズ博士とホーキング博士大栗博司

ロジャー・ペンローズ(1931-/イラスト:大栗博司)

2020年のノーベル物理学賞は、ブラックホールの存在を理論的に証明したオックスフォード大学のロジャー・ペンローズ教授と、銀河系の中心にあると言われていた超巨大ブラックホールの存在を観測で証明した、独マックスプランク地球外物理学研究所のラインハルト・ゲンツェル所長、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校のアンドレア・ゲズ教授が受賞しました。おめでとうございます!

受賞理由となったペンローズ教授の研究は、2018年に亡くなったスティーブン・ホーキング博士と共同で行ったものでした。ホーキング博士が存命だったら、二人で受賞していたかもしれません。

二人の研究はどんなものだったのか? 物理学者で東京大学カブリIPMU機構長・大栗博司さんの著書『重力とは何か』から、大栗さん直筆の二人の似顔絵とともに、抜粋して解説します。

*   *   *

リフシッツとハラトニコフの反論は、直感的にも受け入れやすいものでしょう。たしかに理論と現実のあいだにはギャップがありますから、ランダムにできあがっている自然界では、いかにも数学的な印象のする特異点は生じないような気もしてきます。だとすれば、ブラックホールもビッグバンもアインシュタイン理論で説明できるので、それを乗り越える理論を考える必要もありません。

しかしこの反論には、新たな反論が出てきました。最初に登場したのは、イギリスの天才的な数理物理学者ロジャー・ペンローズです。彼はトポロジーという現代数学の分野における最新の手法を導入して、アインシュタイン方程式に取り組みました。

もともとアインシュタイン方程式は解くのが難しく、その厳密解は数えるほどしか知られていません。たとえば観測に必要な重力波の予想などは、紙と鉛筆では計算できないので、スーパー・コンピュータを使ったシミュレーションも行われています。しかしペンローズは、そんなアインシュタインの方程式を直接解かなくても、解の一般的な性質がわかる方法を編み出しました。

その具体的なプロセスは高度な数学の話になるので、割愛します。結論だけ言えば、どんなに形の不規則な星でも、ブラックホールになれば特異点は避けられません。もともとの形とは関係なく、質量があるところより小さい領域に集中すると、重力崩壊は後戻りすることがない。そのため有限の時間で特異点が生じることが、一般的に証明されました。

では、初期宇宙のほうはどうか。

ここで、誰もがその名をご存じであろう人物がペンローズに合流します。スティーブン・ホーキングです。車椅子の物理学者として、あるいは『ホーキング、宇宙を語る』をはじめとする数々のベストセラーの著者として、あまりにも有名な科学者です。

スティーブン・ホーキング(1942-2018/イラスト:大栗博司)

ペンローズの理論が発表された当時、ホーキングはまだ大学院生で、難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症したばかりでした。最近の講演会では、健康な頃は真面目に勉強しなかったものの、病を得てからは「短命かもしれないと知り、生きることには価値があって、自分には成し遂げたいことがたくさんあることを悟った」と語っています。

そんなときに出会ったのが、ペンローズの理論でした。結婚もして、研究者として一旗揚げなければいけない状況になったホーキングは、その手法が初期宇宙の問題にも応用できるのではないかと考えます。

それから数年後、ペンローズとホーキングは共著の論文を発表しました。それによると、観測されている物質量とハッブル法則を前提に、アインシュタイン方程式を使って宇宙の過去にさかのぼると、初期宇宙には必ず特異点が生じます。リフシッツとハラトニコフの近似値計算は(近似値なので当然その余地はあったのですが)正確なものではありませんでした。フリードマンらのように宇宙が一様・等方だという特殊な仮定をしなくても、一般的に特異点は避けられない。アインシュタイン理論は、必ず破綻してしまうのです。

これが、いわばホーキングの「デビュー戦」でした。アインシュタイン理論が完全ではないことを論理的に証明するところから、彼のキャリアは始まったと言っていいでしょう。

当然、次はアインシュタインを乗り越えなければいけません。宇宙の始まりやブラックホールを理解するには、アインシュタインを超える重力理論が必要であることが、ここで明らかになったのです。

関連書籍

大栗博司『重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る』

私たちを地球につなぎ止めている重力は、宇宙を支配する力でもある。重力の強さが少しでも違ったら、星も生命も生まれなかった。「弱い」「消せる」「どんなものにも等しく働く」など不思議な性質があり、まだその働きが解明されていない重力。重力の謎は、宇宙そのものの謎と深くつながっている。いま重力研究は、ニュートン、アインシュタインに続き、第三の黄金期を迎えている。時間と空間が伸び縮みする相対論の世界から、ホーキングを経て、宇宙は10次元だと考える超弦理論へ。重力をめぐる冒険の物語。

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大栗博司

カリフォルニア工科大学 ウォルター・バーク理論物理学研究所所長、フレッド・カブリ冠教授、数学・物理・天文部門副部門長。東京大学カブリIPMU 主任研究員も務める。1962年生まれ。京都大学理学部卒、東京大学理学博士。東京大学助手、プリンストン高等研究所研究員、シカゴ大学助教授、京都大学助教授、カリフォルニア大学バークレイ校教授などを歴任。専門は素粒子論。2008年アイゼンバッド賞(アメリカ数学会)、高木レクチャー(日本数学会)、09年フンボルト賞、仁科記念賞、12年サイモンズ研究賞、アメリカ数学会フェロー。著書に『重力とは何か』『強い力と弱い力』(幻冬舎新書)、『大栗先生の超弦理論入門』(ブルーバックス)、『素粒子論のランドスケープ』(数学書房)がある。

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