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ふつうの毎日が「わんダフル」!

2021.03.16 公開 ポスト

第四回

この犬は家に帰りたくないんだ横関大(小説家)

「ルパンの娘」「K2 池袋署刑事課 神崎・黒木」で話題の横関大さん。最新刊は犬犬犬犬犬だらけのハートウォーミングミステリ『わんダフル・デイズ』。

盲導犬訓練施設で働く歩美は、訓練士の研修生。

たくさんのラブラドール・レトリバーに囲まれて、一人前になるため勉強中。

ある日、盲導犬と暮らす飼い主から「犬の様子がおかしい」と連絡を受け、犬と話せるという、美男子なのに謎多き先輩訓練士・阿久津と一緒に様子を見に行くことになるが……。

お利口に職務を全うする盲導犬たちの姿を通して見えてくるのは、その飼主、家族など、人間たちの悩み、嘘、そして罪。

毛だらけで身も心もあたたまるハートウォーミングミステリの一部を試し読み!

前回までのお話はこちら

 歩美は芝生の上に座り、阿久津とジャックが遊んでいるのを眺めていた。阿久津が投げたボールを、ジャックが尻尾を振りながら追いかけていく。その様子は訓練士と盲導犬というより、完全に飼い主とその犬という感じでもある。

 近くの公園に来ていた。ここに来るまでの車中で聞いたところ、ジャックの訓練を担当していたのは阿久津本人らしい。道理でジャックが喜ぶわけだ。阿久津とたわむれているジャックを観察しても、とても体調を崩しているようには見えなかった。

 ボール遊びをやめた阿久津は、ジャックと顔を突き合わせるように芝生の上に座り込んだ。さきほどもセンターの訓練場で同じように訓練犬と向かい合っていたことを思い出し、歩美は足音を忍ばせて、阿久津に近寄った。

「ふーん、そうかい。元気でやっているんだね。僕? 僕も元気だよ。今はね、クリスっていう犬を訓練しているんだよ。ジャックと同じ黒いラブラドールだ。あまり訓練が好きじゃないみたいだけど、素質はあると思うんだよ」

 何や、メッチャ喋ってるやん。歩美は驚き、恐る恐る阿久津の背中に向かって問いかけた。

「あの、いったい何をしていらっしゃるんでしょうか?」

 振り向いた阿久津が当然のように言った。「ジャックと話してるだけ」

 んなアホな。歩美は心の中で突っ込む。犬と話せるなんてムツゴロウさんぐらいだ。いや、ムツゴロウさんでも無理だろう。

「犬と、お話しできるんですか? 阿久津さんは」

「うん、まあね」

「ちょっと待ってくださいよ」歩美は頭の中を整理しながら言った。「つまり阿久津さんは、犬の気持ちを読みとれるってわけですか?」

「正確に言えば違うけど、何となく犬の言っていることがわかるっていうかね」

 やはりこの男は変わってる。歩美はまじまじと阿久津の顔を見た。冗談を言っているようには見えなかった。それに無口な男だと思っていたが、意外に話せるというのも新たな発見だ。

 歩美はさらに訊いてみる。

「じゃあジャックは何て言ってるんです? 調子の悪い原因は何なんですか?」

「そこまではジャックもわからないって。ちょっと確かめたいことがあるんだ」

 阿久津はそう言ってジャックの首にリードを装着し、立ち上がると歩き出した。確かめたいこととは何だろう。歩美はそんな疑問を覚えながら阿久津の背中を駆け足で追う。

 駐車場に到着する。阿久津が軽ワゴンの助手席のドアを開け、短く「カム」と言うと、ジャックがジャンプして助手席に飛び乗った。やはり一緒に訓練に励んだだけあり、たいしたコンビネーションだ。少しうらやましい。私もあんな風に犬と仲良くなれるのだろうか。そんなことを思いつつ、歩美は運転席に乗り込んで車を発進させた。

 ジャックはきちんと助手席に座り、前方を眺めている。賢そうな横顔だ。いや、実際に賢いのだ。厳しい訓練を受け、試験に合格した盲導犬なのだから。

 訓練を受けた候補犬のすべてが盲導犬になれるわけではない。訓練中に盲導犬に不向きであると判断される場合もあるし、特にラブラドールは股関節形成不全という先天的な疾患が見つかってしまうこともある。各施設によってばらつきはあるが、訓練した候補犬が晴れて盲導犬になれるのは三割から五割程度だ。

 兼松の自宅まであと少しというところで、突然ジャックの様子がおかしくなった。背筋を伸ばして助手席に座っていたジャックが、いきなりおびえたように体を丸めてしまったのだ。

「阿久津さん、ジャックが……」

 バックミラーを覗くと、後部座席の阿久津が険しい表情で言った。

「うん。わかってる」

「わかってるじゃありませんって。いったい何がどうなっているんですか?」

「兼松さんのお宅には何かがあるんだと思う。ジャックを怯えさせる何かが、ジャックの様子を狂わせているんだ」

「もしかして、兼松さんがジャックを……」

「多分それは違うと思う。ジャックもそう言ってる」

「ジャックが、そう言ってる?」

 まったく意味不明だ。本当にこの男は犬の言葉を解するとでもいうのだろうか。それにしても──。歩美は悪い想像を打ち消そうと努力した。しかしそう考えるのが必然だと思った。ジャックは家に帰りたくない。なぜか。そう、飼い主に対して怯えているからだ。

(つづく)

関連書籍

横関大『わんダフル・デイズ』

盲導犬訓練施設で働く歩美は、訓練士の研修生。ラブラドール・レトリーバーたちに囲まれ、一人前になるため頑張って勉強中。ある日、盲導犬と暮らす飼い主から「犬の様子がおかしい」と連絡を受け、犬と話せる美男子教官、阿久津と様子を見に行くが……。犬を通して見え隠れする人間たちの事情、秘密、罪。そして阿久津にも、誰にも言えない秘密があった。

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ふつうの毎日が「わんダフル」!

「ルパンの娘」でお馴染みの横関大さんの最新刊『わんダフル・デイズ』の刊行記念特集です。

「犬と歩けば謎に当たる?!」

毛だらけで温かな犬たちが活躍するハートウォーミングミステリをお楽しみください。

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横関大 小説家

1975年静岡県生まれ。武蔵大学人文学部卒業。2010年『再会(受賞時「再会のタイムカプセル」を改題)で第56回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。著書に『グッバイ・ヒーロー』『チェインギャングは忘れない』『偽りのシスター』『沈黙のエール』『K2 池袋署刑事課神崎・黒木』『スマイルメイカー』『マシュマロ・ナイン』『仮面の君に告ぐ』『いのちの人形』、ドラマ化された『ルパンの娘」や同シリーズの『ルパンの帰還』『ホームズの娘』などがある。

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