「感情の動物」と呼ばれる私たち。喜びや楽しみがあるからこそ、人生は豊かになります。ところが怒りや不安といったネガティブな感情や、自分でも気づかない服従、同調、損失回避といった感情のせいで、どんなに知的な人でも「バカな判断」をすることがあります。そんな「感情バカ」のメカニズムを解き明かし、バカにならないコツを教えてくれるのが、精神科医・和田秀樹さんの『感情バカ』です。その中でも、私たちがとくに陥りやすい感情をご紹介しましょう。
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人には「現状維持バイアス」がある
自分で自覚のないまま、判断をゆがませてしまうもう一つの心理に、「認知的不協和」があります。
たとえば、自分があるカルト宗教の信者になったとしましょう。そこの宗教ではいろいろな形で寄進をしなければいけません。「壺を買えば幸福になる」とか、「数珠を買えば運が上向く」などと言われて、どんどんお金をつぎ込んでいくのです。
そうこうしているうちに、マスコミが「あそこはインチキ宗教だ」などと言って叩き始めます。
そうすると、その宗教を信じて入っている自分としては、その宗教がインチキだとどんなに週刊誌に書かれても、それを信じたくない気持ちが起こります。そして、マスコミによるアンチのキャンペーンが激しくなり、大金を取られた被害者の声が上がるなどして、インチキの実態が明らかになればなるほど、それを受け入れたくないという心理が強く働くことがあります。
レオン・フェスティンガーというアメリカの心理学者は、これを「認知的不協和」という言葉で説明しました。
つまり、自分がその宗教を良いものだと思って信じているという認知(A)と、その宗教が信者から金を巻き上げるために、インチキな壺や数珠を売りつけていたという事実の認知(B)とが、不協和(矛盾)を起こすわけです。
不協和を解消する方法は、認知Aを変更して認知Bに合わせる(信者をやめる)か、認知Bを変更して認知Aに合わせる(批判を否定して信者を続ける)かのどちらかです。
当然、これまで信じていたその宗教をやめるという形での解決が望ましいわけですが、実際には、その宗教をそのまま信じ続けるという方向になりがちです。インチキだという情報を否定するよりも、自分の現在の行動を変えて宗教をやめるほうが、苦痛を伴って大変だからです。これも現状維持バイアスの一つと言えるかもしれません。
判断がゆがんでいった結果、起こることは…
その宗教を信じ続けるということは、周囲からのアドバイスや、インチキを示す客観的な資料を拒否するということです。
周りが「お前の信じている宗教はインチキだからやめたほうがいいぞ。これ以上金を払うと、どんどん損をするぞ」などと言って止めようとしても、逆に、「ああ、こいつらはオレがこの宗教に入って幸せになるのをひがんでいるんだ」などと、どんどん思考パターンがねじ曲がっていくわけです。
結婚詐欺などもいい例です。「あいつは結婚詐欺師だから付き合わないほうがいい。金を取られるだけだよ」とアドバイスをしても、すでに相手のことを好きになってしまっている場合、そのことと不協和を起こす「この人は詐欺師だ」という認知を受け入れられずに、逆に相手にどんどんお金をつぎ込んでしまうということが、起こるわけです。
つまり、人間は、このような認知的不協和を不快に感じて解消しようとする心理的メカニズムによって、判断をゆがませてしまうことがあります。これも、自分ではその自覚はなくても、感情的になっている状態だと言えます。
戦前の日本も、「客観的な国力を考えたら、どうやってもアメリカに勝てるわけがない」といった判断をすれば良かったのに、「日本は神国」という価値観や、大本営発表を信じたために、それに反する悪い情報は受け入れたくないという心理が働いて、戦争に突き進んでいきました。これも認知的不協和によって判断がゆがんだ一例と考えることができます。
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この続きは幻冬舎新書『感情バカ』でお楽しみください。
感情バカ
「感情の動物」と呼ばれる私たち。喜びや楽しみがあるからこそ、人生は豊かになります。ところが怒りや不安といったネガティブな感情や、自分でも気づかない服従、同調、損失回避といった感情のせいで、どんなに知的な人でも「バカな判断」をすることがあります。そんな「感情バカ」のメカニズムを解き明かし、バカにならないコツを教えてくれるのが、精神科医・和田秀樹さんの『感情バカ』です。その中でも、私たちがとくに陥りやすい感情をご紹介しましょう。