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本屋の時間

2021.06.15 公開 ポスト

第112回

「他人のこと」だから面白い辻山良雄

(撮影:平野愛)

ある日の夕方遅く、作家の友田とんさんが店にやってきた。友田さんは「Titleのフレンチトーストを食べられない男」として一部では知られており、その顛末は彼の書いた『パリのガイドブックで東京の町を闊歩する  1まだ歩きださない』という本で知ることができる。

 

彼は「代わりに読む人」という自らの出版レーベルを立ち上げているが、この夏、そのレーベルからはじめて、自分ではない他の人の本を出すのだという。

「わかしょ文庫さんといって、文章がほんとうによくって、インディーズでは昔から有名なんです。いま原価計算しながらどんな装丁にしようか考えていますが、こういうのって考え出すとほんとうに楽しくって……」

いま「ほんとうに」を二回いったと思いながらも、彼のある一言が引っ掛かった。「自分の本を作るときより楽しいです」。自分の本を作るよりも楽しいだって?

わたしの知る友田さんは、出版から流通に至るまで、まずは自分で何でもやってきた人である。そんな彼が他人のために行うことが楽しいとは、意外なことのように思えた。

君子は豹変す。

男子三日会わざれば刮目して見よ。

ほぉー、友田さんがそんなことをいうなんてねぇとその時は彼を見直したが、その後カフェで「今日のケーキはすべて終わってしまいました」といわれているところなどは、いつもの友田とんだと思った(その日は試作品を食べてもらった)。

 

しかし「自分の本を作るときより楽しい」ということは、わかるような気がする。京都にある誠光社は、書店業の傍ら、自ら作った出版物も数多く手掛けている。その最新刊『恥ずかしい料理』(梶谷いこ・文 平野愛・写真)では、全国のインディペンデントな書店にて展示も行っていたが、各地の会場には、バンドメンバーさながらトランクを引きずり歩く、誠光社の店主・堀部篤史さんの姿があった。みなと歩く堀部さんの写真に思いがけずじんとしてしまったが、それを見て、ああ、堀部さんはほんとうに編集者になったんだなと思った。

考えてみれば本を出版する行為自体、「誰か他の人のこと」からはじまるものだ。他の人のことだから、物事は自分の予想をはるかに超えていくものだし、はじめた当人にとってみても、それはエキサイティングなことだろう。これが自分のための本ならば、堀部さんは全国様々な土地にまでわざわざ足を運ぶことはなかったのかもしれない。

それぞれの本には、それを作った人の思いがある。普段それを意識することはあまりないが、不意にそのことを思い知らされるときもあって、先日、何の気なしに棚に並べておいた本の関係者から、深々とお礼を伝えられたことがあった。

「これ、ぼくの友人が書いた本なんです。よろこぶと思うので、並んでいるところを写真に撮って、彼に送ってあげてもいいですか」

どうぞ。その著者の名前は知らなかったが、テーマとタイトルが面白そうだったので、一冊注文して棚に差しておいた本だ。

数日後、店の問い合わせフォームにその著者からメッセージが届いた。

「店に拙著を並べていただきありがとうございました。書店に自分の本が並んでいるのを見かけることもなかったので、写真を見て感激しました。本を出すのは秤にかけられるような気がしてつらくもありますが、また頑張りたいと思います」

誰かの本を売ることは、わたしにとっては商売であり、人助けではない。しかし時にはそれが思いもかけず、誰かのためになっていることもあって、そうした意図せず行われた「他人のこと」が、内向きになりがちな自分を救ってくれる時もあるのだ。

 

今回のおすすめ本

海のアトリエ』堀川理万子 偕成社

生きる励ましとなった夏の日の思い出が、爽やかな絵と硬質な文で綴られる絵本。大人と子どものつかず離れずな距離感が、とても気持ちがよい。

 

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2025年4月25日(金)~ 2025年5月13日(火)Title2階ギャラリー

「定有堂書店」という物語
奈良敏行『本屋のパンセ』『町の本屋という物語』刊行記念

これはかつて実在した書店の姿を、Titleの2階によみがえらせる企画です。
「定有堂書店」は、奈良敏行さんが鳥取ではじめた、43年続いた町の本屋です。店の棚には奈良さんが一冊ずつ選書した本が、短く添えられたことばとともに並び、そこはさながら本の森。わざと「遅れた」雑誌や本が平積みされ、天井からは絵や短冊がぶら下がる独特な景観でした。何十年も前から「ミニコミ」をつくり、のちには「読む会」と呼ばれた読書会も頻繁に行うなど、いま「独立書店」と呼ばれる新たなスタイルの書店の源流ともいえる店でした。
本展では、「定有堂書店」のベストセラーからTitleがセレクトした本を、奈良敏行さんのことばとともに並べます。在りし日の店の姿を伝える写真や絵、実際に定有堂に架けられていた額など、かつての書店の息吹を伝えるものも展示。定有堂書店でつくられていたミニコミ『音信不通』も、お手に取ってご覧いただけます。


◯2025年4月29日(火) 19時スタート Title1階特設スペース

本を売る、本を読む
〈「定有堂書店」という物語〉開催記念トークイベント

展示〈「定有堂書店」という物語〉開催中の4月29日夜、『本屋のパンセ』『町の本屋という物語』(奈良敏行著、作品社刊)を編集した三砂慶明さんをお招きしたトークイベントを行います。
三砂さんは奈良さんに伴走し、定有堂書店43年の歴史を二冊の本に編みましたが、そこに記された奈良さんの言葉は、いま本屋を営む人たちが読んでも含蓄に富む、汲み尽くせないものです。
イベント当日は奈良さんの言葉を手掛かりに、いま本屋を営むこと、本を読むことについて、三砂さんとTitle店主の辻山が語り合います。ぜひご参加下さいませ。
 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

◯【書評】

『生きるための読書』津野海太郎(新潮社)ーーー現役編集者としての嗅覚[評]辻山良雄
(新潮社Web)

 

◯【お知らせ】

メメント・モリ(死を想え) /〈わたし〉になるための読書(4)
「MySCUE(マイスキュー)」
 

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第4回。老いや死生観が根底のテーマにある書籍を3冊紹介しています。

 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。

偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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