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警察の階級

2021.11.21 公開 ポスト

こち亀・両津の肩書「巡査長」は階級ではなく名誉称号古野まほろ(小説家)

「巡査長」両津勘吉、「警部補」古畑任三郎、「警部」杉下右京、さらには「警視総監」「警察庁長官」……。このように、すべての警察官には階級・職名が与えられています。でも、それぞれの地位や任務、配置、待遇、昇進のしくみなどを知っている人は少ないのではないでしょうか? 元警察官僚のミステリ作家、古野まほろさんの『警察の階級』は、そんな警察組織の全貌を徹底解説した一冊。「警察モノ」好きなら必読の本書から、一部を抜粋します。

※なお、記事とするに当たり、太字化、改行、省略などの大幅な編集を行いましたので、著者の原稿とは異なる部分があり、その編集による文責は幻冬舎にあります。

*   *   *

巡査長は「階級」ではない

ノンキャリアの最初の階級は巡査、次の階級は巡査部長ですが、階級章を見ると、この両者の間に巡査長というモノ(?)の階級章があるのが解ります。これは9ある階級の内には入りません。法令的・制度的には、『巡査のうち一定の監督的業務を行うこととされた者の職名』が巡査長です。

(写真:iStock.com/akiyoko)

ゆえに階級の観点からは、巡査長=巡査。実際にも『巡査長たる巡査』『巡査長巡査』とか、あるいはよりオフィシャルに『巡査長京都府巡査』『巡査長鹿児島県巡査』等々と呼称されることになります。警察庁の公式英訳では、シニア・ポリス・オフィサーです。

法令的・制度的には『職名』と割り切れますが、実際上は呼称、そして運用上は士気高揚・士気維持のための名誉称号ということもできます。

この巡査長あるいは巡査長制度は、国家公安委員会が定める国家公安委員会規則(『巡査長に関する規則』)によって設けられたもので、これを基準/大元として、各都道府県警察においても根拠となる規則等が制定されています。

階級ではないのに階級章があるというのがそもそも奇々怪々なのですが(私は不勉強ゆえ、その理由というか、階級でないモノの階級章が存在できる理屈を知りません)、警察は[巡査-巡査長-巡査部長]を1つの職団、本書でいう『実働と執行の職団』としてとらえています。

 

それは階級章のデザインを見れば一目瞭然です。巡査長の『階級章』も、巡査・巡査部長同様、階級章のタンザク以外ほぼ銀色。巡査の階級章との違いは、タンザクが2本になっていることだけです。袖章も巡査と同じ『黒地のオビに色線ナシ』、制帽のいわゆる腰部分も巡査と同じ『色線ナシ』。

この職団において、『巡査は、警察のあらゆる職務において実働と執行の最前線に投入されるべき職だ』と整理をしました。その任務は、『所属におけるあらゆる上官の指揮監督を受けながら、事件事故その他の警察事象に即応することだ』ともまとめました。また実際上、その役割は斬り込み隊長であり、新入社員のそれであることも指摘しました。

これらの諸点は、実際上、ほとんど巡査長にも当てはまります。というのも、繰り返しになりますが、巡査長は階級的には巡査そのものだからです。

巡査長と巡査はどこが違う?

といって、巡査長は右のとおり『巡査のうち一定の監督的業務を行うこととされた』巡査ですから、理論上は、巡査と異なる任務と役割をも担っていることになります。

(写真:iStock.com/Jirsak)

その巡査長の任務と役割は

(1) 巡査として勤務する

(2) 勤務をともにする巡査長でない巡査に対し、(1)を通じて実務の指導に当たる

(3) 勤務をともにする巡査長でない巡査の勤務について、必要な調整をする

ことだと定められています(『巡査長に関する規則』)。ここでのポイントは、巡査長は巡査として勤務するのだということが明示されている点でしょう(1)。右において、巡査の任務・役割のほとんどが巡査長にも当てはまると述べたゆえんです。

 

ただし、わざわざ名誉称号と階級章まで用意しているわけですから、まさか純然たる巡査と同一ではあり得ません。そこで巡査に対する実務指導と(2)、巡査の勤務の調整(3)という職務が与えられたわけです。

ただしその(2)(3)についても、『巡査長に関する規則』が極めて慎重な姿勢をとっているのは解ります。というのも(2)(3)から解るとおり、そもそも巡査長は、巡査長に対しては(2)(3)の職務を行い得ないからです。実務指導や調整ができるのは、巡査長でない巡査に対してのみです。

また、(2)(3)の用語の解釈からして、その巡査長でない巡査に対しても、直接の指揮監督はできません。序章で見たとおり、階級の本質は指揮監督関係にあるのですが、巡査長は階級ではないので、実際上は『下』にいる巡査に対しても、階級的な指揮監督権を行使することはできないのです。

それゆえ『巡査長に関する規則』は、指揮監督ではなく『指導』『調整』という用語を用いているのです(更に実務的なことを言えば、実務指導なら、例えば優秀な巡査が――巡査長でない巡査が――同じ巡査に対してすることも稀ではないなど、そもそも階級を前提とするものではありません)。

 

『巡査長=巡査』という観点から、その限界ばかりをまとめてしまいましたが、しかしながら名誉称号でもあれば階級章も別立てなので、組織の中では一般の巡査よりやや重く扱われますし、一般の巡査に比べ、その活躍の幅は広いです。

ただ、ある巡査長が警察のどの所属に/どの部門に配置されているかによって、どれくらい重く扱われるか、どれくらい活動の幅があるかにかなりの差異があります。また、例えば警察署の刑事課で無くてはならない貴重な戦力となっている巡査長もいれば、さかしまに、交番の新任巡査より働きが悪く不良(ゴンゾウ)とささやかれてしまっている巡査長もいます。

巡査長巡査の次の階級はむろん巡査部長ゆえ、巡査長は、巡査として勤務しながら――右の(1)――、少しずつ部下職員に対する指揮監督の見取り稽古をしつつ――右の(2)(3)――、次々に入社してくる巡査を意識して、次なる巡査部長試験を目指してゆきます。

関連書籍

古野まほろ『警察の階級』

「巡査」から「警察庁長官」まで。全ての警察官は11の階級等を与えられる。常に指揮系統を明確にすることで、どんな有事にも乱れなく対処できるようにしているのだ。各階級の任務、配置、処遇は? 昇任試験、人物選考、現場にこだわる職人肌警察官の救済法ほか、「人」だけが財産である警察の昇任の仕組みとは? キャリアがトップに上りつめるまでのルートとは? 元警察官僚のミステリ作家が、30万人を束ねるスゴい仕組み・「階級」の全貌を描きだす。『警察モノ』ファンだけでなく、全組織人必読の一冊。

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古野まほろ 小説家

東京大学法学部卒業。リヨン第三大学法学部修士課程修了。学位授与機構より学士(文学)。警察庁I種警察官として警察署、警察本部、海外、警察庁等で勤務し、警察大学校主任教授にて退官。警察官僚として法学書等多数。作家として有栖川有栖・綾辻行人両氏に師事。小説多数。

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