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ルポ 死刑

2022.07.26 公開 ポスト

死刑執行をになう刑務官の悲痛な胸のうち【再掲】佐藤大介(共同通信 編集委員兼論説委員)

7月26日、加藤智大死刑囚(2008年の秋葉原無差別殺傷事件で2015年に死刑確定)への刑が執行された。
だが日本の死刑制度は徹底した密行主義に貫かれ、「執行された」ということ以外は法務大臣や法務省から明かされることがない。
本日は死刑囚、刑務官、被害者遺族、元法相などへのインタビューで死刑制度の全貌に迫る書籍『ルポ 死刑 法務省がひた隠す極刑のリアル』(佐藤大介著、幻冬舎新書)の抜粋記事を再掲。
死刑制度の抱える問題点について、改めて考えてゆきたい。

*   *   *

(写真:iStock.com/st_lux)

房から刑場までの道のり

房から刑場までの道のりは、拘置所によって異なる。法務当局は、刑場の位置について「保安上の理由」(法務省)から公開していないが、関係者の証言などから、東京拘置所や名古屋拘置所のように地下にある場合もあれば、別棟にある場合もあることがわかっている。

いずれの場合も、刑場の入り口には「死刑執行場」などと明記されてはおらず、拘置所内でも一部幹部や職員にしか詳しい場所が明かされていないことが多いという。東京拘置所の場合も、それは同じだ。

東京拘置所の関係者のはなしを総合すると、11階など上層階に収容されている確定死刑囚は、房から出されたあとは1階までエレベーターで運ばれる。

連行の際、ふだんは洗濯物の回収や食事の配膳などで忙しく動きまわっている衛生夫(死刑囚の身のまわりの世話をする、懲役刑の受刑者)はすべて廊下に出ることを禁じられ、確定死刑囚と連行する刑務官ら関係者以外、人の動きは一時的にストップする。

映画や小説に出てくるような、同じフロアの確定死刑囚たちとの別れのあいさつをすることはなく(集団処遇を認めておらず、ふだんから被収容者同士のコンタクトは禁じられている)、臨時に設けられたパーテーションで作られた「道」を、刑務官に急かされるようにして歩いていく。警備隊員も等間隔で立ち、万一の事態にそなえている。

エレベーターから降りた後も、同様にパーテーションの「道」ができており、ふだんは使われない別通路の入り口までつながっている。その扉を開けると地下道のような傾斜になっており、そのまま廊下を歩いていくと刑場の入り口につながる。

別通路や刑場の入り口には、盛り塩と香炉が置かれているという。

確定死刑囚がまず連行されていくのは「教誨(きょうかい)室」だ。テーブルをはさみイスが2脚置かれ、ここでふだんから面会を重ねてきた教誨師と会うことができる。

壁には仏壇(宗教によって祭壇にするなど体裁を変える)があり、線香がたかれるなか、教誨師とともに確定死刑囚は心を落ち着かせようとするが、なかには最後まで教誨を拒み、この部屋を「素通り」する者もいるという。

(写真:iStock.com/bee32)

最期の時間の作法

教誨を終えた確定死刑囚は教誨師とともに、入ってきたところとは別のドアから出て10メートルほどの短い廊下を歩き、金色の仏像が壁にはめ込まれた部屋に入る。

縦5.8メートル、横4.2メートルのやや大きめの部屋。天井までは3.8メートルと高い。そこは「前室」と呼ばれ、連行されてきた確定死刑囚は、ここで拘置所長から正式に死刑執行を告げられる。

前室には拘置所長のほか、立ち会いの検事、検察事務官、拘置所の総務部長、処遇部長、医官、刑務官が集まっている。拘置所長が死刑執行の命令書を読み上げると、確定死刑囚は幹部たちと最後の会話を交わす。

また、最後の祈りを捧げることもでき、被害者や残された家族への祈りのほか、教誨師から最後の説教を施(ほどこ)される。祭壇には簡単な供え物があり、茶菓子を勧められるが、一般的に手をつける者は少ないという。

(写真:iStock.com/Yusuke Ide)

最後に遺書を書くことが認められるが、時間は5分程度と短い。気が動転している場合も多く、確定死刑囚のなかにはあらかじめ遺書をしたため、最後に一筆書き加える者もいる。刑務官らへの別れのあいさつや、遺言を遺すことも可能だ。

そうした「儀式」が終わると、刑務官たちには緊張が走る。間違いの許されない「迅速且つ正確な執行」(元幹部)に向けて、刑務官たちはそれぞれの担当に向かう。部屋には厚いじゅうたんが敷かれ、刑務官たちの足音は聞こえない。

まずは確定死刑囚をガーゼで目隠しし、後ろ手に手錠をかける。それと同時に、前室の横にあった青のカーテンが開かれる。その先にあるのは、天井の滑車からロープが垂れ下がっている「執行室」だ。

(写真:iStock.com/bee32)

だが、目隠しをされた確定死刑囚には、その様子は見えない。前室と同じくらいの大きさの執行室には、中央に110センチ四方の正方形の赤枠があり、その内部には90センチ四方の「踏み板」がある。

確定死刑囚が執行室に移動すると、拘置所長や検察官などの幹部は「立会室」に移り、ガラス越しに執行の様子を見守る。

確定死刑囚の体が落下すると、地下では刑務官2人が待機し、1人が抱きかかえるようにして受け止める。こうしないと、確定死刑囚の体は反動で大きく揺れ、ロープのねじれで体がぐるぐるとまわってしまう状態となり「立会人に対し、残酷な場面を見せることになる」(元刑務官)からだ。

その後、もう1人の刑務官が確定死刑囚の体を立会人の方に向かせて、静止させる。

この「受け止め役」は死刑執行に立ち会う刑務官のなかでももっとも敬遠される仕事で、拘置所幹部から指名された際、泣き顔になりながら「勘弁してください」と懇願したベテラン刑務官もいたという。

確定死刑囚の体から痙攣(けいれん)などの動きが止まると、医官が死亡を確認し、死刑執行は終了する。確定死刑囚の体が落下してから死亡確認までは15分ほど。

その後、確定死刑囚はロープから外されて湯灌(ゆかん)を施され、棺桶に納められる。立ち会いの検察官、検察事務官と拘置所長が「死刑執行始末書」にサインと捺印をし、一連の手続きは終わる。

拘置所側は、事前に確定死刑囚から申告されていた、肉親など死刑執行時の連絡先に電話を入れる。知らせを受けた肉親は、すぐに遺体を引き取りに来るケースもあれば、引き取りを拒否して無縁仏として供養されることもある。

(写真:iStock.com/ayaka_photo)

刑務官の重すぎる心的負担

死刑執行があった日、異様な空気に包まれるのは確定死刑囚たちが収容されているフロアだけではない。

「拘置所の職員全体に、どこか重苦しい雰囲気がただよいます。だれが執行に立ち会ったかなどは、長く勤めていればだいたいわかるものですが、刑務官同士で死刑の話題に触れることはありません。触れたくないというのが正しいでしょうか」

現役の拘置所幹部は、声を落としながら、そう明かした。

日常的に確定死刑囚と接している刑務官にも、死刑執行は心的負担が重くのしかかる。

2000年代に入って東日本の拘置所で死刑執行された元死刑囚を知る関係者は、執行後、担当の刑務官が「辛い」とこぼしながら、独房の遺品を整理していたことを鮮明に覚えている。

「(元死刑囚は)部屋をいつもきれいにしていて、対応も素直でね。壁には子どもや家族の写真を貼っていて、おとなしく過ごしていた。やったこと(筆者注:元死刑囚は殺人および死体遺棄罪で死刑確定)は凶悪だけど、普段接していると情は移るよ。いつも見ているのは、そんな素直なやつでしかないんだから。(執行は)ただ悲しいとしか言えない。悲惨だよ」

その元死刑囚は刑場に連行され、目隠しや手錠をされる直前になり、抵抗をしたという。関係者は、かみしめるような口調でこう話した。

(写真:iStock.com/choochart choochaikupt)

「最後になって、やっぱり嫌だったんだろうね。でも、暴れられると刑務官も嫌なんだよ。押さえつけて手錠して縛ってなんて、誰もやりたくない。できれば、素直に応じてほしいんだよ……」

こうした刑務官の心中は、収容されている確定死刑囚にも伝わっている。確定死刑囚に答えてもらったアンケートには、拘置所内で接する刑務官の姿を通して、死刑制度に疑問を投げかける意見もあった。

名古屋拘置所に収容中の確定死刑囚(匿名希望)は、こう記している。

「名古屋での執行のとき、(刑務官が)苦しそうに辛そうに仕事をしておられ、執行があったのは(ニュースで)知っていたため、願い事など当時はいろいろとたのんでいたために、大変だと思ったので、私は今日は願い事とかいいので一日ゆっくり休んでくださいと言ったところ、今にも泣きそうな状況で『ありがとう。そんなこと言ってくれるのお前だけだわ』と言って、ポロッと『長いつきあいの奴を、なんのうらみもないのに……』と帰って行きました。国民は刑務官のこのような苦悩を知りません」

ある現職の拘置所幹部は「死刑執行の事実が法務省で公表されるようになってから、刑務官の心のケアに一層配慮するようになった」と明かす。

法務省が死刑執行を公表する際には、執行場所である拘置所名も明らかにされる。それが報道されることによって「刑務官の家族はもちろん、親類や知人、子どもの学校にまで『死刑を行った場所に勤めている』というイメージを植えつけかねない」との懸念が生じているというのだ。

幹部は、こう続けた。

「子どもが『お父さんは人殺しだ』といじめられたらどうするのか、逆に子どもから『お父さんは人を殺す仕事をしているの?』と聞かれたらどうするのか。現場ではいろんな悩みが起きているのです」

*   *   *

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関連書籍

佐藤大介『ルポ 死刑 法務省がひた隠す極刑のリアル』

世論調査では日本国民の8割が死刑制度に賛成だ。 だが死刑の詳細は法務省によって徹底的に伏せられ、国民は実態を知らずに是非を判断させられている。 暴れて嫌がる囚人をどうやって刑場に連れて行くのか? 執行後の体が左右に揺れないよう抱きかかえる刑務官はどんな思いか? 薬物による執行ではなく絞首刑にこだわる理由はなにか? 死刑囚、元死刑囚の遺族、刑務官、検察官、教誨師、元法相、法務官僚など異なる立場の人へのインタビューを通して、 密行主義が貫かれる死刑制度の全貌と問題点に迫る。

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2021年11月25日刊行の幻冬舎新書『ルポ 死刑 法務省がひた隠す極刑のリアル』の最新情報をお知らせいたします。

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佐藤大介 共同通信 編集委員兼論説委員

1972年、北海道生まれ。明治学院大学法学部卒業後、毎日新聞社を経て2002年に共同通信社に入社。韓国・延世大学に1年間の社命留学後、09年3月から11年末までソウル特派員。帰国後、特別報道室や経済部(経済産業省担当)などを経て、16年9月から20年5月までニューデリー特派員。21年5月より編集委員兼論説委員。著書に『13億人のトイレ~下から見た経済大国インド』(角川新書)、『オーディション社会 韓国』(新潮新書)など。

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