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はじめてのトライアスロン

2022.04.18 公開 ポスト

村上春樹氏に次いで“小説界No.2”トライアスリート作家による「誰でも始められる」トライアスロン入門倉阪鬼一郎

46歳まで運動経験皆無、52歳までカナヅチだった作家の倉阪鬼一郎さんがなぜかハマったトライアスロン。トライアスロンは、鉄人レースばかりでなく、ハードルの低いレースもたくさんあるそう。3月に発売された新書『はじめてのトライアスロン』は、そんな著者による最底辺からの体験的入門書です。一部抜粋して、体にやさしいトライアスロンの世界をご紹介します。

(写真:iStock.com/mheim3011)

生涯スポーツとしてのトライアスロン

デビューから15戦目まではすべてオリンピック・ディスタンスだったのですが、いよいよステップアップしてミドルの大会に臨みました。スイム2キロ、バイク80キロ、ラン20キロで行われる長なが良ら川がわミドルトライアスロンinアクアフィールド102です。へろへろで完走したその顚末(てんまつ)は第2章の終盤をお読みいただくとして、ここではまず大会の案内文から引用してみましょう。

「トライアスロンは一定のトレーニングを積めば老若男女を問わず、誰でも完走を目指すことができる生涯スポーツです。ただし3種目を連続して行うため『レジャースポーツ』ではなく『競技スポーツ』と認識し、十分に準備して大会に臨んでください。完走の第一歩は各種目の特性と危険要因を知り、日頃からレースを想定した練習と健康管理を行うことです」

簡にして要を得たまとめ方です。キッズレースから高齢者も参加するレースまで、トライアスロンはまさに老若男女が楽しんでいます。

加齢によって体力が少しずつ落ちていくのは致し方ありませんが、その分、経験値は増していきます。また、トライアスロンには機材をグレードアップしていく楽しみがあります。ことに、最も競技時間が長いバイクは機材の差が歴然と出ます。同じ脚力であれば、10万円のバイクより100万円のバイクのほうが格段に速く走ることができるのです。

とはいえ、たとえば学生の身で100万円のバイクは高嶺(たかね)の花でしょう。社会人として実績を積んで経済的な余裕が生まれた(あるいは定年を迎えた)中高年なら、それ相応の投資をすることも可能です。つまり、体力の衰えを機材がカバーしてくれるわけです。これはほかのスポーツにはないトライアスロンの特性の一つでしょう。

バイクだけではありません。スイムのウエットスーツなども、特注の最上級品はかなりの値段がします。ランだけはうかつに最高級のランニングシューズを購入したりすると筋力がついていかず故障につながってしまいますが、年齢とともに機材をグレードアップしていくのは、生涯スポーツであるトライアスロンの楽しみの一つです。

レジャースポーツと競技スポーツ

長良川ミドルトライアスロンの案内文では、もう一か所、「『レジャースポーツ』ではなく『競技スポーツ』と認識し、十分に準備して大会に臨んでください」というくだりも示唆に富んでいます。レジャースポーツより競技スポーツのほうがリスクを伴うことは言うまでもありません。

ランニングだけの大会なら、途中で故障したり具合が悪くなってしまったりした場合、わりと容易にリタイアすることができます(山道を走るトレイルランニングやウルトラマラソンではリスクもありますが)。

しかし、スイム、ことに海での大会ではそうはいきません。浮力のあるウエットスーツの着用を義務づけている大会は多く、レスキューボートが何艘も並走して選手の危険に目を光らせています。主催者は万全を期しているのですが、それでもオーシャンスイム(海での泳ぎ)にはリスクがつきまといます。ひとたび岸を離れれば、後戻りができません。陸上のようにすぐリタイアすることができないのです。

そういったリスクがあることを頭に入れ、しかるべきトレーニングを積めば、そして、制限時間が厳しくない身の丈に合った大会を選んで出場すれば、だれでも完走できるのがトライアスロンという競技スポーツなのです。

いちばん低いところから

トライアスロンの入門書を執筆されているのは、おおむね実績を積んできた元選手の方々です。一方、わたしは一介のトライアスロン愛好者にすぎません。ロング・ディスタンスの経験がありませんし、主として出場しているオリンピック・ディスタンスで3時間を切ったこともありません。いつも下から数えたほうが早い成績ばかりです。

一流のトライアスリートから鼻で笑われそうな実績しかないのに入門書を書く資格はあるのかとも思いましたが、いちばん低いところからトライアスロンを始めたという自負のようなものは充分にあります。ならば、同じようにいちばん低いところから始める人の参考になるものが書けるのではないかと思い直したのです。

くわしくは本文で述べますが、46歳まで運動経験が皆無に近く、52歳までまったく泳げなかったわたしが、スイムが海で行われるオリンピック・ディスタンスの大会で完走するまで、一つずつどんなステップアップをしていったか。その過程で、どういうハードルをクリアしていったか。わかりやすくお伝えすれば、同じようにいちばん低いところから始める人たちのお役に立てるのではないかと考え、本書の執筆を志した次第です。

マラソン愛好家なら、出版業界にもたくさんいます。しかしながら、トライアスリートにはいまだに会ったことがありません。だんだん増えてきたとはいえ、マラソンに比べるとトライアスロンはまだまだ少数派のスポーツです。

一人だけ、出版業界のトライアスリートを思い出しました。村上春樹さんです。苗字と同じ村上(むらかみ)・笹川(ささがわ)流れ国際トライアスロンを筆頭に、オリンピック・ディスタンスの大会を何度も完走されています。

とはいえ、まさか村上春樹さんにトライアスロンの入門書を執筆していただくわけにはいかないでしょう。そこで、不肖ナンバー2のわたしの出番です(フルマラソン、ウルトラ100キロ、トライアスロンのオリンピック・ディスタンス、いずれも村上春樹さんが専業作家のベストタイムをお持ちですが、二番目のタイムはすべてわたしが保持しているのです)。

オリンピック・ディスタンスばかりでなかなかその先へ行こうとしなかったわたしに対して、トライアスロン仲間は「慎重すぎる」「石橋をたたいても渡らない」などと半ばあきれたように言ったものですが、そういう性格はいちばん低いところから始める方向けの入門書執筆にはかえって適しているのではないかと思います。

逆に、初めから競技志向の強い方は、わたしの経験談とそれに基づくアドバイスだけでは物足りなく思われるかもしれません。そこで、それを補うべく、ステップアップしていくための書物を中心に、役に立ちそうなものをできるだけ幅広く紹介することにしました。いずれはロングからアイアンマン、さらには世界選手権までという方に対して、あいにく経験に基づくアドバイスはできませんが、ある程度の道筋を示すことはできるはずです。

では、ここがスタートラインです。

役に立つとともに、風を感じるような読み物にもしたいと念願しています。

3種目を滞りなくこなし、達成感に包まれながら笑顔でゴールすることを祈って、レディ、ゴー!

関連書籍

倉阪鬼一郎『はじめてのトライアスロン』

トライアスロンには2つある。1つは有名な「鉄人レース」で、水泳3・8km、自転車180km、走りがマラソンと同じ42・195kmのもの。これは「人間の限界」への挑戦で、過酷さと崇高さを極める。一方、トライアスロンのオリンピック公式競技は水泳1・5km、自転車40km、走り10kmだ。だが、もっと短い距離(水泳750m、自転車20km、走り5kmとかそれ以下)の大会も多数存在し、じつはオリンピック距離でも、体にあまりダメージが残らない。46歳まで運動経験皆無、52歳までカナヅチだった著者による、最底辺からの体験的入門書。

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倉阪鬼一郎

1960年、三重県生まれ。早稲田大学第一文学部文芸専修卒。作家・俳人・翻訳家。87年、『地底の鰐、天上の蛇』でデビュー。98年、『赤い額縁』を刊行後、ミステリー、ホラー、幻想小説、時代小説など多彩な作品を精力的に発表。『田舎の事件』『活字狂想曲』『怖い俳句』『怖い短歌』(いずれも幻冬舎)など二百冊を超える多数の著書がある。
46歳で運動経験なしでマラソンを始め、54歳からトライアスロンを始める。自己ベストはフルマラソン3時間39分00秒、ウルトラ100キロ11時間49分38秒。フルマラソン、ウルトラ100キロ、トライアスロンを合わせて100戦完走を達成。いずれも専業作家では村上春樹氏に次ぐナンバー2の記録を持つ。トライアスロンはデビュー以来すべて完走。

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