多発性骨髄腫という難病で余命宣告を受け、現在も闘病中の写真家、幡野広志さん。そんな幡野さんの人生相談集『なんで僕に聞くんだろう。』は、「cakes」連載時から年間でもっとも読まれた記事に輝くなど、大きな反響を呼びました。今回ご紹介する『他人の悩みはひとごと、自分の悩みはおおごと。』は、その続編。家族のこと、恋愛のこと、将来のこと、病気のこと……。私たちの背中を押してくれる、幡野さんの優しく力強い言葉を、ぜひ味わってみてください。
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Q.「23歳だけど恋人ができたことがありません」
初めまして、私は今年23歳の女性です。
2年間浪人をしましたが上手くいかず、私でも入れる大学に入り1年は通いましたが、結局2年目は休学をして、先ほど退学届けを出して来ました。
休学中、1番上の姉は3人目の子供を妊娠し、2番目と3番目の姉はそれぞれ弁護士さんと外科医さんと結婚をしました。2番目の姉は去年の年末に子供ができたことがわかりました。
私は恋人ができたことがありません。自分に出来ることはなにか考え、やって来たつもりでしたが結局上手くいきませんでした。
去年の年末、私は女性用風俗に行ってきました。ホテル代や交通費などを含めると20万円ほどかかりました。お金を払って、抱いてもらいました。
とてもいい人でしたが、涙が止まりませんでした。初体験でした。自分にはこれほどまでに価値がないのかと思います。
周りは上手くいっているのに、なぜ私だけ全てつまずくんでしょうか。今までの22年間はなんだったんだろう。坂を転がり落ちていくようです。誰か1人でいいから私を好きになってくれる人がいてくれたらと思います。
前を向けるようなアドバイスをいただけませんか。よろしくお願いします。
(シロ 22歳 女性)
親も学校も子どもにしあわせエリートを求めがち
有名大学を卒業して、白馬の王子さまみたいな彼と恋愛をして、誰でも知っているような企業に就職して、エリートな旦那さんと運命的な出会いをして結婚して、健康でかわいい子どもを育てて、そういう絵に描いたようなしあわせエリートがあなたのしあわせの価値観なんでしょう。
あなた自身にも全能感のようなものがあったとおもうんです。「今までの22年間はなんだったんだろう」という言葉と、なによりも「坂を転がり落ちていくようです」という言葉に現れています。それなりに人から褒められて、上り坂の頂点にいるとおもっていて、高校生ぐらいまでは、しあわせエリートになることがあたりまえとおもっていたんじゃないですか。
ところがそれに暗雲がたちこめてきて、浪人や中退、白馬の王子さまが20万円でやってきたことが決め手になって、虚しさを感じて崩れてしまったんじゃないですか。少女マンガや恋愛ドラマにもみんなしあわせエリートの描写があるし、親も学校もたいがい子どもにしあわせエリートを求めがちだよね。
たぶんだけど、ご両親はそれなりに社会的地位があって所得が高かったり、資産を保有していたり、実家が裕福だったりするんじゃないですか。弁護士と外科医と結婚されたお姉さんたちの存在や、アルバイトしたのかどうかはわからないけど20万円を女性用風俗に使えたことからも、あなたがお金に苦労しないですんでいることが窺えます。
すこし話がそれるけど、20万円ってちょっと高すぎかな。気になるのはこの高さなんだよね、わざと高い出費にしていない?
自分の価値を金銭に換算して高い男性を選んだのか、初めての経験だからイケメンでテクニックもあるような人気の男性を選んだのかはわからないけど、そもそも価値というのは需要と供給で決まるものです。
これは一概に否定するつもりはないのだけど、もしも自分の価値を高めるためだったのであれば、現実的には風俗の男性は20万円を売り上げて、あなたは20万円の支出があったわけだから、風俗の彼はプラス20万円の価値、あなたの価値はマイナス20万円という、自分の価値をおおきく下げてしまったという見方もできます。
安心感をえるためだったのかもしれないけど、女性向けの風俗で20万円のセックスを経験してしまうと、一般的な普通の男性とセックスをしたときにがっかりしてしまうような気もするんです。でも、一概に否定できないのは、20万円の経験でアホな男を弾く目を養えるような気もするんだよね。
20万円はちょっと高いけど、自分の経済状況を悪化させるとか借金とかでなければいいし、20万円が浪費か消費か投資なのか、そこもよく考えてみてほしいの。浪費だとおもうなら、もうやらなきゃいいし。消費だとおもうなら、いって良かったっておもえばいいし。投資だと判断できるなら、これからもどんどんいけばいいよ。
そもそも本当に自分のしあわせの価値観なのか
泣いていたって、過去が変わるわけでも現在がよくなるわけでもないのだから、この経験をこれからにいかすのがぼくはいちばんいいとおもいます。そうすれば未来はきっと良くなるよ。
大人になると気づくものだけど、しあわせエリートってけっこう幻想です。まったくいないとはいわないけど、結婚だって100組結婚したら40組は離婚をするし、60組の中にも離婚を耐えている層がいるだろうから、絵に描いたしあわせエリートなんて一握りだとおもうよ。
結婚した旦那がDVをするかもしれないし、自分が子どもに虐待をするかもしれないし、就職した会社が倒産するかもしれないし、不妊で子どもがなかなかできないかもしれないし、うまれた子どもが健康ではないかもしれないし、うちの妻みたいにちいさい子どもを抱えて旦那が病気になって死にかけるということだってあるわけです。
でもそれが不幸だとはぼくはおもわないんです、負け惜しみとかじゃなくて合理的に考えてのことです。もちろん病気になることも、DV被害に遭うことも幸運なことじゃないですよ。
ぼくからすれば結婚だって離婚だって再婚だって、しあわせになるための手段だし、病気だとか子どもの有無とか、収入の多寡とか社会的地位というのはただの要因です。
手段と要因を照らし合わせて、目的にむかって選択していけばいいのだけど、本当の不幸ってのは、手段と要因と目的をごちゃ混ぜにして、選択肢のさきですこしでもマシなしあわせが手を振ってるのに選ばないことですよ。
まずはあなたが抱いているしあわせの価値観が、そもそも本当に自分のしあわせの価値観なのかよく考えたほうがいいとおもうんです。ぼくにはあなたが誰かの目を気にしているように感じるんです、親だったり姉妹だったり、友達や近所の人だったり、社会の目だったり。
不幸の価値観も、いい機会だから一度考えてみたほうがいいとおもいます。絵に描いた不幸エリートが、じつは不幸とはかぎらないよ。ぼくはもちろんのこと、うちの妻もたまに不幸エリートっておもいこまれて、感動ポルノに出演させようとするメディアから取材の申し込みがあるんですよ、うんざりだよ。
ぼくから病気という要因を抜いたら、しあわせエリートの日本代表選手みたいなもんですよ。まぁ残念ながら抜きたくても抜けないから、これは負け惜しみだね。
しあわせエリートも不幸エリートも、結局のところ誰かが描いた絵だよ。たしかにそれは人をひきつける魅力があるし、家族にしあわせエリートがたくさんいると、家族はスゴイスゴイって褒められ、あせりとプレッシャーを感じるとはおもうけど、あなたがいま転がり落ちている坂の名前は、幻想坂ですよ、幻想坂。
人から好かれるにはさきにあなたが好きになる
なんだか幻想坂って日本のどっかに本当にありそうだからググってみたら、欅坂46がでてきたからたぶん幻想坂ってどこにもないわ。幻想坂は現実交差点につながってます。現実交差点で現実をしっかりと見て、そこからどこの道に進むかを考えたほうがいいだろうね。
よく人生は山あり谷ありっていうでしょ。否定するつもりはないけど、がんみたいな大きな病気になった人って谷に転げ落ちて、元の山に必死になって戻ろうとするの。ぼくは次の山に登ったほうが違う景色がみえてたのしいと感じてしまうし、登頂はできないかもしれないけど、登ろうとすることはできるとおもうんです。
本当にあなたのしあわせの価値観が恋愛や結婚や学歴のようなものなら、落ちた坂を戻る努力をすればいいし、20万円の経験でなにかがくだらないと感じたのであれば、次の坂を登ればいいとおもうんです。
ぼくはいま37歳であなたとの年齢差がけっこうあるから役に立つかどうかわからないけど、人から好かれるいちばんの方法は、さきにあなたが好きになることですよ。
白馬の王子さまは待っててもこないよ。だいたい本当に白馬で来たら迷惑だよね、馬の糞ってすごくでかいし、歩きながらするし。うっかりと馬の背後に立つと、蹴られるし。
待ちたい気持ちはわかるんです、自分が振られるリスクを抑えることができるから。
鳥だって虫だって、オスがメスにアプローチするものだし、そのためにオスのほうがメスよりも鮮やかだったりするよね。でもいまの若い男性って彼女とかいらないって人も少なくないし、女性からアプローチするのもあたりまえの時代だよ。
素敵だなぁって人がいたら、あなたからお茶や食事に誘うの。あなたが男性にしてほしくて待っていることを、あなたがさきに男性にするの。薄いグラデーションをだんだんと濃くするようにあなたの好意を伝えていくの。
振られるリスクがあるけど、みんなそういうリスクをとってしあわせをつかんでいるんです。男性だって振られることをリスクと捉えて、リスクと付き合うことのメリットが少ないと感じて、恋愛に消極的になる人もいます。
でも、女性からアプローチされれば話は別だとおもう。ここにチャンスがあります。自分は振られるリスクがなくなるわけだから、付き合おうって男性はけっこういるとおもうよ。世の中に女性用よりも男性用の風俗が溢れているのがいい証拠だし、そもそも誰かから好かれるというのはうれしいことなんです。
まったく気にしていなかった人でも、自分のことを好きでいてくれるから、その人のことが気になって好きになったりします。きっとあなたにたいしてだってそうだとおもうよ。
リスクを容認して行動しないと、しあわせは手に入りません。鳥だって虫のオスだって鮮やかさで外敵にみつかって、食べられちゃうんですよ。あなたも外敵みたいなモラハラ男からは身を守る必要があるんだけど、そんなときに20万円の経験を役に立たせましょう。変な男を弾いていけば、最終的にはいい男性が残ります。
坂を落ちたらまた登ればいいだけだよ、そういう経験がある人は謙虚さもあるし優しくなるよ。そして恋愛や結婚のいちばんの決め手は謙虚さと優しさだとおもいます。
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