文筆家・ツレヅレハナコさんの新刊『まいにち酒ごはん日記』は、インスタグラムに綴ってきた日々の記録をまとめた1冊です。コロナ禍を挟んで、国内外に頻繁に出かけていた日常から、家に籠って自炊の毎日に至るまで、振れ幅の大きかったここ数年の生活が綴られています。本書の刊行を記念して、同じく暮らしをテーマにした『ただしい暮らし、なんてなかった。』を上梓したエッセイスト・大平一枝さんとの対談を行いました。旧知の仲でもあるお二人が、「日々を綴ること」をテーマに語り合う後編です(前編はこちら)。新刊にちなんだお酒よもやま話も収録。
* * *
日々を綴ることは、
喜びを記録すること
大平 それにしても、日々を綴ることって自己を肯定していく作業だね。この間うちで宴会をしたとき、魚屋さんにお気に入りのお皿を持参して作ってもらったお刺身の盛り合わせ、持ってきてくれたじゃない?
ツレヅレ そうそう。盛り込んでもらったんです。
大平 すごく良いなと思って。それを「こういうことをしたよ」とか「よかったらやってみて」と綴ることで日々の喜びをスタンプすることにもなるよね。インスタは写真も一緒に載せられるし。きちんと刻まないことって忘れちゃう。
ツレヅレ そうですね。別に書き手じゃなくても、インスタじゃなくても、いいなと思ったものは消していかない、というのはできるかもしれない。ハッピーを自分の中だけでも確認していくというか。
大平 本当にそう。
ツレヅレ 大平さんは普段からメモをしていたりするんですか?
大平 メモはしてる。でも一番最近のメモはちょっとひどすぎる。「はげ薬の思いやり」。こんなメモだよ。もう私にしかわからない(笑)
ツレヅレ でもすごく面白そう。
大平 そうそう、今気づいた。『ただしい暮らし、なんてなかった。』には、ふきんとか椅子とか、時を経て変化がわかる物の写真を入れてるんだけど、金継ぎした急須の写真もあるのね。これは長年組んでいるカメラマンの女性が、たまたま金継ぎしてるっていうのでやってもらったんだけど、線がすごく太いの(笑)。最初は「太いな~」と思ったんだけど、朝見るたびに笑っちゃうの。楽しそうで。本作りの終盤にこの写真を入れることになって、ああ、丁寧に暮らすって彼女のことを言うんだと思った。以前は、時間を掛けることがそうなんだと思っていて、でも私もそうだったし、子どもがいたりすると時間に制限があって丁寧にできない。そこにもどかしさを感じてたんです。でも、金継ぎをすること自体が丁寧なんじゃなくて、彼女みたいに物を愛すること、暮らしを愛することがそうなんだって。
ツレヅレ 考え方、思想なんですね。
大平 うん。そう思ったらすごく楽になった。暮らしのことって流れていっちゃうからわかりづらいけど、考えることで深まるというか、書きながらわかるってことあるんだなあ、暮らしって深いなあと思った。社会や経済や政治みたいなことが深くて大事なことだと思っていたけど、そうじゃなくて、暮らしからこそ社会が見えることもあるなって。
「ブロガー」だった自分を
受け入れられた理由
ツレヅレ 私は日々のさもないことを普段の口調で書いています。くだらないことも書くし、美味しい話も書くし。具体的な情報も書くし、日によって違うんだけど、毎日毎日ちょっとしたことを書き続けてきたんですね。最初はホームページ、次はブログで今はインスタなんですけど。ただ、一時期ブロガーと言われていたのがあんまり好きじゃなくて。なんか軽い感じがして。でもやっぱり、私はもともと雑誌や書籍の編集者を本業としながらも、自分だけの文章が書きたくてインターネットを始めて、そこからいろんな人が読んでくれるようになった。書きたいときに書きたいことを自分の好きな口調で、なんの校正も入らず18年間書き続けてきたことって、言うなれば文章の筋トレ。仕事として文章を書くようになってからも6年ほどが経ちますが、間違いなくその経験が役立っているし、他に代えがたい積み重ねがあるなと思ったんです。だから最近になって受け入れられるようになったところはあるかもしれない。やっぱり原点はここだよな、と
大平『まいにち酒ごはん日記』の「はじめに」で「インスタもいつかなくなり、投稿は消えてしまうでしょう」と書かれてるけど、私も自分のホームページで「今日。」っていう日記を書いてたのね。これを書く仕事前の30分がすごく大事な時間で。自分で準備体操してる感じ。でもサーバーが重たくなってるから削ったほうがいいって友人に言われて。
思い返すと「今日。」を書いていた20年って自分の子育てとたまたま重なっていて。いつかなくなってしまうものに私、すごく大事なことを記録してるんだと思った。
ある鋳物作家の男性が、「俺、大平さんの『今日。』って大好きなんですよね」って言うから、私まさか、20代の男の子が読んでくれてると思ってなかったわけ。それで、お子さんがいない人や男性が読んでも平気? と聞いたら、「むしろ子どもが出てくる話、大好きっすよ」って。今日話していて、このことを思い出したんだけど、『まいにち酒ごはん日記』を読んで胸がいっぱいになったのは、自分とも重なったのかなあ。あのインターネットの中に自分の大事が詰まってたなあって、そんなことも思いました。
おまけのはなし。
お酒の飲み方「かつて」と「いま」
『ただしい暮らし、なんてなかった。』には、各エッセイの最後に「かつて」と「いま」という項目が入っています。時を経て、暮らしや気持ちのあれこれがどう変わったか分かる素敵な仕掛けです。今回は共にお酒好きのお二人に「お酒の飲み方、かつてといま」を聞いてみました。
* * *
ツレヅレ じつは今、生まれて初めてこんなに呑まなくてもいいのかもしれないって、1週間ぐらい思ってるんです。
大平 え? どういうとこで思ったの? それは。
ツレヅレ いや、私ほんとお酒飲むんですけど。外でもずっと飲んでたし、家でも飲むし、一人で飲むのも好きだし。でも肝臓の数値はあんまりよくないし、コロナになってからさらに酒量が増えてるなって。ウイスキーのボトルを三日で空けちゃったりして、しかもその他にワイン飲んだりとか日本酒飲んだりしてるから。
大平 ボトル、普通のサイズだよね。大五郎サイズじゃないよね。
ツレヅレ 違います(笑)。私もともとお酒の味が好きなんですよ。別に酔っ払いたいから飲んでるわけじゃない。でも飲めちゃう、大量に。体質的にも。
大平 で、そんな乱れないんだよね。
ツレヅレ そこまでは乱れないし。もう昔みたいに吐いたりしないし。ただやっぱり翌日の体が重たいし、これ絶対酒のせいだよなって。今まで酒がない人生ってあんまりやったことなかったんですが、この時期にちょっと体改革をしようかなと。で、前は休肝日がいっさいなかったんですけど、それがなんと私この三日飲んでません!
大平 おっ。
ツレヅレ 今日で四日め。三日飲まないとこんなに頭がクリアなんだなあって気づいて。私たぶんずーっと酔っぱらってたんですね。この本、『まいにち酒ごはん日記』っていうタイトルだけど、今はちょっとお酒ひかえてます。
大平 三日に一度酒ごはん日記みたいな。
ツレヅレ そのうちまた毎日飲み始めるかもしれないけど。
大平 うん、変わるのはよし。
ツレヅレ まさかこの私が酒を飲まない日が週三日もくるとは、っていうのもそれはそれで面白いかなと。
大平 これから毎週、週三日飲まないの?
ツレヅレ ちょっとやれるところまでやってみようかなあと思って。だから最近はライムショットっていう、ほぼ味がコロナビールのノンアルを愛飲してます。大平さんどうですか?
大平 私はね、40代になって子どもが留守番できるってなったときに、それと前後してシングルモルトウィスキーにはまったの。たまたま。それで、近所でバーっていうものに行ってみようと思ったら、すごくいいお店があったの。それからバーに行くことが暮らしのリズムの中に入ってきて。バーっていいのがさ、常連さんどうしみんな肩書知らないじゃない。上司の悪口も出ないし、誰かの噂話も出なくて。自分のコミュニティのどこにも属さない、年齢もバラバラの人達とシングルモルトウィスキーが好きっていうだけで話せる。全然違う世界が広がりました。あと、それを入り口に自分がすごくお酒に強かったって気づいた。もういくらでも飲める(笑)
ツレヅレ 歩いて行ける距離に好きなバーがあるって、いいですね~!
大平 ここはどう?
ツレヅレ ないです。だから自宅の1階をバーにするしかない。そのうちオープンしますので、ぜひ(笑)
まいにち酒ごはん日記
2018年春から2021年夏まで、ちょうどコロナで世の中が変化した狭間の3年間の飲んで食べて旅して感じたこと、考えたことを集めたオールカラーの日記本。巻末には読むだけで作れる31レシピ付き。
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