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終止符のない人生

2022.08.05 公開 ポスト

反田恭平「ああ、自分はなんと幸せ者なのか」 ショパン国際ピアノコンクールに挑んだ天才ピアニストはその時…反田恭平(ピアニスト、指揮者)

「夢を叶えた瞬間からすべてが始まる」

日本人として51年ぶりのショパン国際ピアノコンクール2位の快挙、自身のレーベル設立、日本初“株式会社"オーケストラの結成、クラシック界のDX化。次代の革命家とも言われるピアニスト、反田恭平さんが7月に上梓した初エッセイ『終止符のない人生』では、それら数々の偉業の裏にあった意外な思いが赤裸々に描かれています。若き天才の素顔に迫るこの一冊より、「序章」を特別公開いたします。

*   *   *

ショパン国際ピアノコンクール。

19世紀前半に生きた伝説の至宝フレデリック・ショパンの名前を冠したこのコンクールは、5年に一度しか開かれない。オリンピックよりも稀にしか訪れないこのコンクールのチャンスは、新型コロナウイルス感染症の影響によって1年延期された。

「ひょっとすると、コロナのせいでコンクールが突然中止されるのではないか」

不安が頭をもたげる中、DVD審査、予備予選、1次予選、2次予選、3次予選、と階段を一段ずつ上るように勝ち抜いた。

2021年10月18日、ショパンコンクールのファイナル(本選)を迎えた。53カ国から502人のピアニストがエントリーした中、ファイナルに進んだのはわずか12人。幼いころから死ぬほどあこがれてきたステージに、僕はたしかに立っていた。

(写真:iStock.com/Nicola Forenza)

1次予選が始まってからファイナルまでの日程は、3週間弱の間に矢継ぎ早に組まれる。2021年10月4日に1次予選に出場し、10月10日には2次予選に出場した。10月4日に3次予選があり、ファイナルは10月18日という強行スケジュールだった。10月17日はショパンの命日だから、この日は完全オフになり、皆が喪に服す。

ファイナル前日の10月17日、4年前の記憶をしみじみ思い出した。ワルシャワ音楽院(フレデリック・ショパン音楽アカデミー)でピオトル・パレチニ先生のレッスンを初めて受けた日は、偶然か運命か、ちょうど4年前の2017年10月17日。しかもこのとき先生の前で披露した曲は、ファイナルで弾いたショパンのピアノ協奏曲第1番だった。

レッスンが終わると、先生は「今日はショパンの命日だから、夜は教会に行くね」と言う。10月17日がポーランド人と音楽家にとってどれほど重要な日なのか、当時の僕は明確に意識していなかった。「そうか。今日がショパンの命日なのか」 。その瞬間から「10月17日」という日付は僕にとって特別なものとなった。

 

ショパンコンクールに応募したときの僕のエントリーナンバーは、64番だ。

「51年前、僕がショパンコンクールで3位に入賞したときもエントリーナンバーが64番だったんだよ。何か不思議な縁を感じるね」

偶然の一致としては出来すぎではないかとさえ思った。ピオトル・パレチニ先生は、笑いながら僕をコンクールのファイナルに送り出してくださった。コンクールの会場にいる先生に、僕が奏でるショパンのピアノ協奏曲第1番を聴いていただきたい。一心不乱でピアノを弾いた。

僕はピアニストでありながら、指揮者を志している。ショパンコンクールのファイナルでは、弦楽器、金管楽器、木管楽器、打楽器の奏者が一堂に会する。ショパンが書き記したスコア(総譜)の全パートが、ファイナルのステージではワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団によって演奏される。

 

どのパートの演奏者が、どういうタイミングで音を飛ばしてくるのか。本番の途中、演奏者の誰か一人がミスやアクシデントを引き起こす可能性もある。何があろうが、本番中にカバーできる絶対的な自信があった。虫眼鏡で観察するようにスコアを徹底的に読みこみ、本番中の一音一音を一つも聴き漏らさないまで集中をしていた。

「ああ、自分はなんと幸せ者なのか。ショパンに出会えたおかげで、僕の人生はこんなにも豊かになった。ピアノをやっていて本当に良かった」

ステージでピアノを弾きながら、全身の細胞が歓びに打ち震えた。僕の夢のような40分間が終わった。

 

音楽と初めて出会ってから20年以上が経過した今、人生で最も満足のいく演奏ができている。1分1秒の瞬間瞬間に、永遠が凝縮されているかのような濃密な時間だった。尊敬するショパンが書き遺してくれた譜面に没入し、今僕はショパンと同じ時間を生きショパンと融け合っている。

恍惚と陶酔の輝きに身を浸し、全身全霊でピアノ協奏曲第1番を弾き切った。

僕が追い求めていたショパンが、今ステージ上に姿を現した。あの瞬間、僕は饒舌が過ぎるほどにショパンと対話していたのかもしれない。

関連書籍

反田恭平『終止符のない人生』

二〇二一年十月。多くの人を深夜のインターネット中継に釘付けにしていたのは、オールバックの髪を一つに束ね全身全霊でピアノを弾く一人の青年だった。いたって普通の家庭に育ちながら、ショパンコンクール第二位に輝き、更に自身のレーベル設立、オーケストラを株式会社化するなど、現在進行形で革新を続ける稀代の音楽家の今、そしてこれから。

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終止符のない人生

「夢を叶えた瞬間からすべてが始まる」

日本人として51年ぶりのショパン国際ピアノコンクール2位の快挙、自身のレーベル設立、日本初“株式会社"オーケストラの結成、クラシック界のDX化。次代の革命家とも言われるピアニスト、反田恭平さんが7月に上梓した初エッセイ『終止符のない人生』では、それら数々の偉業の裏にあった意外な思いが赤裸々に描かれています。若き天才の素顔に迫るこの一冊より、一部を特別公開いたします。

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反田恭平 ピアニスト、指揮者

1994年9月1日、北海道札幌市生まれ。ピアニスト、指揮者。2012年、高校在学中に日本音楽コンクールで第1位に。2014年、チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院本学科に首席で入学。2015年、イタリアの「チッタ・ディ・カントゥ国際ピアノ協奏曲コンクール」古典派部門で優勝を果たす。2016年1月のデビューリサイタルでは、2000席のサントリーホールでチケットを完売。2017年より、ポーランドのフレデリック・ショパン国立音楽大学(ワルシャワ音楽院)に在籍。2021年10月、第18回ショパン国際ピアノコンクールで第2位に輝く。2023年以降はドイツ・カナダ他、世界各国でのリサイタルが控えている。オンライン サロン「Solistiade」を主宰し、奈良を拠点にジャパン・ナショナル・オーケストラ株式会社を運営するなど、多彩な活動を展開している。

反田恭平オフィシャルウェブサイト

Twitter: @kyohei0901

Instagram: @kyoheisorita

YouTube: 反田恭平 - Kyohei Sorita -

オンラインサロン: Solistiade

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