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めぐみの家には、小人がいる。

2022.11.01 公開 ポスト

3話 いじめられている転校生。しかし教頭はいじめを認めない。滝川さり

オカルトホラーの新星、滝川さりさんの新刊『めぐみの家には、小人がいる。』の試し読みをお届けします。

机の裏に、絨毯の下に、物陰に。小さな悪魔はあなたを狙っている――。

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三年二組の教室の声は、廊下まで響いていた。美咲が入ると、大半の子は自発的に席へと戻る。だが、一部の子供たちは集まったまま、楽しそうにおしゃべりを続けていた。

その中心にいるのが、中村天妃愛だった。

彼女は机の上に座って足を組んでいた。その周りに、二人の友達が立っている。

またか──美咲はうんざりする。教壇に立つと、出席簿で教卓を軽く鳴らした。

「『朝の会』、始めるよ」

しかし三人は戻ろうとしない。まるで美咲などいないかのように振る舞っている。

「……それで、その後どうしたの?」

「だから、じゃあもう会わないって言ってやった」

「やっばぁ!」

会話に夢中で気づいていませんよという態度。だが、そこにある悪意は見え透いていた。教壇に向いて座る天妃愛は、会話の相手の背中越しにチラチラと美咲の様子をうかがっている。恐れているわけではなく、反応を見て面白がっているようだった。

「中村さん、西沢にしざわさん、根本ねもとさん。……『朝の会』、始めるよ」

名指しで呼んでも話をやめない。わざとらしく高い声で笑い、こっちの声を打ち消そうとする。子供だから許される、子供じみたやり方。

他の子はと言えば、美咲が爆発しないかハラハラとした顔で見守っている者、愉快なショーでも見るかのように笑いを堪えている者、興味なさげに文房具をいじっている者……何にせよ、これ以上は他の児童にも悪影響だ。

教室の後ろで、ファンヒーターがごおおと音をたてている。

「しゃべるなら中庭に行ってね。天妃愛さん」

低い声で言うと、話し声は止まった。

天妃愛は子供らしからぬ目で美咲を睨んでいた。

「……うるっさいな……」

美咲よりもさらに低い声でそうつぶやくと、天妃愛は立ち上がり、自分の席に戻る。

彼女が降りた机には、ロッカーに飾られていたはずの花瓶が置かれていた。

(写真:iStock.com/Mateusz Atroszko)

美咲はハッとして教壇を降り、花瓶を持ち上げた。

「……どうして、こんなことするの?」

鋭い目を向けたが、天妃愛は頬杖をついてニヤニヤと笑っている。

「何がですか?」

「中村さんでしょ? この花瓶置いたの」

「ショーコでもあるんですか?」

憎たらしい物言いに頬でも張ってやりたくなるが、もちろんそんなことはできない。ならばせめて天妃愛が置いたか誰かに訊こうかと思ったが、ほとんどの子は天妃愛を恐れて知らないふりをするだろうし、正直に告発した子は後で天妃愛のグループに狙われてしまうだろう。

「……二度としないでね」

美咲にできるのは、そんな捨てゼリフを吐くくらいだった。

敗北宣言とでも受け取ったのか、天妃愛はまたも人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。

「──ノゾキマのくせに」

聞こえたつぶやきに、美咲は教壇に戻る足を止めた。

頭にカーッと血が上っていくのがわかった。

教室から「のぞきま?」「って何?」と口々に話す声が聞こえる。花瓶を持つ手に力が入り、いっそこれを叩き割って怒鳴り散らしてやろうかという考えがよぎる。

それでも何とか思い留まると、美咲はゆっくりと教壇に戻り、出席簿を開いた。

「……『朝の会』を始めます」

名簿順に点呼を取る。張り詰めた空気に気圧されたのか、子供たちは素直に返事をする。

美咲はちらりと、天妃愛が腰掛けていた席を見た。

今日の点呼も、ある児童を飛ばさなければならない。

花瓶が置かれていたのは──今は学校に来ていない、小紫めぐみの机だった。

 

**

 

小紫めぐみが転校してきたのは、二学期の始まり──九月のことだった。

フリルのついたワンピースに、胸元には真っ赤なリボン。チョコレート色のランドセルを背負い、まばゆいいほどに白い靴下を履いていた。ドイツ人の血が入っているらしく、ふわりとした髪の色は黒だが、目にはわずかにブラウンの輝きを帯びている。まるで異国の人形のようにエキゾチックな雰囲気を醸す彼女に、子供たちの目は釘付けになっていた。美咲も、夏休み明けでこんがりと焼けた子の多い中、めぐみの白い肌がやたらと目立っていたことを憶えている。

そんなめぐみは、転校初日こそ多くの女子に囲まれていたが──日に日に話しかける子供の数が減っていき、数日後にはゼロになった。

理由は、「ある事件」のことが、親から子供たちに伝わったからだろう。

しかし、当のめぐみは気にしている様子はなかった。休み時間は本を読み、放課後になるとそそくさと帰ってしまう。ある日の昼休み、美咲はいつものように教室で本を読むめぐみを見つけて、友達はできたかと尋ねたことがある。

「いるよ。たくさん」

男の子たちはグラウンドでドッジボールをしていて、女の子たちは教室で手帳を見せ合っていた。彼女がその輪の中にいる光景を、美咲は見たことがなかった。

別の日の放課後。トイレ掃除を終えているか、美咲が確認しにいったときのことだ。女子トイレにいたのはめぐみ一人だけで、しかもびしょ濡れだった。お洒落なシャツブラウスとチェックのスカートから水を滴らせて、それでも彼女は掃除を続けていた。

「他の子はどうしたの?」

めぐみは、上目遣いで美咲を見た。濡れたままのまつ毛が、やけに大人びて見えた。

「みんな、気分が悪いって言って……」

「帰っちゃったの? ……小紫さんは、どうして濡れてるの?」

「ホースからすごい勢いで水が出たから……」

その日の掃除当番には、中村天妃愛が含まれていた。

また別の日の放課後。教室の隅で、天妃愛を含んだ女子が六人ほど集まっていた。何をしているのだろうと目を凝らすと、女子たちの隙間からめぐみの姿が見えた。彼女は壁に追い込まれた状態で、体育座りをしていた。

天妃愛たちは、紙切れをめぐみの頭にかけて笑っていた。

「おはらい、おはらい」

「お清めよ」

「〈悪魔の館〉に帰れ、ばぁか」

「何してるの?」

美咲が声をかけると、天妃愛たちは驚き、バツが悪そうな表情を浮かべた。

「ねぇ、みんな……何してるの?」

床に散らばった紙切れを拾うと、本を破いたものだった。ちょうど、拾ったのが左上のタイトル部分──「小人のくつ屋さん」。めぐみがいつも読んでいる、児童向けのグリム童話集だ。美咲は、その場にいためぐみ以外の児童を職員室に連れていった。叱るのは苦手だったが、ほとんどの子は反省した様子で、中には涙ぐんでいる子もいた。

だが、天妃愛だけはずっと、美咲を睨みつけていた。

 

「だからと言って、いじめの実態は確認できていないんでしょう?」

昼休みの職員室。白井は渋い表情を浮かべていた。

「……小紫さん本人から、そういう相談はありません」

教頭のデスクの前に立って、美咲は言った。

職員室では、担任クラスのない教師たちが給食を食べていた。美咲はいつも教室で食べるが、今日はめぐみの母が来るので、職員室で急いで食べるつもりだった。しかし、デスクにトレーを置くと同時に、教頭に呼ばれてしまったのだ。小紫めぐみの母との約束の時間は、あと十分後に迫っている。

「立野先生、結局、アンケートは取らずじまいですか? ほら、あなたの周りにいじめはありますか、ってやつ」

ひじきの煮物をつまみながら、教師の片岸力丸かたぎしりきまるが口を挟んだ。

「いえ……作成はしたんですが」

「私が却下したんです」白井は、どこか誇らしげに言った。「市から指示があったわけでもありませんし、子供たちを不安にさせるだけだと思いまして」

嘘だ、と思う。本音は、いじめの証拠になり得るものを残しておきたくないのだろう。

「いじめはあります。今日も、中村さんたちは小紫さんの机の上に花瓶を置いたりしてて……あれは、いじめにあたると思います」

「お見舞いのつもりだったんじゃないですか?」

「は?」

白井の言葉に、美咲は素っ頓狂な声を漏らした。

「久しく教室に顔を見せないクラスメイトに対して、せめて花を贈ろうとした……そういう健気な行動にも、私は取れると思うんですがね」

美咲は絶句した。白井は、自分の言ったことにうんうんと頷いている。

「で……でも、中村さんたちは小紫さんを意図的に無視していました。それだけならまだしも、他の子にも無視するように命令していたみたいで」

美咲の言葉に、白井は大げさに首を傾けた。

「無視がいじめになるかは、難しいところですね。転校生で最初は注目の的だったと思いますが、子供の興味の移り変わりは激しいですから。『私に注目しないのはいじめ!』というのは……」

「そんな……小紫さんはそんな子じゃありませんよ。それに、本人がいじめだと感じればいじめですよね?」

「ですから、その小紫さん本人がいじめだと言っていないんですよね?」

美咲は黙り込んでしまう。

やはり教頭は、いじめは存在しないという結論に持っていくつもりだ。

小紫冴子が来る直前になって、そのことを自分に確認しているのだ。

理由は──天妃愛の母、中村真奈の存在だろう。

めぐみの本が破かれた事件の日の夜、真奈は学校に乗り込んできた。他の児童の母親まで引き連れてきて、職員室で怒鳴り散らしたのだ。あれはいじめじゃなかった、遊んでいただけ、証拠もないのに犯人扱いし子供たちの心に深い傷をつけた──夜の校舎に二時間近くもそんな怒号が響き渡った。

あの日以来、白井はすっかり真奈に恐れをなしてしまったのだ。

「ところで、応接室の暖房はついていますか?」

「あ……はい。五分前に」

クレーム対応時には、暖房の温度は低めに。マニュアルに書かれていることだ。

「よろしい。……お、いらしたようですね」

白井の視線を追って、美咲も窓から校門付近を見た。一人の女性が、校舎に向かって歩いてきている。白井は、ネクタイを結び直した。

「いいですか。確証もないのにいじめがあるなどと広まれば、子供たちだけでなく保護者の間にも不安と混乱を招きます。ここは慎重に判断しましょう」

関連書籍

滝川さり『めぐみの家には、小人がいる』

群集恐怖症を持つ小学校教師の美咲は、クラスのいじめに手を焼いていた。ターゲットは、「悪魔の館」に母親と二人で住む転校生のめぐみ。ケアのために始めた交換日記にめぐみが描いたのは、人間に近いけれど無数の小さな目を持つ、グロテスクな小人のイラストだった――。 机の裏に、絨毯の下に、物陰に。小さな悪魔は、あなたを狙っている。オカルトホラーの新星、期待の最新作!

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