オカルトホラーの新星、滝川さりさんの新刊『めぐみの家には、小人がいる。』の試し読みをお届けします。
机の裏に、絨毯の下に、物陰に。小さな悪魔はあなたを狙っている――。
交換日記を始めて数日経ったある日。旧ゲオルグ邸のインターホンを鳴らすと、出てきたのはめぐみだった。今まではまず冴子が出てきたのに。
「お母さんは?」
尋ねても、めぐみは「いない」と言うだけだった。
だが、その翌日には、ノートを通して教えてくれた。
お母さんは、よく、中村さんの家にいく。
中村さんの家にいって、おそうじや、おかいものをする。
わたしは、お母さんと、もっといっしょにいたい。
「どうしていくの」ときくと、お母さんは「しかたがないの」と言った。
いかないと、いやなことをされるのだと言っていた。
学校にいっていたとき、中村さんに「小紫さんのママは、シンイリだから、言うことをきかなくちゃいけない」と言われた。
お母さんを返してと言うと「ドレイを手放すわけない」と、頭をたたかれた。
それから「ドレイの子」と言われて、運動場のすなをかけられた。
わたしは、すごく、かなしい気もちになった。めぐみ
読み終えて、美咲は愕然とした。ここに書かれていることが本当なら、冴子は中村真奈に家政婦のように扱われ、いじめられている。小紫家は、母娘で中村家にいじめられているのだ。そんなことがあっていいのか。
美咲は、ひとまず白井に報告した。
だが、返ってきた言葉は、予想を裏切るものではなかった。
「保護者同士の問題ですから、我々にはどうしようもないですねぇ」
「でも、今の小紫さんには、特に母親が必要だと思うんです。ノートにだって、はっきりとお母さんといたいって」
「うーん……小紫家は現在、母子家庭でしょう?」
「……だから何ですか?」
「つまり、支援を受けているのかもしれませんよ。労働を提供することでね」
「いや、そんな……だって、ドレイって書いてあるんですよ?」
「それは、子供が言っていることですよ」
「……」
「そんなことより、交換日記なんて大丈夫ですか? 特定の児童だけに肩入れするようなことは、他の保護者の手前──」
美咲は二度と、この教頭には頼るまいと誓った。
では、どうするか。いっそのこと、中村家に乗り込んで文句を言ってやろうか──そうも考えたが、さすがに思い留まった。事態をよりややこしくするだけだ。
理由は違えど、何もしていないという点は白井と同じで、歯がゆい思いだった。
悶々として過ごしていると──めぐみと交換日記を始めて一週間ほど経って、またもや小紫冴子が学校を訪ねてきた。
「どうかされましたか? 小紫さん」
二回目の訪問に、教頭は同席しなかった。お前だけで対応しろ、ということだろう。
「めぐみは、どんな様子でしょうか」
前回と同じ黒い格好で応接室にやってきた冴子は、開口一番そう言った。
どんなと言われても、そもそも学校に来ていないし、家にいるのだからあなたの方が詳しいのではないか──そんな言葉を呑み込む。
「交換日記は順調ですよ。めぐみさんはすごくたくさん色んなことを書いてくれて。……ご覧になったことはありますか?」
「いえ。あの子、『先生とのひみつ』だと見せてくれないので……」
別に見せてはいけないとは言ってないが、あのくらいの年の女の子は秘密を持ちたがるものだ。ちょうど、ノートは美咲の手にあった。めぐみには悪いが、冴子とは共有しておいた方がいいだろう。
渡したノートを、冴子は時間をかけて読んだ。
「……あの子、こんなことを書いているんですね」
伏し目がちの目は、潤んでいるように見えた。
「……小紫さん。出過ぎた真似だと思いますが、中村さんの言うことを聞くのは、やめた方がいいんではないでしょうか。めぐみさんも、さみしがっているようですし」
「わかってます……わかってはいるんですが」
冴子は下唇を噛んでいた。
「──もう少しだけ、やらないといけないんです」
消え入りそうな声でノートの表紙を撫でる冴子に、美咲はそれ以上、何かを言う気にはなれなかった。ママ友──まだ美咲に経験はないが、相当面倒なものなのだろう。ましてや小紫家は新参者で、旧ゲオルグ邸では「あの事件」が起きた。何事もなかったかのように万事うまくいくという方が、不自然なのかもしれない。
ノートを差し出して、冴子はおもむろに立ち上がった。
「ありがとうございます。これで失礼します」
それから頭を下げて、足早に応接室を出ていく。美咲は、慌ててその背中を追った。
しかし冴子は一度も振り返ることもなく、校門の外に出ていってしまった。
「何、また何かあったの?」
偶然に昇降口にいた芝田が、心配そうな表情を浮かべて言った。
美咲は黙って、遠ざかる痩せた背中を見続けていた。
*****
今日は、グリムどう話の本を読んだ。
「小人のくつ屋さん」という話で、わたしは、今まで、小人が、くつ屋さんのお手伝いをする物語しか知らなかったけれど、その本には、べつのお話ものっていた。
それは、すごく、こわいお話だった。
とくに、三番目がこわかった。
お母さんと子どもがすんでいたら、小人が来て、子どもをさらって、かわりに、目がぎょろぎょろした、あくまの子をおいていく。お母さんは、こまって、かまどの上に、あくまの子をおいて、火をつけたら、あくまの子がわらって、小人がまた来て、あくまの子と、子どもを交かんしていった。
わたしは、これを見たとき、子どもがもどってきて、よかったなぁと思った。
だけど、お母さんにきいたら「あくまの子は、かまどの上にいたんだよ」と言った。
それをきいて、わたしはなきそうになった。
だって、交かんしたということは、子どもは、かまどの上におかれたから。
あくまが、わらったいみが、わかった気がした。めぐみ
そんなお話なんだね。先生もはじめて知りました。
すごくこわくて、悲しい気持ちになりました。
「小人のくつ屋さん」に出てくる小人は、人間をたすけてくれるいい小人だったけど、三番目のお話に出てくる小人は、こわいね。
めぐみちゃんは、小人は本当にいると思いますか?
今日のきゅう食には、みかんゼリーが出てきたよ。放か後にめぐみちゃんの分を持っていくね。
そう言えば、この前出てきたチーズクレープはどうだったかな?
先生はメニューの中で一番好きだよ!みさき
小人は、いるよ。
あと、チーズクレープは、わたしは食べてない。めぐみ
小人はいるよね。見てみたいな。
先生の家にも出てきて、おそうじをしてくれたらいいのに。
チーズクレープは、食べなかったのかな? 次また出てきたら、持っていくね。
今度は、学校で、みんなと食べられたらいいね。
今日は図工の時間に、外へ出て喜多野のまちの絵をかいたよ。
みんなお気に入りの風けいや、カラフルな異人館を写生していました。
めぐみちゃんも気が向いたら外に出て、好きなけ色をかいてみてね。みさき
先生に、わたしのひみつの友だちを教えてあげるね。
めぐみ
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