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めぐみの家には、小人がいる。

2022.12.11 公開 ポスト

20話 めぐみの足許には、穴だらけの死体が横たわっていた。滝川さり

オカルトホラーの新星、滝川さりさんの新刊『めぐみの家には、小人がいる。』の試し読みをお届けします。

机の裏に、絨毯の下に、物陰に。小さな悪魔はあなたを狙っている――。

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美咲は玄関に近づくと、ドアノブに手をかける。

鍵はかかっていなかった。招き入れるように、扉が自然と開く。

入るべきじゃない。今ならまだ引き返せる。逃げられる。

しかし、見えない力に引っ張られるように、身体は前に進む。

「こ──小紫さん、いらっしゃいますか?」

返事はない。

だだっ広い玄関。照明は点いていない。外とは質が違う、ひんやりとした空気。

暗闇に目を凝らすと、風景画の絵の具の光沢が浮かび上がってきた。

真っ赤な絨毯と、二階へ続く階段。

まただ。また、見られている感覚がまとわりついてくる。

きし、きし、きし……

奇妙な音は、館中から聞こえている。

その音に交じって、女の子の楽しげな声が聞こえる。──めぐみだ。

誰かと話している。やたら楽しそうだ。冴子だろうか。

まさか、天妃愛たちか。くすくす笑う声もする。

ひょっとして、四人は仲良くなったのだろうか。所詮は、子供同士のちょっとした諍(いさか)いだったのだ。ひょんなことでお互いを認めて、今までのことは水に流して、めぐみの家で遊ぼうということになったのか。

そうだったらどんなにいいだろう。

暗い階段を、手すりを握りながら昇る。ぎしぎしと床板が鳴る。外からは雨が外壁を叩く音が聞こえる。まるで、美咲を必死で引き留めようとするかのように。

かしゃりと鳴ったのは、きっとお菓子の包装紙だ。

踊り場の肖像画の目が、闇の中で光っている気がした。

きしっ……きしし……

二階に着くと、めぐみの声が、よりはっきりと聞こえた。

 

「……だよね。この……が……いんだよ」

「こ……にあん……ようとす……て」

「ころ……とうぜ……よ。わた……るくないよ」

「いいん……わ……には、こび……るんだ……」

 

やはり誰かと会話している。冴子か、天妃愛たちか。

だけどどうして、相手の声が一切聞こえないのだろう。

 

「はは……とも……はもう……れたかも」

「これ……しようか。みん……べてくれ……い?」

 

「……めぐみちゃん?」

扉に触れて声をかけると、中の会話はぴたりと止んだ。

すると次の瞬間、

 

ざあああああああああああああああ……

 

と、大量の何かが移動するような音がした。

 

「……先生?」

 

めぐみの声だ。中にいるのは、めぐみだ。

……なのに、この扉越しにも感じる異質な空気は何だ。

「そう、立野先生だよ。……ねぇ、めぐみちゃん。入ってもいい?」

 

「開けない方がいいよ」

 

冷たい声のとおりだ。開けない方がいい。痙攣する胃がそう訴えている。

なのに、手はドアノブを掴んでいる。まるで自分の身体じゃないみたいに。

遠くから、讃美歌が聞こえる。

ぎいい……と耳障りな音をたてて扉が開く。

はじめに目に入ったのは、ベッドに腰掛けているめぐみだった。

彼女は美咲を見ていなかった。ゾッとするほど冷めた表情で足許を見つめていた。

絨毯の上には、いつものようにたくさんのビスク・ドールが転がっていて、ガラスの青い目で虚空を見つめている。

(写真:iStock.com/Olga Bereslavskaya)

それらに紛れて──二つの巨大なドールが横たわっていた。

一つはうつ伏せで、首だけが捻じれて扉の方を見ていた。

それを見た瞬間、美咲は金縛りに遭ったかのように動けなくなった。

まるで猛毒を持つ深海生物……あるいは、異国の熱帯植物のようなまだら模様が、暖色の照明の下で照らし出されている。

それは本来、顔と呼ぶべき部分だったが、無数の穴があけられたせいで、原形を留めていなかった。蜂の巣のように無数に並んだ穴の一つ一つから、床に向かって血が垂れ続けている。両眼は赤黒く潰れて、血とも涙ともつかない液体が頬を伝って絨毯を濡らしていた。唇の一部の肉は抉れ落ちて、ピンク色の歯茎が見えている。

顔以外にも、赤い穴の侵蝕は及んでいた。力なく丸まった指の先までびっしりと、赤い血の玉が膨らんでいる。それはまさしく、悪魔的としか言いようがない殺し方だった。

天妃愛の死体だとわかったのは、白いセーターを着ていたからだ。もっとも、純白だったセーターにも、皮膚と同じように赤い斑点がにじんでいたが。

──目が離せない。見たくないのに、目が、身体が、うまく動かせない。

まるで悪魔に催眠をかけられたみたいに。恐怖に魅入られたかのように。

息が激しくなる。過呼吸に似た症状に襲われる。

すぐそばには、もう一つの死体があった。

あれは、根本きらりだろうか……。

彼女もまた、悪質な皮膚病に罹ったかのように、惨たらしく穴だらけになった身体を仰向けで晒していた。断末魔の叫びが聞こえてきそうなほど大きく開かれた口の中からは舌が飛び出し、それもまた真っ赤な血に染まっている。

吐き気がこみ上げてくる。口からまろび出た舌が震える。

 

美咲が胃液を吐き出している間も、彼女たちは身体中にあいた無数の穴から血液を垂れ流し続けていた。

 

(続きは書籍でお楽しみください)

関連書籍

滝川さり『めぐみの家には、小人がいる』

群集恐怖症を持つ小学校教師の美咲は、クラスのいじめに手を焼いていた。ターゲットは、「悪魔の館」に母親と二人で住む転校生のめぐみ。ケアのために始めた交換日記にめぐみが描いたのは、人間に近いけれど無数の小さな目を持つ、グロテスクな小人のイラストだった――。 机の裏に、絨毯の下に、物陰に。小さな悪魔は、あなたを狙っている。オカルトホラーの新星、期待の最新作!

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