映画製作と女優業を趣味とする異色の刑事・刈谷杏奈の活躍を描く、榎本憲男さんの『アクション 捜査一課 刈谷杏奈の事件簿』が刊行した。榎本さんは映画プロデューサー、映画監督としての経歴も持ち、本作にはその頃の経験がふんだんに盛り込まれている。以前から親交のある映画ソムリエの東紗友美さんとの映画×小説対談が実現した。(前編はこちら)
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東 これって映画でよくいうところの"バディもの"ですよね。若い女の刑事とちょっとくたびれたおじさんという異色キャラの掛け合わせ。
榎本 そうです。でも、バディってのは基本は異色にするんですよ。
東 異色なんだけど、ふたりはなんとなく似てるじゃないですか。
榎本 そうなんです。見てくれの落差は激しいんですが……。
東 ふたりともやたらと勘が鋭くて、走り出したら止まらないと言うか……。
榎本 ええ、どこかおっちょこちょいなんですよ、ふたりとも。
東 そこがスリリングで面白かった。相棒の内藤刑事も「あぶないあぶない」って言ってるんで、読んでいるこっちもあぶないって気持ちになっちゃって。でも、内藤さんってのは上司としては理想なんじゃないですか。
榎本 上司もなにも、左遷されててヒラですよ。頼りがいのないことこの上ないよ。
東 そんなことないですよ。刈谷杏奈のことはちゃんと考えていてくれてるし。ずるいこともしませんよね。一緒に働く者としてはそれが一番じゃないですか。
榎本 そうか。逆に読者から教えられた気もしますね。もっとも、主人公とずるいやつでバディもの書くのは、ハードル高いんですが(笑)
東 刈谷杏奈にはもうひとり結城って相棒がいて、彼女と一緒に映像制作会社を運営している。なおかつ、彼女のカメラマンをやりつつ、自分で映画を監督してるんですよね。
榎本 あれはね、モデルがいるんです。
東 え、本当ですか? 結城と同じ実験映画作家なんですか。
榎本 そう。僕が映画会社に勤めていたときにね、先輩に伊藤高志って実験映画作家がいたんです。僕はその会社に入る前から名前は知っていて。そのくらい「SPACY」って作品は有名で、天才って言われてた。そうか、僕は伊藤高志がいる職場で働いてるんだと思うと感慨深かったな。伊藤さんは会社を辞めてから、京都の大学で教えていたりしたけれど、今は九州に戻ってまだ撮り続けています。
東 私も映画業界に関わっている者なので、なんだか変だなと思ったら敏感に察知しちゃうところがあるんですけれど、この小説に出てくる映画とか映画の界隈はとてもリアルだなって感心したんです。ヒロインは冒頭にロッテルダム映画祭から帰ってくるでしょ。ロッテルダム映画ってのが、インディペンデント系で女優と監督をやっている設定は、なんて言ったらいいんだかわからないんだけど、なんだか絶妙だなと(笑)。あと、カメラマンを撮監(撮影監督)なんて言うのもじんわりリアルだったな。映画だけじゃ食べられないんで、映画制作会社じゃなくて、映像制作会社にしてるとこととかも。
榎本 ロッテルダムにしたのは、時期的な問題もあったんですよね。年明けすぐの映画祭といえばロッテルダム。ロッテルダムは僕も行ったことがあるので書きやすいし。まあ、ヒロインが帰ってくるところから始まるんで、行ったも何もないかこれは(笑)
東 細かいところで言うと、「アクション」なんてタイトルも洒落てるなと思いました。刑事ものでアクションは普通でしょ。でも、この作品だとアクションは別の意味になってくる。私は、映画ではストーリーだけじゃなくてインテリアとかファッションなんかについても語るんで、細かいことをついでに言っちゃうと、ヴィヴィアンタムのワンピースがこういう風に使われるのも驚きでした。それと、この小説の隠れテーマってアイデンティティの問題ですよね。LGBTを扱っているし。
榎本 そうですね。
東 主人公の刈谷杏奈が捜査する事件の中に、アイデンティティの問題が含まれているわけじゃないですか。と同時にヒロイン自身もアイデンティティの揺らぎっていう問題を抱えている。本来なら刑事っていうのは事件として起こっていることは他人ごとだと思うんだけど、ただこの作品の場合、捜査している刑事の側が自分の問題として受け止めるっていうところがありますよね。
榎本 その通りです。そういうテーマのダブさせ方は僕の専売特許ってわけじゃありませんが。東さんはどこに、刈谷杏奈の揺らぎを感じたんですか?
東 杏奈は映画作りに真面目に取り組んでるんですけれど、自分の映画の出来栄えに決して満足しているわけではないでしょう。
榎本 そうですね。特に脚本がイマイチって設定です。インディペンデント系ではありがちですね(笑)
東 「私は私に満足していない」みたいな彼女の心理を表現する文があったと思うんですけど、実は私もそうなんですよ。私が映画を好きなことはまちがいないんです。私は映画を撮ったりはしないけど、映画を紹介したり語ったりすることは真剣にやっています。だけど、本当にちゃんと語れたかな、紹介できたかなって、ときどき不安になったりもする。もっとやれたはずだと後悔して、自分の力の至らなさを感じて落ち込むことだってあります。だから、刈谷杏奈のそういうところってすごくよくわかるんですよ。そこがすごくよかった。映画ソムリエとしてお薦めです。
榎本 いやあ、自分に不満な部分は僕にもあるけれど、と同時に「もっと褒めてください」って欲求不満も日頃から抱えているんで、今日はたくさん褒めてもらっていい気分です。ありがとうございました。
アクション
趣味は映画撮影。特技は芝居。警察小説界にニューヒロイン誕生!文庫『アクション 捜査一課 刈谷杏奈の事件簿』の情報をお届けします。