POP王と呼ばれるブックジャーナリスト・アルパカ内田さんと幻冬舎営業局の販促担当・コグマ部長のコンビがオススメ本を紹介する人気連載「アルパカ通信」。昨年に引き続き特別編として2人の対談をお届けします。2022年の出版界を振り返りつつ、イチオシの本を選んでもらいました。
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アルパカ 2022年を振り返ってみて感じたことですが、本を選べない人が増えていませんか。いったいどれが面白いのか、自分で探せない。そういう能力を伸ばさないまま育った人が増えているような気がします。だからランキングばかりが注目される。売れてるから買う、映像化されたから読むとか、そういう傾向がますます顕著になってきている。
余裕がなくて、失敗したくないというのもあるでしょうけれど。本好きは失敗も面白がれるじゃないですか。「いいよ」って薦められた本より「ひどかった」っていう本の方が読みたくなったりね。外した時こそ盛り上がる(笑)。
コグマ ベストテンと同じぐらいワーストテンも盛り上がりますよね。そういうリストがあってもいいと思います。今回の趣旨とは違いますけれど。
かつては新聞の書評で褒められていた本が買われていました。それがいつの間にか町の書店員が薦める本になり、さらにTikTokやSNSの影響が大きくなった。その変化の中で読解力や能動性がなくなってきました。書評家の言葉は、ちゃんと読んで判断しなきゃいけなかった。それが今はPOPや動画をみて本を買う。良いとか悪いとかではなくて、判断基準がそうなったということでしょう。
アルパカ 先に結果や評価が知りたいという傾向もありますね。広告や帯なんかをみていてもそう思いますが、「どんでん返し」とか店頭でも「泣ける本」とか。
コグマ ありますね。「ラスト1行で号泣」みたいな。
アルパカ 僕なんかは、ラスト1行とか言われると、それまではつまらないのかな、と思っちゃう(笑)。でもここ数年は顕著になっていますね。「泣ける本ありませんか」って聞かれますから。物語を素で楽しむことが読書の面白さだと思うんですけど、そこはもう放棄して、確実に結果を欲しがるというのかな。
コグマ 売れ方の話でいうと、コロナ禍も3年目になって、当初のように本屋さんが軒並み閉まるようなことはなくなりましたけれど、明らかに店頭で立ち読みする人は減っていますよね。来店客自体も減っている。その中で本を買ってもらうのは本当に難しくなってきています。
テレビドラマの視聴率で20%を超えるのが難しくなったように、小説もミリオンセラーがなかなか生まれにくくなっている。嗜好が細分化されてきている、というのもあるんでしょうけれども。
依然として影響力のある本屋大賞。直木賞作家、自ら全国の書店巡る
アルパカ 本屋さんの経営は厳しいです。山手線でいうと新宿の紀伊國屋書店、池袋のジュンク堂、有楽町の三省堂、東京の八重洲ブックセンターのような、ふらっと立ち寄れる駅前の大型店って、もう数えるほどしかないです。駅前から本屋さんがなくなるのは家賃が払えないから。
独立系の書店とかで元気なお店はあります。独自の仕入れをして、特定のジャンルではどこにも負けないという本屋さんには、やっぱりファンがついていて、わざわざ電車賃を払ってでも買いに行く。それは素晴らしいことですけれども、出版界を大きく変えるような、大ヒットを生み出す影響力は、残念ながらまだありません。
一方、今年売れた本のベスト50に本屋大賞の上位10作がしっかり入っています。本屋大賞というブランドはまだまだ有効だということかもしれないです。
コグマ 書店が産業として成り立たなくなってきた。それは現実として受け止めないといけないです。
アルパカ 黙っててもお客さんが本屋さんに来てくれるような時代じゃない。『塞王の楯』で直木賞を取った今村翔吾さんが、全国の書店を行脚したんですよ。彼なりの危機感から、ただ言うだけじゃなくて行動しているというのがすごいんです。リクエストがあった書店に全部出向いていって、読者や書店員と会話をして、それを積み上げていく。自分の使命として、本に興味がある人、読みたい人に届けられるように体を張っている。一つの作家のあり方を示していると思います。
コグマ 待ってるだけでは売れないことが分かっているってことですよね。自分で売りに行くぞって、愚直なことをきちんとやってる人がやっぱり売れる。
アルパカ 実力のある方がアクションを起こせば、人はついていきます。どうやって攻めに転じるのかっていうところが大事です。生き残り戦略として、雑貨コーナーやカフェを併設する。新装している紀伊國屋の新宿本店にも、イベントやフェアができる「アカデミック・ラウンジ」ができましたが、そういうサロン的な場所で読者と作家をつなげるような試みはもっと増えてほしいですね。
注目しているのはオンラインイベントです。コロナ禍を背景にビジネスモデルとして成立するようになってきた。サイン本プラス講演料で2500円から3000円ぐらいのパッケージで販売できるようになっていますね。
コグマ 瓢箪から駒ではないですが、コロナ禍でオンラインのイベントに作家さんもお客さんも抵抗がなくなってきたのは確かです。これは出版界に限りませんが、情報の流れ方、受け止め方が都会も地方も差がなくなっている。そういう意味でもオンラインイベントは伸びていく可能性があります。どうやってマネタイズしていくかは、出版社や本屋さんが頭をひねらなければならない。
いい作品を長く売り続ける試みを。作家と一緒に本屋さん楽しむ企画も
アルパカ 首都圏の大型店でサイン会を開いたって百人集めるのは大変だった。それが全国の人とつながれるようになって、企画次第では人数も集められるようになっている。オンラインの強みを生かしてぜひ盛り上げてもらいたいですね。
一方で、リアルの書店をいかに楽しんでもらうかというのも大切です。お客さんがせっかく本屋さんに足を運んでいるのに店員にスマホを見せ、「これちょうだい」と言うだけではもったいない。
本屋さんって奥に行けば行くほど楽しいんです。その楽しみ方って誰も教えてくれないんですよね。だから最近、八重洲ブックセンターで作家さんと一緒に本屋さんを回るイベントを始めたんですよ。それがすごい楽しくて。
コグマ 面白そうですね。
アルパカ 1回目は澤田瞳子さんで、2回目が千早茜さん。作家さんの読書傾向とかが分かるし、ファンとしてはたまらないですよ。みんなで一緒に本屋さんを巡って、終わったら買った本を並べて、澤田さんや千早さんのおすすめ本として拡散してくださいみたいな感じで。サイン会をやってお開きなんですけど、書店としてまだまだやれることがあると思えましたね。
コグマ 好きな作家さんの本から、さらに広がりもあって、それはヒントになりそうですね。
アルパカ 2023年は本屋さんに行こう、ともっと言いたいです。待ち合わせは本屋さんで、というアピールは全国の書店にしてもらいたい。
雑誌の表紙になるタレントや俳優に本を持ってもらうというのもやってほしい。特に女性誌とかアイドル誌とかは、もう全員に本を持たせたい。書店員にも理由が分からない本のバズり方ってあるんですよ。急に売れ始めて首を捻っていたら、ある雑誌にアイドルの私物の本が写っていたらしく、その作品が増刷になったこともあります。出版社を挙げて取り組んでほしいです。
本を持ってることがかっこいいって思ってほしいんですよ。僕は文庫本のことを「スマート本」って呼んでいます。文庫を持って歩くのがかっこいい、というストーリーは作れると思うんです。
コグマ 確かにそうですね。
アルパカ 単行本の寿命が短くなってきています。文芸書の売り場が減るなか、刊行点数は多くて書店で目にする期間が短くなっているところはあると思いますが、辻村深月さんの『かがみの孤城』や小川糸さんの『ライオンのおやつ』は単行本として売れ続けました。古内一絵さんの「マカン・マラン」4部作は最初の作品の刊行が2015年ですよ。単行本4冊は面陳すると棚1段分です。もちろん物語の良さがあるのであって、美味しい食べ物で疲れた気持ちを癒してくれるカフェが舞台。今まさに求められてるものですが、出版社の執念もあると思うんですよね。書店を巻き込み、いい作品を長く売っていくことの大切さも、いまもう一度考えてみてもいいと思います。
戦争の危機で染み渡った言葉。SNS発で売り出された作品も
――そうした出版界の状況を踏まえ、2022年の小説について振り返っていただけますか。
アルパカ 刊行は2021年ですが、逢坂冬馬さんの『同志少女よ、敵を撃て』がずっと売れ続けています。ウクライナで戦争が続いているという背景もあって、時代を強く感じさせる作品になっていますね。
コグマ 2022年の本屋大賞に選ばれた時の「あまりにもタイムリーになりすぎたことが本当につらい」という逢坂さんのコメントもすごく考えさせられるものでした。ロシアがウクライナに侵攻している状態で、ドイツにやられていた旧ソ連のお話に一票を投じる書店員さん達の苦悩までも掬い取っていました。
アルパカ 僕が思い出したのは東日本大震災直後の状況です。今、こういう状況の中で、作家のつむぎ出す物語や言葉が一層迫ってくる。危機の中では言葉が染みるんだなっていうのが、今年すごく思うことでもありました。
コグマ さきほど少しSNSの話が出ましたけれど、そのSNSから「面白いよ」って情報が届いた本がいくつかあって、そのひとつが結城真一郎さんの『#真相をお話しします』。これは面白かったですね。店頭でも展開していましたが、電車内のステッカー広告も目立っていましたし、SNSを通じての売り出し方も上手ですよね。
アルパカ まずタイトルでやられましたね。装丁も素晴らしい。刊行からしばらく経ってから読みましたけど、うまいですよね。小川哲さんの『君のクイズ』もとても面白かったんですが、お2人とも若い。
コグマ 小川さんもすごいですね。テレビのクイズ番組で、問題文を読む前から正解を答えた、というきっかけだけで、ここまで面白い小説を書けちゃうのは、ほんとうにすごいです。小川さんは『地図と拳』で山田風太郎賞を受賞している。これは満洲国を舞台にした歴史小説で、とてつもなく読み応えのある大作でしたが、直後にまったくテイストの違う『君のクイズ』を出してきた。引き出しがどれだけあるのかって思いましたね。
アルパカ バズり系といったらなんですが、SNSで話題になって売れた本でいうと夕木春央さんの『方舟』も外せないですね。ネタバレできないから紹介するのが難しいんですけれど、これは絶対読んでほしい。これまであんまり本を読んでこなかった人達にも面白さが伝わる本だと思います。このあたりの本から入れば、次にも何か読んでくれそうで、紹介するのに安心感があります。
コグマ みんなが面白いよっていう本もいいんですが、個人的には、読書通をすげえ! とうならせるような作品も好きで、今年で言うと奥田英朗さんの『リバー』がそうじゃないでしょうか。
世代超える犯罪小説に留まらない深み、シリーズの強さ―大御所の力は健在
アルパカ 確かに。奥田さんの力を見せつけるような一冊でしたね。
コグマ ただの犯罪小説ではない凄みがある。世代を超えて深い読み方ができる。今年を代表する作品だと思いますが、でも小説を読み慣れてない人に『リバー』を薦めるのは、ちょっと躊躇いますね。ハードルが高すぎるかな、とか。
アルパカ そうなんですよ。さらっと楽しめる本が売れるという傾向はありますね。雨穴さんの『変な絵』とかね。仕掛けで売れるというか。
コグマ 売れるのは大歓迎ですよ。まず本屋さんに足を運んでもらうことが大事で、来てもらった方に売りたい本をプッシュすればいい話なので。
ランキングを見ると、映像化などの話題もあるとは思うんですが、大御所の力は健在です。なかでも東野圭吾さんの『マスカレード・ゲーム』は群を抜いている。期待を裏切らないっていうのかな。
アルパカ 「マスカレード」シリーズは特に強いですね。本屋さんとしても売り上げが立つので待望してますよ。漫画『ONE PIECE』の最新刊みたいなもの。それぐらい突出して売れちゃうんで。
売れ筋ということでは、芥川賞受賞作品がいい売れ方をしたのも嬉しかったですね。高瀬隼子さんの『おいしいごはんが食べられますように』は、世の中のざわざわした感じとか、一筋縄じゃいかない人間関係とかが見事に描かれてる。そこに共感する人達が口コミで買ってくれた。読者層を広げてくれました。
コグマ 賞には絡まなかったですが、早見和真さんの『八月の母』も評価が高かったですね。
アルパカ 早見文学はここに極まったというぐらい傑作中の傑作。熱量がこもっていて早見さんの覚悟が作品から滲み出ていました。土地に対する思いや葛藤も凝縮されていて素晴らしい作品でした。
多くの人が今年の代表作の1つに挙げると思いますが、凪良ゆうさんの『汝、星のごとく』は、『流浪の月』で本屋大賞を取ってから2作目なんですよ。2年前に本屋大賞を受賞した際には緊急事態宣言中で書店回りはできなかったのですが、今回はできたようで、2年分の思いがこもってる。彼女は人と人ってそもそも分かり合えるものではなくて、それでもやっぱり人は誰かに寄り添いながら誰かを求めて生きている。そんな世界を書きたいって話しておられたんですが、まさにそういう作品です。しかも、そういう文脈で実際に書店員とのつながりを大事にされているっていうのは、ちょっと感動的です。
コグマ 本屋大賞でいうと、青山美智子さんは2年連続2位になっています。
アルパカ デビュー5年なんですが、現代を代表するすごくいい作家に育っていますね。今年は『いつもの木曜日』と『月の立つ林で』が出ましたが、50代の僕も共感できるし、若い人も共感できると思うんですよね。青山さんの人柄ってのもあると思うんですけど、本屋さんが推したい作家なんですよ。本もそうですが、作家を売りたいって、なかなかないことです。
マグマのように伝わる書店員の熱。“我が子”のような作品に対して
コグマ 出版社が売り込むだけでは、本屋大賞のあの熱気は作れないですね。マグマのようにぐつぐつと熱が伝わってくる。書店員に熱く支持されている作家さんというと、一穂ミチさんもそうだと思います。
アルパカ 新作『光のとこにいてね』、僕は大好きです。一穂さんは読むたびにいい書き手だと思わせてくれますね。これからの文芸界をど真ん中で牽引していく作家さんだと断言できます。
コグマ 一穂さんは弊社から『砂嵐に星屑』が出ました。大阪が舞台ですが、今、小説の舞台には東京以外なかなか選びにくい面があるかもしれないのに、そこをあえて大阪を舞台にして、地に足をきちんとつけた小説が生まれたなというふうに思いました。
アルパカ 今年とてつもなく面白かったなと思ったのは、今村夏子さんの『とんこつQ&A』です。町の中華屋さんで働く女の人の話なんですけど、もうタイトルからしてどうかしてる。
「とんこつ」っていうから豚骨ラーメンだと思うじゃないですか。でも店名の「とんこう」っていう看板が一部壊れて、ひらがなの「う」の点のところが取れてるんで「とんこつ」だと。そこからしてもうなんかズレてるじゃないですか。読んでてゾワゾワします。この本はぜひ取り憑かれてほしい1冊です。
コグマ 呉勝浩さんの『爆弾』も話題になりました。
アルパカ 『爆弾』もやっとここまできました。我が子のような気持ちです。本当にひとつ上の場所に到達した感じがあります。この「爆弾」っていうタイトルは僕が名付けたことになってるんですよ。
コグマ えっ、そうなんですか。
アルパカ タイトル案を編集者に相談されて、やっぱり直球で行った方がいいんじゃないですかって話したら、呉さんに伝わったらしくて、「じゃあ、そうしましょう」と決まったようです。ミステリアスな物語を進めていく手腕は、やはり際立っています。瀧羽麻子さんの『博士の長靴』もすごくいいです。瀧羽さんらしい清々しい語り。気象学者の主人公が歳をとって家族が変容していくっていう何十年ものファミリーストーリーです。移ろうのは時代だけじゃなくて、季節や天気、それから人の感情っていうものも変わっていく、育っていく、そのあたりについ自分の人生を投影してみたりとかして。それから長靴というタイトルに込められた仕掛けとかも、すごく見事な作品でした。これは瀧羽さんの代表作になると思います。
コグマ たくさんの作品をあげていただき、ありがとうございます。本屋大賞は書店員さん1人が3冊に投票するわけですが、現役書店員だったらどうしますか。
アルパカ 僕はその時々で変わるんですよ(笑)。翌日、いや1時間後には変わっているので、それを前提にしてということならば、今は瀧羽さんの『博士の長靴』。そして、彩瀬まるさんの『かんむり』にも一票入れます。彩瀬さんのいろいろと持っているものが結実した感じがあります。生きづらさはやはりありながらも、ひとつでも希望を見ようとする、すごく伝わるものってありましたね。もう一作は、早見さんの『八月の母』ですね。何も賞をもらってないのが不思議なぐらいなので投票したいです。
数多くあった舞台描く秀作。“世界”吸収した大正が甦る
コグマ 時代小説はどうでしょうか。
アルパカ 今村翔吾さんの『幸村を討て』は、個人的には『塞王の楯』より評価しています。『蹴れ、彦五郎』も良かったですね。これまで書き溜めてきた独立した短編を集めた作品なのですが、それぞれ高いクオリティー。今村さんがもう突き抜けているからだと思うのですが。
村木嵐さんの『阿茶』と伊東潤さんの『天下大乱』は一緒に読むといいです。村木さんの描く阿茶局は信仰へとつながっていく人間の精神が深掘りされていて発見がある。伊東さんはすごく歴史を勉強されているのが伝わってきて、関ヶ原にこういう舞台裏があったのかとハッとさせられました。
蝉谷めぐ実さんの『おんなの女房』も見事でしたね。歌舞伎の女形に嫁いだ娘の話なのですが、歌舞伎の演目が見えてくるようです。男と女の葛藤と芸の道の厳しさが凝縮されていて、とんでもない作者だと思いました。令和の時代小説はこの作家と共にあると思うくらい注目しています。
コグマ 舞台つながりで言えば岡本貴也さんの『竹本義太夫伝 ハル、色』もそうです。義太夫にこうしたドラマがあるとは驚きです。こんなに浄瑠璃が聴こえてくる人も、なかなかいないでしょう。
アルパカ まさにそうです。岡本さんは舞台やドラマも手がけられている影響か、描写力がすごくあるし、前例がないことをやり遂げる男の話にはドラマ性がある。
舞台ものでは、劇団ひとりさんの『浅草ルンタッタ』も読んでほしいですね。舞台の裏も表も知り尽くした作者だからこその、光と闇の描き方だったり、エンタメを極めることの意味だったり、小説の楽しみが詰まっています。
コグマ 浅草の魅力もそうなんですけれども、大正カルチャーの華やかさがすごく伝わってきて、日本って大正時代にはもう世界のカルチャーを吸収できる文化的な素地があったんだと確信できました。
文芸は廃れない。三年程度のコロナでは
――幻冬舎の作品を振り返っていただけますか。
コグマ やはり伊坂幸太郎さんの『マイクロスパイ・アンサンブル』を刊行できたことは大きかったです。
アルパカ 少し苦いけれどハッピーになれるお話で、やはりこのギスギスした空気が広がる今の時代だからこそ読んでほしいです。
コグマ 中山七里さんの『作家刑事毒島の嘲笑』は、主人公の刑事が容赦ない“口撃”で犯人を追い込むシリーズの最新作です。中山さんは多作で、毛色の違った作品を次々と刊行していますが、エンタメ性がすごい。クオリティーが高くて売れる作品を書き続けられる作家さんはなかなかいないですよ。
アルパカ 読者を飽きさせない。裏切らない。必ずファンを楽しませるっていうのは本当に貴重ですよね。
コグマ 今野敏さんの『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』もそうです。警察小説なのだけれども、父と娘の話や、組織の中でもがく人間だったり、読むと「あぁ、そうだよな」って心から思える。
アルパカ 月村了衛さんの『脱北航路』は作家の底力を感じました。隣の国は拉致問題を終わったことのようにして、ミサイルを連射している。この時代にこんな骨太の小説をきちんと書ける作家さんがいるっていうのは素晴らしい。
コグマ 月村さん、よくこんなに重いテーマをエンタメとして成り立たせるなと思いました。ちょっと奇跡だと感じています。
アルパカ 丸山正樹さんの『ウェルカム・ホーム!』は介護施設で働く人の話ですけれど、社会の矛盾も含めて面白おかしく描いて、元気が出るような話にしている。丸山さんがご自身の介護経験を踏まえ、本当にうまく書かれているなと思いました。
コグマ 丸山さんしか書けない話ですよね。こういう作品ってやっぱり信頼できるんですよ。唯一無二の世界を持ってる強さがあって、読者から信頼されている。
アルパカ 1970年から80年にかけての芸能界を丸ごと小説にした村山由佳さんの『星屑』もたまらない魅力があります。スターダムにのし上がっていく痛快さや、テレビ画面の向こう側で蠢いていた魑魅魍魎の世界を、うまく小説に描いている。
コグマ 私のような50代以上にはとりわけたまらない世界です。村山さんらしさが出てますよね。
アルパカ 宮内悠介さんの『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』も2022年1月刊の作品です。耽美ロマンのかっこよさがあります。実在した「パンの会」をここまでちゃんとした小説にするのは並大抵のことではない。宮内さんの一種オタク的な博識がこれを成立させたと思います。
コグマ 宮内さん、引き出しが広くて深い、と感じました。
最後に、まさきとしかさんの『レッドクローバー』も挙げさせてください。ヒ素を使った大量殺人というと、ある事件が思い浮かびますが、これは全く違う切り口です。事件に関係のあった少女と周りの人々の人生を克明に描き出します。舞台が北海道なんですが、灰色の重い雲が垂れ込め、湿った寒々しい風景が文章から伝わってきました。
――2023年に向けてのお言葉をいただければ。
アルパカ とにかく書店は面白いということを伝え続けていきたいですね。本屋さんという空間の中で、いろいろ選ぶことの楽しみ、喜びというのは必ずあるので、ぜひ本屋さんで体感してほしい。お客さんだけでなくて書店側も面白がり方を見つけてほしい。
コグマ 文芸って、源氏物語からだと千年以上、小説という現代の私たちの連想する様式の近代文学にしても百年以上の歴史がある。それがたかだか数年の出版不況や、ましてや3年程度のコロナ禍で終わるはずがない。一時的な売り上げ不振はあるかもしれないけれども、コンテンツ作りやストーリーの面白さに対するチャレンジは、これからもどんどん出てくる。コロナ禍を体験したことで強くなった部分も絶対にある。2023年にはそろそろ逆境をバネにした新しい何かが出てくるのではないでしょうか。
アルパカ たしかにそうですね、社会的には長いトンネルが続いて辛さが増している印象もありますが、内向きになったことで精神的には深まっている。すごく研ぎ澄まされてる感じもある。そういう中から作家が紡ぎ出してくる物語は、よりメッセージ性も深くなるだろうし豊かにもなるだろうし。楽しみですよね。
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