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キャラは自分で作る

2023.01.29 公開 ポスト

勝新太郎に殴られた泉谷しげる

撮影:倭田宏樹

「バカヤロー」キャラで74年やってきた泉谷しげるさんの新書『キャラは自分で作る―― どんな時代になっても生きるチカラを』より、泉谷さんの熱い「キャラ論」をお届けします!

憧れの勝新太郎の寂しげな顔

昭和の大スターって言うと、女なら美空ひばり。じゃあ男はって言うと、勝新太郎さんだな。

ちょうど1980年くらいだったかな。オレは倍賞美津子さんと一緒に仕事していて、仲良くしていたんだ。で、倍賞さんが、「勝さんが『影武者』を降ろされて落ち込んでいるから、なぐさめに行こうよ」って、オレを誘ったんだ。

『影武者』は、世界のクロサワ映画で、仲代達矢さんが主演したヤツ。初めは、主役は勝新太郎さんが演じるはずだったんだ。でも、勝さんと黒澤監督が大ゲンカしちまって、勝さんは降板になったんだな。

オレも勝さんに会ってみたかったから、倍賞さんと一緒に六本木のディスコへ行った。そしたら、勝さん、白いスーツに白いハットでキメてな、フロアで踊ってんだ。踊りは、たいしてうまくねえ。でもよ、カッコいいんだな。若いヤツに囲まれて、楽しそうにしてるんだ。

勝さんって、人を集めるチカラがすごいんだ。「なんか知らねえけど、オレの周りには若いヤツらが集まってくるんだ」って、自分でも言っている。人を引き寄せるオーラが、群を抜いてるんだ。

勝さんがダンスをやめてテーブルに戻ってきた。あいさつに行ったら、「おう 、よく来たな。まぁまぁまぁ、座れ」って。お、映画と同じじゃねえか。豪放磊落(ごうほうらいらく)で、カッコいい。オーラがすげえんだ。「これ、どう見たって、落ち込んでなんかいねえだろ」って思った。 でも、どこか寂しそうなんだな。時々、陰のある表情を見せるんだ。勝さんほどのスターでも、『影武者』の降板はやっぱりショックだったのかなって思ったんだ。

ディスコを出て、勝さんに連れられて中華料理店へ行った。メシ食いながら、いろんなことくっちゃべった。オレはガキの頃から勝さんが憧れで、映画はすべて見ていた。それを伝えたくて、「勝さんの映画は全部見させてもらってます」って言ったんだ。

そうしたら、勝さん、「そうか、そうか」って、うれしそう。でも、やっぱり、ちょっと寂しそう。その寂しそうな表情が色っぽくて、かわいいんだ。この表情に、女性はヤラれちまうんだなって。

オレが「作品の中でも、特に『座頭市』が好きです」って言ったら、勝さん、「じゃあ、一緒に見るか?」って。ああ、また、やっちまった。勝さんも自分の作品を見せたいクチだったんだ。もう、こうなれば見るしかないじゃねえか。朝まで帰れねえなって腹をくくって、「見させていただきます」って丁寧に答えたよ。 勝さんの事務所で、『座頭市』大会だぁ! オレは何回も見てっから、筋書きは全部頭ん中に入っている。だから、画面はテキトーに見て、勝さんを眺めてたんだ。

勝さん、楽しそうだった。でも、時々ふっと寂しそうな顔を浮かべるんだ。やっぱり、『影武者』の降板を相当引きずっているんじゃねえのか。だんだんオレの勘が正しいように思えてきてな。でも、降板はショックでしたかなんて、本人には聞けねえだろ。

勝新太郎に殴られた

いや、待てよ。もしオレが週刊誌の記者だったら、ここで聞かねえと失格だろ。勇気を振り絞って、なんとなく切り出したんだ。「勝さん、やっぱり、あの、あれですかね。『影武者』って映画の降板はかなり、残念でしたかね?」ってな。

そう聞いたら、「おう、黒澤な、ダメだ、アイツは」って始まった。「とにかく、黒澤はオレのセンスをまるでわかってねえ」って、まくしたてるんだ。一気にしゃべって、ふっと黙りこくる。それがまた寂しそうでな。

オレはこの際だと思ってよ、勝さんに生意気なことを言っちまった。

「勝さんが一瞬見せるその寂しそうな顔は、とってもかわいくて、素敵です。オレが言うのも生意気ですけど、その表情を演技に生かしたらいかがなものでしょう」ってな。

そしたら、いきなり殴られた。「テメエ、オレに向かって何言ってるんだ、バカヤロー」って。勝さん、本気で怒り出したんだ。

もう、こうなれば、攻めるしかねえだろ。「勝さん、あなたは気づいていないかもしれないけど、その表情、とってもかわいくて色っぽいんですよ。それを演技に出したら、また違った勝新太郎が見れる。オレにはわかるんです」と言い続けてな。

勝さんの怒りに、さらに油を注いじまった。顔を赤くして、本気で怒ってな。

「うるせぇな!」って怒鳴られ、また殴られた。勝さんに面と向かって演技にあれこれ言うヤツ、オレくらいだろ。あの頃は、怖いもの知らずだったな。『座頭市』の途中で、勝さんの事務所から帰ることになっちまった。

殴られたとこが痛くて、「ああ、いてぇ」って言いながら、とぼとぼと歩いてた。 そしたら倍賞さんが、「お前も愛されたね」って言うんだ。なんだか、じーんと来ちまってな。オレ、泣いたな。

それで、倍賞さんに「でも、勝さんが時折見せる寂しそうな表情って素敵だよな。あれを映画でも見たいんだ。美津子さんも、そう思わない?」って聞いたら、「そう思うよ」って。強いだけの人間には、惹かれねえ。弱さっていう隙が、人を惹きつけるんだ。特に、女心をな。

しばらくして、勝さんが『夫婦善哉 東男京女』という舞台を、奥さんの中村玉緒さんと一緒にやることになった。見に行ったら、舞台での勝さんの表情が、ものすごくかわいいんだ。これは、もしかするとオレの言ったことを少しは感じ取ってくれたんじゃねえのかって。そう、勝手に自慢してスマン。

関連書籍

泉谷しげる『キャラは自分で作る どんな時代になっても生きるチカラを』

二言目には「バカヤロー!」が口を衝く、「強烈にして無比」なキャラクターでやってきたミュージシャンも、74歳。本当は臆病で小心者だけど、孫悟空に憧れて、暴れん坊キャラで生き抜いてきた。根拠なき自信は強い。「バカヤロー」キャラは男の兵法。自信を持って臆病キャラに徹する。「悟れ」ではなく「悟るな」。こずるく図々しく生きて構わない。偽善で何が悪い。生きることが困難な時代だからこそ、「キャラで生き抜け!」と叱咤激励。

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