2021年の第18回ショパンコンクールで日本人歴代最高に並ぶ2位入賞を果たしたピアニスト・反田恭平。昨年『終止符のない人生』を上梓し、今最も注目を集める音楽家に一人である彼は、若くして海外に渡って研鑽を積んできた。起業家、経済学者、研究者と様々な顔を持つイェール大学助教・成田悠輔もまた海外を拠点に活躍している。なぜ彼らは日本を飛び出したのか?日本から世界的な音楽家や研究者が生まれるために必要なこととはいったい何なのか。異色の2人による対談をお届けする。
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なぜ音楽家は海外へ進出してしまうのか?
成田悠輔(以下、成田) 反田さんの本『終止符のない人生』を読ませていただきましたけど、事業としての音楽やファンとのコミュニケーションとしての音楽をすごく意識されているじゃないですか。
それはクラシック音楽が衰退しているという問題意識を持たれているからなんですか?
反田恭平(以下、反田) 演奏のレベルや伝統、文化的な部分が衰退していくとは思っていないんです。
ただ、演奏する側も聴く側も少なくなっていくという意味では海外との差がより大きくなってしまうんじゃないかなと思っています。
僕もそうですけど、海外に出て海外で学ぶことがこの世界のスタンダードになっています。
成田 日本で純粋培養された著名な演奏家はあまりいないんですか?
反田 なかなかいないですね。大半は海外に出ていきます。
成田 それは演奏そのものの技術を磨くために海外に行かないとダメなのか、それとも海外に出て認められた人じゃないと国内でも認められにくいのか。どちらの側面が大きいんですか?
反田 割合的には前者の方が大きいかもしれないです。日本で育ってそのまま日本で活躍する方はもちろんいらっしゃいますし、それでも生きていくことはできます。
けれど、やっぱり音楽家が最終的にいきつくところは作曲家がどういう思いをもって曲を書いていたのかというところです。
そういったものを学ぶためにはまずその国に行って、その国の人に学ぶことは大切です。日本人が盆踊りを流暢に踊れるように、海外の人はワルツやマズルカだったり民族的な音楽が体に染み付いている。そういったところから直に学んで経験値を積んでいくんです。
成田 素人目には楽器の演奏は盆踊りやオペラのようなものと比べると、言語や国の風土に依存しないんじゃないかなと思えてしまいますけど、実際には違うってことですよね。
反田 そうですね。例えばモーツァルトの曲は当然ドイツ語で書かれていて、それを基にして演出ができています。そうなってくるとやはり現地に行って言語を学ぶことが大事になってくるのは間違いありません。
もし海外から世界の有名な名教師と呼ばれる方々を日本に連れてきて、現地の言葉から学べる音楽専門学校をつくることができれば、日本でもいい音楽家が育つためのいい環境がつくれるんじゃないかなと考えています。
10年、20年、30年後になるかもしれないですけど、そういった学び舎を残していきたいと思っています。
日本は評価する仕組みをつくるのが苦手? 価値の再創造による可能性
成田 それから評価の仕組みについてはどう思われますか? 日本は音楽だけじゃなく、自分たちの国の中で何がいいのか、何がすごいのかを評価する仕組みをつくり出すことが苦手な気がするんです。
例えば、レストランでは最終的にはミシュランのような評価が大事になりますし、ファッションでもニューヨークやパリのコレクションに出ることが大事になる。
アーティストも世界的に認められるには海外に出て、村上隆や草間彌生のようになって逆輸入する形じゃないといけない。そういう例が至るところにあります。
反田 まさにそのとおりだと思います。音楽界も基本的には逆輸入です。
僕が日本で活動し始めた時はコンクールでの入賞歴がなかったこともあって色々と言われることもありましたけど、ショパンコンクールで入選した後は言われることも少なくなりました。
そういう意味ではやはり肩書きが必要なんだと感じることもありました。でも、成田さんは以前から肩書きじゃなくて実力主義であるべきだと話していましたよね。
成田 日本人はそういうものをつくり出せるポテンシャルはすごくあるんじゃないかという話は昔からしているんです。
例えば、禅とかわびさびみたいな言葉、あるいは人生観、価値観みたいなものは世界中に広まっています。京都とか奈良の街が持っている他にはない歴史と価値の仕組みも世界中の人が知っているように、一部の領域では独自のものをつくり出している。
わびさびというのは貧乏で何も価値のないように見えるもの、あるいは何もないということに無理やり価値を見出すという価値観の逆転をつくり出している。そういうことができている文化圏ってそんなに多くないと思うんです。
そう考えると、価値観の再創造みたいなものを積極的、戦略的にやっていくことの可能性はあるんじゃないかなと昔から思っているんですよね。それはクラシックに限らず、あらゆる領域で。
成田悠輔が海外へ出た理由とは?
反田 成田さんも海外で活躍されていますけど、そもそも海外へ出ようと思った理由はなんだったんですか?
成田 そんなに深い理由があるわけではないんですけど、反田さんが音楽について言われていたことと同じような問題があったかなと思います。
つまり、研究者の世界でも研究技術や能力を磨こうと思った時に国内だけですごく高いところまで到達できるかというと、ごくごく一部の分野を除けばすごく難しいと思います。
わかりやすいところでいえば、ノーベル賞を取るような研究者の中に海外で研究した期間がないという人はほとんどいない。数学とか理論物理の世界でまれにいるくらいという感じなので、行かざるを得ないという部分が一つ。
そしてもう一つは仕事とは関係なく、単純に違うところに行ってみるのもいいかなという好奇心です。
僕は東京生まれ東京育ちなんですけど、二十数年も生きてくるとこのまま同じようなサイクルをリピートして死んでいくのかなと思うことがありました。その2つの理由の組み合わせですかね。
今アメリカに12年くらい住んでいますが、それも飽きてきたのでまた違うところに行ってみたいと思っています。特にアジアや中東、アフリカのように変化の激しい場所に住んだことがないので、そういうところに住んだらどんなふうに体感するのか興味があります。
昨年末には電波の届かないペルーの奥地に行ってきました。水や電気もなく、川がお風呂代わりの場所でした。
そんなところに3日くらいいると、全てがスマホに繋がっていてSNSでガヤガヤやっているような世界は遠い彼方というか、どうでもいいなという気がしてくるじゃないですか。
だから、時々そうやってリセットして、これまで暮らしてきた世界の“どうでもよさ”みたいなものを体感するのがいいなと思っています。
ライター:石川遼
撮影:嶋本麻利沙
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※本記事は、Amazonオーディブル『反田恭平のLIFE without END』より、〈#1 ゲスト:経済学者・成田悠輔さん」〉の内容を一部抜粋、再構成したものです。
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終止符のない人生
「夢を叶えた瞬間からすべてが始まる」
日本人として51年ぶりのショパン国際ピアノコンクール2位の快挙、自身のレーベル設立、日本初“株式会社"オーケストラの結成、クラシック界のDX化。次代の革命家とも言われるピアニスト、反田恭平さんが7月に上梓した初エッセイ『終止符のない人生』では、それら数々の偉業の裏にあった意外な思いが赤裸々に描かれています。若き天才の素顔に迫るこの一冊より、一部を特別公開いたします。