デビュー以来、アイドルグループのメンバー、母と娘、女友達など、さまざまな女性同士の関係を描いてきた真下みことさん。最新作の『わたしの結び目』では、中学二年生の女の子二人の、いびつな友情を描きました。
友情が恋愛よりも軽んじられてしまうのはなぜか、という違和感が作品の出発点だという本作。冒頭の試し読みをお届けします。
プロローグ
クラスのみんなから無視されるのがどういうことなのか、きっとあなたにはわからない。
無視というのは単に、話しかけても何も返ってこないということじゃない。だったらこっちから話しかけなければいいだけで、苦しみなんてどこにもない。相手のことを、言葉を持たない、ただの人形だと思えばいいのだから。
あなたにもあるでしょう。小さい頃、メルちゃん人形のような赤ちゃんを模したモノに執拗に話しかけて、求められてもいないお世話をしてあげた思い出が。だけど私達は学ぶ生き物だから、だんだんとわかってくる。人形なんてただのモノで、こちらの話しかけた言葉も聞いていないし、お世話なんて求めていないということが。それに気づくのは大体、小学生になる頃で、それから私達は人形ではなく人を相手にして、ごっこ遊びを始める。
クラスメイトなんて自分以外は、メルちゃん人形みたいな人間の形を模したモノで、感情なんてない。だから私の言葉なんて通じなくて当然で、飽きたら埃をかぶる前に捨ててしまえばいい。
そう思えたらきっと、ずっと楽だった。
教科書にされた落書きも、ゴミ箱に入れられた筆箱も、何か人間ではない、感情のないモノの仕業だったらよかった。
大人達の想定するいじめって結局、我慢すれば過ぎていく一過性の台風のようなものなのだろう。少し耐えれば、ちょっと言い返せば、対話を目指せばすぐに解決する、空気抵抗を無視する理科のテスト問題みたいな、理論上のいじめ。
あまりにも生ぬるい。その能天気さが、本当のいじめを想像する必要のない人生が、心の底から羨ましい。
私を近くで見ていればわかるはずだ。このクラスで何が起こっているのか。
無視というのはこちらが話しかけて始まるものじゃない。
ラーメンの汁を放っておくと水と油に分かれ、さらに置いておくと油が白く固まるのによく似ている。あるときからあの子達は、私が教室にいるとわかりやすく困惑の表情を浮かべるようになった。
「あの子、なんでいるの?」
その言葉や表情に悪意はなく、あるのは心の底からの困惑だけだ。眉毛は怒っているときのように吊り上がるのではなく八の字に下がり、まるでこちらが悪者かのように怯えてみせる。攻撃より何より私に一番効いたのはこの困惑で、私の様子からそれに気づいたあの子達は、ここ最近ずっと困惑し続けていた。
授業があるときはまだいい。あの子達の困惑なんかよりも、教師の存在感の方が強いから。だけど昼休みになると私は途端に教室にいることを許されなくなり、薄暗くて湿った北階段の一番上、入口が塞がれた屋上前の扉で過ごすようになった。
そんなの、わざわざ書かなくても知ってるか。
だってずっと、あなたは私のそばにいたのだから。私が辛いときも、悲しいときも、悔しいときも、一番近くで、私を励ましてくれていた。
だけど、私は気づいてしまった。なんでこんなことになったのか、あの子達は私の何が嫌でこんなことを始めたのか。誰があの子達を焚き付けたのか。
本当はもう、わかってるんでしょう?
全部、あんたのせいだから。