「名前が出てこない」「昨日の夕飯は何だったっけ」「また同じ本を買ってしまった」……。年をとると、とたんに増えてくる「もの忘れ」の悩み。しかし、高齢者医療の第一人者・鎌田實さんは「人生の8割は忘れていいこと」だと言います。そんな鎌田さんが説く、面倒なことは忘れて、好きなことだけで生きるヒントがつまった『60歳からの「忘れる力」』より、心がスーッとラクになるメッセージをお届けします。
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一人になる勇気を持とう
一人でいることに耐えられず、常に人とつながりたがる人がいます。しかし、うわべの付き合いで心は満たされず、集団のなかにいるとかえって「孤独」を感じます。そして、その孤独を埋めようとして、もっともっと人とつるみたがるのです。
けれど、ひとたび「一人でいい」という覚悟をすると、この悪循環を断つことができます。
一人の時間に自分自身を見つめ直すことで、自分の価値観がはっきりしてきます。「これでいいのだ」という自己肯定感も高まるでしょう。人に染まらない自分流の考え方をもてるようになり、生き方がユニークになっていくかもしれません。
かつて対談した脚本家の橋田壽賀子さんは、「友だちはいらない」と語っていました。夫に先立たれてから一人暮らしでしたが、孤立はしていませんでした。行きつけのレストランのシェフや、スポーツジムのトレーナー、仕事関係の人など、さまざまな人たちとの付き合いを続けていたようです。
心の中をさらけだすような濃厚な人間関係ではなく、ほどよい距離感のゆるやかな関係があること。それが人間を成熟させ、老いを生きるうえでの大事なセーフティネットにもなるのです。
歳をとって大切なのは、キョウイク(今日行くところ)と、キョウヨウ(今日の用事)です。一人暮らしでも、行きつけのお店の店員さんと挨拶を交わしたり、犬の散歩をしながら通学路の子どもたちを見守るなど、社会と接点があることが大事なのです。
「夫婦水入らず」にこだわらない
長年、別居を続けている夫婦がいます。決して仲が悪いわけではありません。子どもが大学進学を機に家を出ていってから、夫、妻ともに部屋を借りて、それぞれの仕事をしながら自由に生活しています。
決まりごとは、一日の終わりに電話をすることだけ。とりたてて話すことがなければ、「変わったことない?」「うん、じゃあね」で終わることも多いそうです。
直接会って話すのは、どちらかが体調を崩したときくらい。ふだんはお互いに自由に暮らしながら、いざというときは助け合う。こういう夫婦の関係もいいなと思いました。
長年連れ添ったパートナー同士でも、それぞれ一人でいる力を鍛える必要があります。そのための極意は3つあります。
1つめは、相手の領域に踏み込みすぎないこと。どんなに親しい人が相手でも、敬意をもって、距離感を保つことです。
2つめは、他人と比べないこと。他人と比べるからこそ、他人をうらやんだり、ねたんだりする感情が生まれます。他人より劣っている自分、他人より恵まれていない自分を哀れみ、さびしさにとらわれてしまうこともあるでしょう。
3つめは、とにかく一人の時間をもち、一人でやってみるということです。
それまで妻に食事をまかせきりだったある男性が料理に興味をもち、週2回ほど料理をつくるようになったと聞きました。その男性がいずれ一人になったときにも生き続けるためのウォーミングアップになると思います。
同時に、妻は週2回、夫の食事づくりから解放されます。妻は友だちとランチに行ったり、趣味に没頭したり、自由にできる時間が増えていきます。それも、妻が一人になったときのためのウォーミングアップになるでしょう。
物理的にだれかと一緒にいなくても、精神的に自立していれば、自分の時間を楽しみ、自分の考えで判断して決定していくことができます。ぼくはそれを「ソロ立ち」と名づけました。
子どもの独立、定年退職などで、夫婦が顔を合わせる時間が長くなる60代。長い高齢期を充実したものにするためにも、お互いにソロ立ちを始めるいいタイミングかもしれません。一度きりの人生を後悔しないためにも、ちょうどいい距離感を探していきたいものです。
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60歳からの「忘れる力」
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