現役の大学病院教授が書いた、教授選奮闘物語『白い巨塔が真っ黒だった件』。”ほぼほぼ実話”のリアリティに、興奮の声は大きくなる一方…!
第3章「燃えさかる悪意」も公開!第3章 全6回でお届けします。
* * *
それから四年後、今度はぼくの番がまわってくるのである。
「T大学のI先生が来年で定年退職となる。大塚くん、教授選に出てみないか」
と谷口教授に声をかけられ、ついに教授選に出ることとなった。
真っ黒でドロドロした野心がうごめく世界。
かつて鬱に追い込まれ、谷口のもとで見事回復したぼくは、あのとき以上の苦しみはもうないだろうと考えていた。万が一同じような状況が訪れても、うまく乗り切ることができる。そんな自信さえあった。
しかし現実は違った。あのときとはまた違う苦しみを、その後何年も味わうことになる。ぜひみなさんにも、真っ黒な白い巨塔の世界を知ってもらいたい。 火のないところにも、煙はしっかり立つ。苦しくも熱くもない煙のような噂話が充満し、それがジワジワと酸素を奪っていく。
──ああ、これが白い巨塔か。
気がつけばぼくは、燃えさかる悪意の中に一人ポツンと取り残されていた。
●
「大塚先生、変な噂が流れていますよ」
書類選考が無事に通り、いよいよ翌週にプレゼンを控えた週末、ぼくのもとに連絡が入った。
「変な噂って何でしょうか?」
「大塚先生は性格が悪いと言いふらされているようです」
「はい?」
ぼくは思わず聞き返した。あまりにも突拍子もないこの噂話を理解するまでに、少し時間がかかった。 教授選に応募したぼくには、黒い洗礼が待ち受けていたのである。
電話をくれたのは、S大学でかつてお世話になった蒲田寛(かまたひろし)教授。蒲田はぼくがS大学を卒業後に、T大学の教授として働いていた。ヘッドハンティングだったらしい。 すでに六十歳を超え、定年が近くなった蒲田はぼくがT大学の教授選に出ているのを知り、わざわざ電話をくれたのだ。それにしても「大塚は性格が悪い」という噂は滑稽だった。
──小学生の悪口のようなこと、誰が真に受けるんだ。
ぼくはそう思った。そもそも性格の良し悪しは個人の主観によるところが大きい。
相性だって大いに影響する。具体性のないふわふわした要因を教授選に持ち出すのは、はなからおかしい。
「大塚くんはとても性格が良い」
かつて単身赴任の官舎で一緒に鍋を囲んだこともある蒲田は、笑いながら親しみを込めて「大塚くん」と言った。蒲田はS大学にいたときから、優しくて穏やかで面倒見の良い教授であった。
「大丈夫だと思いますが、あまりにも噂が先行している気がします。大塚先生と少しでも話せばお人柄はちゃんと伝わると思うんですが……」
「教えていただき、ありがとうございました」
心配そうな恩師の声が、電話を切った後も耳に残った。
錯覚だろうか、ぼくの周りを黒い煙が取り巻いている。しかし、苦しくもないし、熱くもない。大丈夫だと、言い聞かせるように首を振った。
教授選の投票日、ぼくは自宅にいた。アメリカで開催された国際学会から帰ってきたばかりだった。
結果の通知方法は聞いていない。しかし、ぼくが経験した谷口の教授選と同じであれば、電話がかかってくるはずだった。いや、待てよ。自分の携帯の番号を履歴書に書いただろうか。いったいどんなふうに電話がかかってくるのだろう。ぼくはそわそわと落ち着かず、リビングを歩き回り、ときにソファに座ったり立ったりを繰り返した。
結局その日、携帯電話が鳴ることはなかった。
翌日、一枚の紙切れとともに、書類選考に出した論文のコピーや履歴書が返送されてきた。
「このたびはご意向に添えず────」
ぼくの初めての教授選は、こうして幕を閉じたのだった。
(つづく)
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白い巨塔が真っ黒だった件
実績よりも派閥が重要? SNSをやる医師は嫌われる?
教授選に参戦して初めて知った、大学病院のカオスな裏側。
悪意の炎の中で確かに感じる、顔の見えない古参の教授陣の思惑。
最先端であるべき場所で繰り返される、時代遅れの計謀、嫉妬、脚の引っ張り合い……。
「医局というチームで大きな仕事がしたい。そして患者さんに希望を」――その一心で、教授になろうと決めた皮膚科医が、“白い巨塔”の悪意に翻弄されながらも、純粋な医療への情熱を捨てず、教授選に立ち向かう!
ーー現役大学病院教授が、医局の裏側を赤裸々に書いた、“ほぼほぼ実話!? ”の教授選奮闘物語。
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