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キリスト教の100聖人

2024.07.16 公開 ポスト

アガタ 処女を守るため乳房を切り落とされた殉教者島田裕巳(作家、宗教学者)

キリスト教の「聖人」たちを8つのパートに分けて列伝化した幻冬舎新書『キリスト教の100聖人』。歴史だけでなく教義や宗派の秘密まで教えてくれるこの画期的な一冊から、一部を抜粋してお届けします。

※拷問の具体的な描写があります

キリスト教の聖職者が生涯独身を守る根拠

聖人は、その生前のあり方にもとづいて、さまざまな事柄を守護する役割を与えられている。これは、日本で、たとえばおおくにぬしのみことえんむすびの神とされるのと共通する。

セシリアの場合には、音楽や音楽家を守護する聖人とされている。それも彼女が結婚を強いられ、結婚式の際に、こころのなかで神にむかって歌っていたからだという。そのため、セシリアの姿が描かれるとき、彼女はヴィオラやオルガンを演奏している。フランスの著名なヴァイオリン製作者のジャン=バティスト・ヴィヨームは、自らが製作した楽器にセシリアの名を刻印している。また、彼女に捧げられた楽曲も多い。

グエルチーノ画「聖セシリア」(Guercino, Public domain, via Wikimedia Commons)

もう一つ、彼女の殉教の特徴は、処女のままだったことである。聖母マリアは、処女のままイエスを宿したわけで、イエスも、福音書の記述を見る限り、結婚してもいなければ、女性と交わったこともない。

ただ、イエスは独身を勧めたわけではない。

独身でいることの価値を主張したのがパウロで、〈コリント一〉では、「わたしとしては、皆がわたしのように独りでいてほしい」と述べている。創世記では、生き物を創造した神は、「産めよ、増えよ、海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ」と命じており、独身を勧めることは神の命令に背くことになる。だがパウロは、未婚者とやもめに対して独身を勧め、「自分を抑制できなければ結婚しなさい」と述べている。

結婚は、好ましいこととはされておらず、これが、キリスト教の聖職者が生涯独身を守る根拠にもなっている。

 

セシリアは処女の誓いを立てていた。ところが、貴族であった彼女の両親は、ヴァレリアヌスというキリスト教の信者ではない貴族と婚約させた。セシリアは初夜を拒み、相手をキリスト教に改宗させた。それで処女を守ったのである。

ヴァレリアヌスの兄弟ティブルティウスも改宗し、二人は、殉教者の遺体を引き取り、埋葬することを行っていたため、アレクサンデル・セウェルス帝の治世下に逮捕され、死刑に処せられた

セシリアも同時に処刑されるが、その際に剣で3回打たれたものの、3日間生き続けたという伝説が残されている。それは230年頃のこととされるが、一方で、マルクス・アウレリウス帝の時代、176年から180年の間に殉教したという説もある。

アガタ 乳房を切り落とされた15歳の少女

セシリアのことは、聖人伝の代表である『黄金伝説』に記されており、アガタの場合にも同様である。そのためか、この二人の女性が殉教に至るまでの過程には似たところがある。アガタも処女の誓いを立て、そのために迫害され、拷問を受けるのだが、乳房を切り落とされるという残虐な扱いを受ける。

しかも、そうした伝説があるため、アガタが描かれるとき、乳房が切り取られているだけではなく、彼女自身が切り取られた乳房を皿に乗せて持っている姿をとる。スペインの画家、フランシスコ・デ・スルバランの絵がその代表だが、美しく描かれたアガタは首をかしげていて、とても自らの乳房を皿に乗せているようには見えない。

フランシスコ・デ・スルバラン画「聖アガタ」(Francisco de Zurbarán, Public domain, via Wikimedia Commons)

アガタはイタリアのシチリアの出身で、シチリアのアガタと呼ばれるが、そこには、「聖アガタの胸」、ないしは「処女の胸」という菓子があり、毎年2月の最初の5日間に行われるアガタの祭の際に作られる。それは、乳房のような形のスポンジケーキを白くアイシングし、砂糖漬けのチェリーを乗せたものである。

 

15歳のアガタは、裕福で高貴な家の生まれだったが、好色なローマの長官クインチアノに見初められ、結婚を迫られた。ところが、彼女がそれを拒んだため、長官は彼女を堕落させようとばいしゆん宿やどに送り込む。しかし、彼女の意志がけんであったため、この試みは失敗に終わってしまう。

そこでクインチアノは、彼女と議論し、脅迫した後、投獄して拷問した。彼女のからだは拷問台の上に縛りつけられ、松明たいまつの火であぶられたのだが、彼女は喜びの表情を浮かべたままだった。殉教することがエクスタシーに結びついたのだ。

業をにやしたクインチアノによって乳房を切り取られたのは、そのときである。

 

最後火あぶりの刑に処せられることになったものの、地震が起こり、刑を免れる。しかし、250年頃に獄中で亡くなったと伝えられている。獄中にあったとき、彼女の前にペトロが現れ、胸を元どおりにしたという伝説もある。このため、アガタは乳癌患者の守護聖人になっているが、乳房の形から、鐘の製作者、あるいはパン職人の守護聖人にもなっている。

*   *   *

続きは幻冬舎新書『キリスト教の100聖人 人名でわかる歴史と教え』でお楽しみください。

関連書籍

島田裕巳『キリスト教の100聖人 人名でわかる歴史と教え』

宗教では聖人と呼ばれ崇められる人物がいる。キリスト教の信仰世界では、〈神と神の子イエス〉はその絶対性ゆえに一般の信者からは遠い存在であるため、両者の間で、信者の悩みや問題を解決する存在として聖者が浮上する。本書では、聖者たちを、イエスの家族と関係者、12人の弟子、福音書の作者、殉教者、布教や拡大に尽力した者、有力な神学者や修道士、宗教改革者など8つのパートに分けて列伝化した。数多の聞き覚えのある名前を手がかりに、歴史だけでなく教義や宗派の秘密まで教えてくれる画期的な一冊。

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キリスト教の100聖人

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島田裕巳 作家、宗教学者

1953年東京都生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。主な著作に『日本の10大新宗教』『平成宗教20年史』『葬式は、要らない』『戒名は、自分で決める』『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』『靖国神社』『八紘一宇』『もう親を捨てるしかない』『葬式格差』『二十二社』(すべて幻冬舎新書)、『世界はこのままイスラーム化するのか』(中田考氏との共著、幻冬舎新書)等がある。

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