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分断を乗り越えるためのイスラム入門

2024.08.06 公開 ポスト

「利子」を取ってはいけないムスリムたちはどう商売しているのか?内藤正典

1400年前に誕生し、いまだに「生きる知恵の体系」として力を持つ宗教・イスラム。世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代の、必須教養としてのイスラムをまとめた幻冬舎新書『分断を乗り越えるためのイスラム入門』より、一部を抜粋してお届けします。

金儲けは善行だが、「利子」を取ってはいけない

もう1つの欲望、金銭欲についてはどうでしょう。

商売でお金を儲けることは当然の行為です。ムハンマド自身が商人でしたから、コーランやハディースには商取引についての言及がたくさんあります。極端なことを言えば、イスラムというのは商人の宗教として広がったと思えるくらいです。

イスラムには、商売そのものが善か悪かという感覚はありません。そのうえで、公正な取引、弱者(貧しい人)を思いやる商売をすると、善行として神の報奨が得られるとしています。逆に不正な取引は、神の罰を受けると何度も警告しています。

利子(リバー)を取ってはいけないというルールはよく知られています。商取引は等価交換でなければならないからです。ハディースには、貨幣同士を交換する場合でも、商品を交換する場合でも、「目の前」で等量・等質で行わないとリバーになるからダメだという話が出てきます。

 

不確かな取引や先物取引は禁じられます。これは、将来の不確定な価値を金銭で取引することが等価交換の原則に反し、リバーを生む原因となるからです。

食料(穀物)を買った者はそれを実際に入手するまで、さらに実際に計量して量を確定する前に転売してはならないとしています(『サヒーフ ムスリム』第2巻576ページ)。

つまり、リバー(利子あるいは高利)、不確実な取引、投機的な取引を禁じているのが原則的な考え方です。

 

商品が天災などで得られなかった場合には、損をした買い手には喜捨をして、それでも足りなかったら、あきらめろという規定もあります。借金をして返せなくなった人には、返済を猶予してやることで最後の審判のときに神から褒美がもらえるとされています。

つまり、投資は可能なのですが、損も得も引き受けることが前提になります。何に投資しているのかが、投資家に見えていることも重要なポイントです。

 

これらのルールから見えてくるのは、一言で言えば、商売はいくらしてもいい、ただし、公正(フェア)な取引をしなさいということです。

そして、利益を得るということもアッラーの意志、損をするのもアッラーの意志です。自分の才覚で儲けたなどというのは、イスラム的にはダメなのです。その代わり、損をしても、その責任をすべて自分がかぶる必要もないということです。

そこで重要視されるのは、儲けの一部を「喜捨」として差し出すことです。これは、善意ではなく義務です。

これを差し出さないケチな人は地獄で大変な目にあうことになります。アッラーから財産を与えられながら喜捨をしない者には、最後の審判の日にその財産が2つのこぶをもつ毒蛇になり、首に巻きつき鋭い顎で噛 みつく、金銀財宝が地獄の業火で真っ赤に焼けて、脇腹や背中に焼き印となって押されることになる……いずれもハディースに出てくる話です。

金融商品がイスラム法適格であるかを審査する委員会がある

現在の世界で流通している金融商品のなかにはイスラムには合わないものが多数あります。株式は、その企業に投資をすると同時に、いわば企業の持ち主になることですから、当然、損も得も分け合うという意味では禁じられません。

しかし、株は株式市場で売買され、価格が上がったり下がったりします。企業の収益や価値と株価は必ずしも連動しません。そうなると、イスラム的には問題だということになります。

まして、機関投資家が、投機的に売ったり、買ったりすることで、株価を下げたり上げたりするのは、イスラム的に不正な行為になります。ムスリムでなくても、博打性の高い取引は不公正なものだと思いますが……。

投資信託になると、投資家は何に投資しているのかが見えなくなります。証券会社や銀行が売る投資信託を買っても、その中身、つまり投資したお金をファンド会社がどこにどうやって投資しているのかは、通常、投資家には見えません。

金融工学を駆使してつくられたデリバティブ(金融派生商品)では、イスラム的に禁じられている(ハラーム)ものが多くなります。先物取引と利子と不確実な取引が組み合わさったような商品は、投資家にとってブラックボックスになっているからです。

イスラムは博打を禁じています。現代の金融商品とその取引というのは、基本的に博打だと私には見えます。博打性の高い商品(金融用語で言うリスクの高い商品)から博打性の低い(リスクの低い)商品が並んでいるだけで、博打は博打です。

 

日本で言われるように、投資は自己責任でやればいいじゃないか、と思われるかもしれません。投資する側についてはその通りですが、問題なのは、金融商品がイスラム的に禁じられたものである場合です。

イスラム圏の国では、金融商品がシャリーア(イスラム法)適格であるかどうかを審査する委員会がありますので、それにパスしていれば問題はありません。そういう金融商品や取引をイスラム金融と言います。

 

ムスリムがイスラム金融に従わない商品に手を出さないかと言えば、出します。現実には、ムスリムが東京市場やニューヨーク市場でさまざまな金融商品を売買することもあります。

仮想通貨もそうで、ムスリムも市場に参加していますが、通貨そのものさえ目に見えない上に、価値が上がったり、暴落したりするわけですからイスラム的にはハラーム(禁じられている)とされます。

 

個々のムスリムが、経済活動において、いちいちイスラム的に正しいか、つまりシャリーアに適合するかどうかを基準にしているのか、という質問をよく受けます。

商売、つまり何らかの品物(目に見えるもの)を売り買いすることは、不当に高い価格で売りつけたり、低い価格で買いたたいたりしなければ、何の問題もありません。

 

複雑なのは金融取引です。「利子」は禁止だというのですから、たとえば、お金を銀行に預けただけで金利が付くのは不可となります。

しかし、ある事業に共同で参加して、そこから上がる収益を預金者に分配するなら可とされます。なんだ、同じじゃないかと思うかもしれませんが、損をした場合には、損害額も分配されますので、元本保証はありません。そこは、私たちが知っている銀行預金と違う点です。

イスラム法適格に債券を発行するには

企業が資金を集めるとき、株式を発行するか、債券を発行するかという2つのやり方があります。債券というのは、たとえば国債も同じことですが、買ってくれた人に利子にあたるクーポンを定期的に支払い、満期になったら額面の金額を返すものです。

100万円の会社の債券(社債)を10年後に100万円で返すと言ったら、誰も買ってくれません。だからクーポンを付けるのですが、これがイスラムでは利子にあたるので禁止されます。

そこで、複雑なやり方をします。以下に1つ例を挙げましょう。

 

イスラム金融機関に(事実上の)債券を買ってもらう場合の話です。

資金を必要とするA社があるとします。A社は不動産を用意して、第三の会社(SPC:証券を発行するための特別目的会社)をつくります。このSPCがイスラムに従った債券(これをスクークと言います)を発行し、イスラム金融機関に買ってもらって資金を集め、そのお金でA社から不動産を買い取ります。資金を必要とするA社は、ここでSPCから資金を得たことになります。

SPCは、この不動産を運用してイスラム金融機関に、一定期間、賃貸料(これが債券のクーポン、私たちにとっては利子)を支払います。最後に、A社が不動産を買い戻し、それを原資として、SPCがイスラム金融機関に額面金額(元本)を返すのです。このやり方は、賃貸借契約(イジャーラ)に基づいているので、イスラム的に合格ということになります。

非ムスリムから見ると、なんてばかばかしく複雑なことをするのかと思いますが、「利子」「不確実」「投機」を避けるには仕方ないのです。あいだに不動産という「実物」をはさむことによって、お金が独り歩きして増えるのではないということにするのです。

関連書籍

内藤正典『分断を乗り越えるためのイスラム入門』

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分断を乗り越えるためのイスラム入門

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内藤正典

1956年東京都生まれ。同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。一橋大学名誉教授。東京大学教養学部教養学科科学史・科学哲学分科卒業。同大学院理学系研究科地理学専門課程(博士課程)中退。博士(社会学)。専門は多文化共生論、現代イスラム地域研究。『トルコから世界を見る』(ちくまQブックス)、『なぜ、イスラームと衝突し続けるのか』(明石書店)、『イスラームからヨーロッパをみる』(岩波新書)、『となりのイスラム』(ミシマ社)ほか著書多数。

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