1. Home
  2. 社会・教養
  3. あなたの中の異常心理
  4. つい手が伸びてしまう…「過食症」と「万引...

あなたの中の異常心理

2024.08.14 公開 ポスト

つい手が伸びてしまう…「過食症」と「万引き」の意外な共通点岡田尊司

完璧主義、依存、頑固、コンプレックスが強い。どんな人にも、こうした性質はあるものです。しかし、それが「異常心理」へとつながる第一歩だとしたら……? 精神科医・岡田尊司さんの『あなたの中の異常心理』は、私たちの心の中にひそむ「異常心理」を解き明かす一冊。何かとストレスの多い今、自分の心をうまくコントロールするためにも読んでおきたい本書から、一部をご紹介します。

万引き常習犯は「盗る」ために盗っている

もっとも身近な犯罪行為である万引きと、過食症という食べることへの依存症は、まったく別の行動のようでいて、大きな共通項がある。それは、どちらも幼い頃に愛情不足を味わった人にみられやすいということである。ことに、若い女性では、両者が併存することも少なくない。

有名なハリウッド女優や社会的な地位のある人物が、わずかな金額の品物を万引きして、ニュースになるということが、ときどきあるが、彼らが物やお金に不自由して、万引きをしているのではないことは明らかだ。なぜ、自分の名声や社会的地位を危うくしてまで、千円か2千円のものをポケットに入れねばならないのかということは、多くの人が疑問に思うことだろう。

有名人でなくても、万引きを常習的に行う人の場合、お金や物がなくて、切羽詰まって万引きしている人は少数派である。家に帰ったら、万引きした同じような品々が、置き場がないほどに溢れかえっているというケースもある。盗んできたマンガの本が、読みもせずに山積みされているという場合もある。

必要を満たすために盗るのではなく、盗るために盗っていると言った方が近いのである。経済的な利得よりも、心理的な利得の方がはるかに大きいのである。それゆえ、捕まってしまえば割に合わないどころか、社会的制裁を受けることによってはるかに大きな経済的損失を生じてしまうとわかっていても、つい手が伸びてしまうのである。そこで優先されているのは心理的な満足であり、快感なのである。

 

それはちょうど、過食症の人の行為とよく似ている。過食症の人は、栄養が不足して、足りない栄養を満たすために過食に耽っているわけではない。

栄養的には、あり余っているとも言えるだろう。実際、過食症の人では、せっかく胃袋に入れても、食べた後ですべて吐いてしまうことも多い。その行為は体の必要を満たすためではなく、食べるために食べているのである。その行為自体が目的化している、つまり自己目的化という点が、常習的な万引きとよく似ている。

万引きと過食が「快感」を生む

それにしても、盗るために盗ったり、食べるために食べたりするのは、いったい何のためなのだろうかという疑問が次に湧き起こるだろう。

それに対する答えの一つは、それらの行為には、どちらも強烈な快感を伴っているということである。万引きをして品物をポケットに入れたり、自分のカバンに入れたりするとき、ハラハラドキドキする気持ちと同時に、何とも言えない快楽を感じているのである。過食するときの快感も似ている。

過食してしまいそうだという危惧の念の一方で、過食するということは、過食症の人にとって、ある種のお祭り騒ぎか、背徳的なパーティのように魅力的な行為なのである。実際、過食症の過食行為は、専門用語で、「ビンジ・イーティング(binge eating)」(ヤケ食い)というが、その原意は、食い放題のどんちゃん騒ぎということである。

過食症の女性は、過食に対して、罪の意識と同時に、強い誘惑を感じる。過食行為には、性行為に溺れることと同じような本能的な快感があるからである。

 

しかし、あり余っているものを盗ったり、食べる必要もない物を食べたりすることは、健康な心のバランスをもつ人には快感となり得ないだろう。それゆえ、多くの人は、捕まるという危険や健康を害するという危険を冒してまで万引きをしたり、過食したりすることはしない。

ところが、窃盗癖や過食症の人では、その快感が強烈であり続けるため、デメリットを考えれば明らかに不利益だとわかっていても止められないのである。

 

なぜ、そんなことが起きてしまうのだろうか。

 

それに対する答えは、この2つの一見無関係な状態の根底に潜んでいる本質的な問題と関係している。それは、この項の最初に述べた経験的な事実、窃盗癖も過食症も幼い頃に愛情不足を味わった人にみられやすいという事実とも関係している。

つまり、これらの状態は、幼い頃に刻まれた根本的な欠落や、それに対する飢餓感が存在していて、それを過剰なまでに代償しようとする衝動に駆り立てられているということである。物をむさぼること、食べ物を貪ることは、愛情を貪ることの代替行為なのである。

実際、こうした行為を改善させるうえでは、十分な愛情と関心が与えられることが鍵を握る。いくらその行為だけを問題視して改善しようとしても、徒労に終わるだけである。飢餓感があるから貪ろうとするのである。貪る行為だけをいくら止めさせようとしても、無駄なのである。

*   *   *

この続きは幻冬舎新書『あなたの中の異常心理』でお楽しみください。

関連書籍

岡田尊司『あなたの中の異常心理』

誰もが心にとらわれや不可解な衝動を抱えている。そして正常と異常の差は紙一重でしかない――。精神科医で横溝賞作家でもある著者が、正常と異常の境目に焦点をあて、現代人の心の闇を解き明かす。完璧主義、依存、頑固、コンプレックスが強いといった身近な性向にも、異常心理に陥る落とし穴が。精神的破綻やトラブルから身を守り、ストレス社会をうまく乗り切るにはどうすればいいのか。現代人必読の異常心理入門。

岡田尊司『「愛着障害」なのに「発達障害」と診断される人たち』

「発達障害」と診断されるケースが急増している。一方で「発達障害」や「グレーゾーン」と診断されながら、実際は「愛着障害」であるケースが数多く見過ごされている。根本的な手当てがなされないため、症状をこじらせることも少なくない。なぜ「愛着障害」なのに「発達障害」と間違えられるのか? 本当に必要な対処とは何か? 豊富な事例とともに「発達障害」と誤診されやすい人たちの可能性を開花させるための方法も解説。「発達障害」の急増が意味する真のメッセージを明らかにする“衝撃と希望”の書。 ※本書は2012年に刊行された『発達障害と呼ばないで』のデータや内容を最新のものにアップデートするとともに、大幅に加筆修正を行ったものである。

岡田尊司『自閉スペクトラム症 「発達障害」最新の理解と治療革命』

自閉スペクトラム症(ASD)とは、これまで自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー症候群などと呼ばれていたものを二〇一三年に一つにまとめて名称。人とのやりとりが苦手、音やにおいなどに敏感、自分のやり方やルールにこだわりすぎる……つまり、自分がなじんだもの以外を受け入れにくい特性のため、生活に支障が出る状態をいう。学校や職場での不適応だけでなく、DVや虐待など家庭でのトラブルの要因にもなりやすい。そこで本書では、最新の知識・理解から、奇跡を起こす治療法、うまくいく対応のヒントやコツまですべて解説。

岡田尊司『社交不安障害 理解と改善のためのプログラム』

人前で話すのが苦手、緊張して上がってしまう、自然に人付き合いができず、社交をつい避けてしまうという状態は「社交不安障害」と呼ばれる。もっとも頻度の高い精神的な困りごとの一つで、有病率は一割を超える。やっかいなのは、社交不安障害にともなう自信低下を生まれつきの性格だと思い込み、諦めてしまうこと。しかし、自分を縛る不安の正体を知って、有効なトレーニングを積めば、改善は十分可能だ。実際にカウンセリングセンターで使われるプログラムを紹介しながら、克服の方法を実践解説。考え方一つで、人生は大きく変わる!

岡田尊司『過敏で傷つきやすい人たち』

決して少数派ではない「敏感すぎる(HSP)」人。実は「大きな音や騒々しい場所が苦手」「話し声がすると集中できない」「人から言われる言葉に傷つきやすい」「頭痛や下痢になりやすい」などは、単なる性格や体質の問題ではないのだ。この傾向は生きづらさを生むだけでなく、人付き合いや会社勤めを困難にすることも。最新研究が示す過敏性の正体とは? 豊富な臨床的知見と具体的事例を通して、HSPの真実と克服法を解き明かす。過敏な人が、幸福で充実した人生を送るためのヒントを満載。

{ この記事をシェアする }

あなたの中の異常心理

完璧主義、依存、頑固、コンプレックスが強い。どんな人にも、こうした性質はあるものです。しかし、それが「異常心理」へとつながる第一歩だとしたら……? 精神科医・岡田尊司さんの『あなたの中の異常心理』は、私たちの心の中にひそむ「異常心理」を解き明かす一冊。何かとストレスの多い今、自分の心をうまくコントロールするためにも読んでおきたい本書から、一部をご紹介します。

バックナンバー

岡田尊司

1960年、香川県生まれ。精神科医、医学博士。東京大学哲学科中退。京都大学医学部卒。同大学院高次脳科学講座神経生物学教室、脳病態生理学講座精神医 学教室にて研究に従事。現在、京都医療少年院勤務、山形大学客員教授。パーソナリティ障害治療の最前線に立ち、臨床医として若者の心の危機に向かい合う。 

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP