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がんと癌は違います 知っているようで知らない医学の言葉55

2024.09.27 公開 ポスト

AEDと心臓マッサージ、使い分ける基準は? 心臓が動いていても「心停止」とされるケースがある山本健人(医師、医学博士)

「意識不明の重体です」「全治3カ月の大怪我です」

ドラマやニュースでよく聞くセリフですが、実際の医療の現場ではほとんど使われないそう。
現役医師である「外科医けいゆう」こと山本健人さんが、医者と患者の「誤解の素」になりそうな言葉を解説する新書『がんと癌は違います』より、一部を抜粋してお届けします。

「心臓がポンプの機能を失っている」状態が「心停止」

「心停止」を、「心臓の動きが完全に止まった状態」のことだと思っている方は多いと思います。実は、「心停止」の中には「心臓が動いているケース」も含まれている、と言うと驚かれる方が多いのではないでしょうか?

名前に「停止」が入っているのに、「停止していない状態」も「心停止」と呼ぶのだとしたら、何とも不思議な話です。しかし、医学用語としての「心停止」は、心臓が動かなくなった状態だけを指すわけではないのです。

「心停止」は、以下の4つの状態の総称です。

  • 心室細動
  • 無脈性心室頻拍
  • 無脈性電気活動
  • 心静止

これらに共通するのは、「心臓が動いていないこと」ではなく、「心臓がポンプの機能を失っていること」です。心臓は全身に血液を送り出すポンプですが、この機能が完全に失われた状態が心停止なのです。

 

心室細動と無脈性心室頻拍は、いずれも致命的な不整脈です。心室細動では、心臓が細かく震えるように動き、無脈性心室頻拍では、細かく小さな収縮を繰り返しますが、いずれもポンプ機能は失われている状態です。確かに心臓は動いているのですが、血液が送り出せない以上、「機能的には」止まっているのと同義です。

一方、無脈性電気活動と心静止は、まさに心臓が動きを止めている状態です。無脈性電気活動は、少し難しい言葉ではありますが、文字通り「脈はないが電気活動はある」という状態です。

心臓が動くのは、心臓を構成する筋肉の中を電気信号が指令として走っているからですが、「電気信号が走っているのに心臓が動いていない状態」が無脈性電気活動です。心電図モニターをつけると脈の波形は観察できるのですが、聴診器を当てても心臓の拍動は聞こえません。

一方、心静止は電気信号すらない状態です。つまり、ドラマでもよく見るような、心電図モニターに真横に一本線を引いたような、フラットなラインが現れる状態が心静止です。

ドラマによくある、電気ショックで「戻ってこい!」のウソ

さて、ここで覚えておくべき重要なポイントは、「AEDなどの道具で電気ショックを与えて心停止を治療できるのは、心室細動か無脈性心室頻拍であったときだけ」ということです。

逆に、無脈性電気活動や心静止、つまり心臓が完全に動きを止めてしまったときは、電気ショックの効果はありません。

医療ドラマでは、心電図モニターにフラットな一本線が現れている状態(心静止)なのに、主人公の医師が「戻ってこい!」と言って電気ショックをかけるシーンが昔からあるわけですが、こういうことは現実にはありえないのです。

AEDは、前述した通り「Automated External Defibrillator」、つまり「自動体外式除細動器」です。この「除細動」という言葉の意味を考えると分かりますが、AEDの目的は「細かく動くだけの状態(細動)を改善すること」にあります。

震えるように細かく動くだけでポンプ機能は果たせていない致命的な不整脈を、電気ショックによって「正常の拍動に戻す」のが除細動です。言い換えれば、電気ショックは「不整脈の治療」です。

心臓が完全に動きを止め、不整脈が起こっていない状態であるなら、電気ショックによって治せるものは何もないのですから、電気ショックには当然効果がありません。

 

患者さんが心停止に陥ったときは、心臓マッサージ(胸骨圧迫)を続けながら、定期的に心電図モニターの波形を確認し、電気ショックが使える状態かどうかを判断します。電気ショックが使えない波形なら心臓マッサージ(胸骨圧迫)を続ける、電気ショックが使える波形に変わったら電気ショック、という流れです。

電気ショックが効くか効かないか、判断できなくてもAEDは使える

ところで、この電気ショックは、医療者にしかできない行為ではありません。ご存知のように、AEDは街中にもたくさん設置されています。これはもちろん、私たち専門家だけでなく、誰でもAEDを使えるようにするためです。致命的な心停止が起こったとき、一秒でも早く治療を開始することが、患者さんが生き延びるためには最も重要だからです。

ところが、ここまで書いてきたように、街中でばったり倒れた人が仮に心停止でも、「AEDが全く効かないタイプの心停止」ということがありえます。では、「AEDが使えるかどうか」をどのようにして判断すればいいのでしょうか?

 

その答えは、「判断できなくてもAEDは使える」です。

もう一度思い出していただきたいのが、AED=「Automated External Defibrillator」の中の、「Automated=自動化された」という言葉です。AEDは、胸にシールのようなパッドを貼り付けるだけで、自動で心電図波形を読み取り、「電気ショックが必要かどうか」を音声で教えてくれるのです。

AEDで誰かを救おうとしている通りすがりの人が、「倒れた人の心電図波形がどのタイプか」まで知る必要は当然ありません。AEDは、自動音声で「心電図波形を解析しています」と告知し、その結果として、「電気ショックが必要です」または「電気ショックは不要です」という答えをくれます。電気ショックが必要だと言われたら、そこでボタンを押せばいいだけです(電気ショックが不要なら、ボタンを押さずに心臓マッサージを再開です)。

特殊な判断を必要としないのが、AEDの利点です。むしろ、一般向けに街中に設置するなら、このくらい自動化されていないと使い物にならない、と言ってもいいかもしれません。

関連書籍

山本健人『がんと癌は違います 知っているようで知らない医学の言葉55』

意識不明の重体。全治3カ月の怪我。ニュースや小説・ドラマによく登場する表現だが、「意識不明」も「全治」も実は医者はほとんど使わない。逆に「清潔・不潔」を医学用語として使うと白衣は「不潔」なもの、「がん」と「癌」も意味が違う。このような言葉をめぐる行き違いは、ときに医者との関係がギクシャクする原因になる。本書ではこれら「誤解の素」になる言葉をやさしく解説。医者の話がよく分かるようになり、ドラマ・小説はより面白くなり、人体の仕組みや病気のなりたちについても理解が深まる一冊。

山本健人『医者が教える 正しい病院のかかり方』

世の中には様々な医療情報があふれているが、その中身は玉石混淆。命の危機につながる間違った情報も少なくない。そして病院に行ったら行ったで、何時間も待って診療は数分、医者に聞きたいことがあっても聞けない、説明されても意味が分からない等々、患者側の悩みは尽きない。私たちはどうしたらベストな治療を受け、命を守ることができるのか? 正しい医療情報をわかりやすく発信することで、多くの人から信頼される現役医師が、風邪からガンまで、知っておくと得する60の基本知識を解説した、医者と病院のトリセツ。

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がんと癌は違います 知っているようで知らない医学の言葉55

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山本健人 医師、医学博士

2010年京都大学医学部卒業。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。「外科医けいゆう」のペンネームで医療情報サイト「外科医の視点」を運営。Yahoo! ニュース、時事メディカルなどのウェブメディアで定期連載。全国各地でボランティア講演なども精力的に行っている。著書に『医者が教える 正しい病院のかかり方』『がんと癌は違います』(共に幻冬舎新書)、『患者の心得 高齢者とその家族が病院に行く前に知っておくこと』(時事通信社)ほか。

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