心臓疾患を持って生まれてきた少女・佳美は、検査に耐えられる九歳になった時に、余命十年と医者から宣告された。本書はその佳美と、彼女を支えた家族の物語であり、はじめに断っておくと涙なしには読めない一冊だ。その涙は、悲しみや苦しみ、悔しさで流されるものではなく、それと同じか、いやそれ以上に多くの喜びも含まれる奇跡に輝く涙である。
佳美は、筒井家の三姉妹の次女として一九六八年に生を授かる。両親は祖父から引き継いだビニール樹脂を加工して、ホースやビニールロープ、縄跳びなどを製作する町工場を経営。だが同時に負債を抱えており、そこに佳美の治療費を稼がねば、という状況が加わる。しかし、父・宣政はへこたれない。借金を返すために立ち回る。売り上げの立つ仕事を探し、辿り着いたのがアフリカの女性を対象とした髪結いひもの開発・販売だった。会社と娘のためなら恥を忍んで、努力を惜しまずといった宣政の姿勢は周りの人々を引き込んでいく。そして髪結いひもの売り上げで会社を立て直し、そればかりでなく佳美の治療費二千万円も蓄えた。
ところが佳美と両親たちに突きつけられたのは、手術ができない、という現実。佳美が抱えるのは三尖弁閉鎖症という難病であり、カルテを送ったアメリカでも手術は不可能という返事だった。苦悩する両親は娘のために蓄えたお金を、佳美のような疾患を持つ子どもの治療を研究する施設に寄付しようと考えたが、しかし、その決意は、自分たちで猛勉強し、町工場の技術を生かして「人工心臓を作る」という思いもよらない方向に進んでいく。非常識な決断に思えるが、宣政の奮闘はもちろん、母・陽子も並々ならぬ努力、精神力で夫を支える。
門外漢でありながらも専門の医師たちを巻き込んで(時に拒絶されながらも)研究に没頭していく様子は意外性に溢れ、物語の「本筋」もここに置かれる。けれど、それ以上に読み終えてわたしの心に沁みたのは、筒井家の家族としてのあり方だ。佳美は、難病の妹を励ましながらもつい涙を見せてしまう姉を反対に慰め、両親に対しては感謝とその存在が自分の誇りであることを伝える。その一方、体調の良い日々を送っていたときは、中日ドラゴンズのファンになり球場にたびたび足を運び声援を送ったり、アメリカのディズニーワールドに家族で行く予定が祖父の一声でヨーロッパ旅行になり姉妹で文句を言いあったりもする。
辛い状況にあっても、自分たちの進む道を見失わず、時に新しい道を切り拓く。そんな家族の中心には常に佳美がいる。病によって未来が立ち塞がれていても、こんなにも輝かしい人生を彼らが送ったことは、本当に奇跡ではないだろうか。涙がとめどなく流れたが、その光に自分も導かれるようにページを最後まで読み終えた。
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