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もどかしいほど静かなオルゴール店

2025.01.03 公開 ポスト

『もどかしいほど静かなオルゴール店』文庫解説

中学生の時「歌うことは二倍祈ることだ」と繰り返し言われた…という宮田愛萌さんの心が動いた小説とは瀧羽麻子/宮田愛萌

瀧羽麻子さんのオルゴールシリーズ――『ありえないほどうるさいオルゴール店』『もどかしいほど静かなオルゴール店』は、"人の心に流れる音楽が聴こえる"という不思議な力を持った店主が、お客様だけの曲をオルゴールに仕立ててくれる、ちょっと変わったお店。

1作目で北の果てにあったオルゴール店は、2作目では南の島へ移転。感動が、日本列島を縦断しました!

書店員さんからも絶賛された本作が文庫化された際に、巻末の文庫解説をくださったのは、作家としても大注目の宮田愛萌さん

(撮影/小石謙太)

読書が大好きという宮田さんの目線を通して、本作に新たな輝きが加わりました!

年の始まりを、宮田愛萌さんもおすすめの、心優しい物語とともに迎えてはいかがですか?

*   *   *

解説

宮田愛萌

オルゴールというのは人生の小さな場面に寄り添う。ぜんまいを巻いた時、巻いた分だけその音を奏で、じわっとした余韻を残してリボンをほどくように消えていく。オーケストラのような華やかさも音楽配信サービスのような手軽さもないが、オルゴールはいつだってそこにある。

前作『ありえないほどうるさいオルゴール店』に引き続き、今作でも人の心に流れる音楽が聞こえる店主が営むオルゴール店を中心に、様々な人の人生のほんの数ページをのぞかせてもらえる短編集だ。今作ではオルゴール店のある場所は南の島に移り、太陽の光や熱をところどころに感じられる物語だった。

内容に触れる前にまず、目次を見て欲しい。本というものは表紙から物語が始まると思っているが、この作品も例外ではない。表紙をめくり、そして目次に並ぶタイトルたちを見て、そこからもう小さなオルゴールの音が聞こえてくるような気がしないだろうか。すべて四文字で統一された短編のタイトルたちは、じっと見ているとその文字の間に五線譜が見えてくる。その間に置かれた文字はみな音符だ。きっとこれを見て感じ取った音楽は人それぞれ違う。店主が感じ取る人の心に流れる音楽のようにその人にはその人の音楽があるのだろうと思うと、音楽と本ってちょっと似ているような気がする。

舞台となった南の島は「遠くて行きづらいし、なんにもないけど、めちゃくちゃ海がきれいです」という場所で、地図の端の方にぽつんとある島だった。

「カナンタ」ではその島で生まれ育った郵便配達員の祐生が主人公となり物語が紡がれる。祐生には恋人の那奈美に贈りたい曲があり、伝えたい想いがあった。しかし祐生の記憶にあるその曲には、祐生の友人で那奈美の元恋人でもあった大地の姿が思いだされ、祐生の心を少し乱していく。

「バカンス」は夫から離婚を切り出された理央が、逃げるように妹の結衣が住むこの常夏の地にやってくる。そこで結衣の恋人にすすめられ、そこからまた船に乗り、海の美しいあのオルゴール店のある島に来た。理央と両親、理央と結衣、という似ていないようで似ている関係性が淡く描かれている。

「ゆびきり」の主人公は小学校三年生の颯太だ。その颯太の隣の家にひとりで預けられた同い年のユリは、大好きな母親のことを懸命に守りながら、颯太の前でだけは素を出して年相応の生意気な姿を見せる。颯太の目から見た島の様子は、子どもにしてはよく見ている、と私は思いかけて、自分も子どもの時はこうやって見ていたことを思いだした。大人になれば忘れてしまうけれど、子どもというのは思っているよりも色々なことを見ている。

「ハミング」では北欧から日本の小さな南の島に嫁いできたハンナが主人公となり物語を動かしている。ハンナの妊娠をきっかけに急に過保護で心配性になった義姉との関係性、未だに慣れていない日本語しか通じないような場所での出産。そういうものの積み重ねで不安になっていたハンナは音楽を通じて再び笑顔を取り戻す。

「ほしぞら」は、元売れっ子のミュージシャンである栄人とその友人の幸宏の物語だ。喧嘩別れして二十五年も経ってしまったことを気にして、幸宏は栄人に会うためにこの南の島にやってくる。そして、二人の心の中に流れる音楽は一緒だということが、この不器用な友情を蘇らせる。

「からっぽ」という話は、島神様にお仕えするババ様である千代と、このオルゴール店の店主にもかかわる物語だ。島の神様の声が聞こえるババ様と、人の心に流れる音楽が聞こえる店主の共通点。そして、ババ様の過去や仕事について静かに語られている。後悔にもなれない思い出はひどく哀しいが、そこを満たす音楽によって人とつながり、人をつないでいくことは希望につながっている。

「みちづれ」は、前作『ありえないほどうるさいオルゴール店』からつながる話だ。『ありえないほどうるさいオルゴール店』に収録されている「よりみち」に出てきた耳の聞こえない少年であった悠人と、その妹の咲耶の物語である。あの日に作ってもらったオルゴールを修理してもらうために、兄妹二人きりで南の島まで旅行に来た。咲耶が耳の聞こえない兄と両親を複雑に思う気持ちと、それでもきちんと与えられている愛情を感じているところに大人びていても思春期の影を感じる。

この本の魅力は、オルゴール店に訪れる登場人物にとって大きなきっかけになる日を丁寧に描いているところだと思う。それでいて、すべてを描かない。旅先で不意にすれ違う人同士のように、その一瞬、人生の一ページにも満たないくらいの時間だけである。だからこそ、こんなにも物語が沁みるのだ。

「カナンタ」ではカナンタを贈りたいと思っているところから贈るまで、「バカンス」は理央が島に来てから帰ろうと決意するまで、「ゆびきり」はユリの訪れから帰るまで、「ハミング」は夏至の祭りの間、「ほしぞら」は幸宏が島に来てから栄人とほんとうに仲直りするまで、「からっぽ」は島に来ていた親子と交流した数時間、「みちづれ」は咲耶と悠人が島に来てからオルゴールを受け取るまで。

どれも長い物語ではない。しかし、この時間の奥には何年もの月日があり、過去があって今があるとわかる話ばかりである。

人生とは記憶に残る日々と残らない日々を積み重ねたものであり、すべてを知るというのはその人生の当事者以外できない。だからこそ、人と人が心をかよわす瞬間は尊いものであると私は思っている。心をかよわすことでしか、私たちは他者の人生には刻まれない。

この物語たちを読んで、私もこの島で彼らの人生に一瞬交わったような気持ちになった。彼らの人生にあのオルゴール店が刻まれたように、私の人生にも彼らが刻まれている。瀧羽さんの柔らかな筆致で描かれる人間の生身感というのは独特で、まるで私も同じ感情を持ったことがあるように錯覚してしまう。共鳴、というのだろうか。まるで登場人物が私の内からも響いてくる感覚さえしてくる。それが不思議で、もしかしたらババ様が島神様の声を聞くことや、店主が人の心に流れる音楽が聞こえることとはこういうことなのだろうかと考えた。

この店主の人の心に流れる音楽が聞こえるというのは、人の心に触れることと同義であると私は思う。その音楽は幸せな思い出かもしれないし、忘れたいのに忘れられないものかもしれない。どんな音楽であっても、その人の今をかたちづくるものにほかならない。つまりその人の心である。その流れている音楽は本人がわかっていることもあるし、わからないこともある。自分のほんとうの気持ちがわからなくなってしまうのと同じように。だから、このオルゴール店が必要なのだ。

この作品で舞台となった南の島は音楽に満ちた場所だ。島神様は音楽を好み、島に伝わる音楽もたくさんある。島の子どもたちは歌詞の意味もわからぬまま歌い、わかってからも意味にこだわりすぎずに歌いたい時に歌う。島の人々は音楽の中で生きてきた。

そんな中で、店主と島神様に仕えるババ様だけは心に流れる音楽がない。シンとした心を埋めるのは他の存在の歌である。前作の『ありえないほどうるさいオルゴール店』というタイトルが、このオルゴール店に訪れる人々の心に流れる音楽が響き合っている様子だとしたら、この本のタイトルの『もどかしいほど静かなオルゴール店』というのはこの店主の心の内だろう。

だから、この島なのかもしれない。

心の内だけでなく、島全体が音楽に満ちているというのは、この店主がオルゴール店を開くにあたってふさわしい場所なのだろう。他の人は、島神様の音楽や人の心に流れる音楽は聞こえない。聞くことができない。しかし店主はその島に流れる人間の音楽すべてを感じ取ることができる。島の住人も、島を訪れた客人も、ババ様以外みんな。

私が中学生の時、「歌うことは二倍祈ることだ」と繰り返し言われた。神社に行けば雅楽けいすが奏でられ、お寺さんでは鏧子が鳴り、お経が唱えられる。それらはすべて音楽だった。

私にとって音楽は祈りであり願いであり心だ。

この本を読み終えて、私は久しぶりに音楽をかけながらお風呂に入った。スマートフォンで適当に見つけたチャイコフスキーの「くるみ割り人形」のアルバムを流す。これは、私が生まれて初めて親にねだったCDだった。私が今でもクラシックが好きなのはきっとこのCDを親が買ってくれたからだと思っている。

もしもあのオルゴール店に行ったら、店主は私の心からどんな曲を聞き取るのだろう。クラシックだろうか。それとも、学生の頃にずっと聞いていたアイドルソングだったりするのだろうか。

この本を読んだあなたの心からはどんな曲を聞き取るのだろうか。

関連書籍

瀧羽麻子『もどかしいほど静かなオルゴール店』

ここでは、“お客様の心にある音楽”が聞こえる店主が、あなただけのためのオルゴールを仕立ててくれる。初恋の人を想い続ける郵便屋さん、音楽を捨てたミュージシャン、島の神様と話せるババ様。それぞれの心に流れていた“音”が、彼らの大切な記憶を呼び起こす――。感動の奇跡に出合える七編。

瀧羽麻子『ありえないほどうるさいオルゴール店』

「あなたの心に流れている音楽が聞こえるんです」――北の小さな町にあるその店では、風変わりな店主が、お客様のために世界にひとつだけのオルゴールを作ってくれる。耳の聞こえない少年。音楽の夢をあきらめたバンド少女。妻が倒れ、途方に暮れる老人……。彼らの心にはどんな曲が流れているのでしょう? 思わず涙がこぼれる、幸せ運ぶ7編。

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もどかしいほど静かなオルゴール店

「耳利きの職人が、お客様にぴったりの音楽をおすすめします」
ここは、お客様の心に流れる曲を、世界でたったひとつのオルゴールに仕立ててくれる、不思議なお店。その”小さな箱”に入っているのは、大好きな曲と、大切な記憶……。
北の小さな町にあった『ありえないほどうるさいオルゴール店』が、最果ての南の島で、リニューアルオープンしました!今回も、7つの物語が奏でる美しいメロディーに載せて、やさしい涙をお届けします。

―ー島を出て行った初恋の人を想い続ける郵便屋さん、音楽を捨てて都会からやってきた元ミュージシャン、島の神様の声が聞こえるババ様……彼らの心にはどんな音楽が?
自分で気づいていない「本当の気持ち」も、他人に知られたくない「密かな想い」も、音楽となって、あなたの心に流れているのです。

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瀧羽麻子

1981年兵庫県生まれ。京都大学卒業。2007年『うさぎパン』で第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞。その他の著書に『株式会社ネバーラ北関東支社』『左京区七夕通東入ル』『いろは匂へど』『乗りかかった船』『ありえないほどうるさいオルゴール店』『虹にすわる』『女神のサラダ』『あなたのご希望の条件は』他、著書多数。2021年7月10日刊行の『もどかしいほど静かなオルゴール店』は、発売前から書店員絶賛の話題作。

宮田愛萌

1998年4月28日生まれ、東京都出身。2023年、アイドル卒業時にデビュー作『きらきらし』を上梓。その他の作品に『あやふやで、不確かな』『春、出逢い』がある。現在は文筆家として小説、エッセイ、短歌などジャンルを問わず活躍。

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