2023年の全国高等学校野球選手権大会で107年ぶりの全国制覇を果たした慶應義塾高等学校野球部。チアリーディングの日本選手権大会(通称ジャパンカップ)で5連覇を達成した箕面自由学園高等学校チアリーダー部。全国の頂点をきわめた両校には、実は同じメンタルコーチによる指導を受けているという共通点があります。それが、『強いチームはなぜ「明るい」のか』の著者・吉岡眞司さんです。
その吉岡さんと、慶應義塾高等学校野球部監督・森林貴彦さん、箕面自由学園高等学校チアリーダー部監督・野田一江さんによる鼎談が実現しました。吉岡さん独自の「メンタル強化プログラム」を通じて、それぞれのチームにどんな変化が表れたのか? そしてどのように結果に結びついたのか?「強さ=明るさの秘訣」を語っていただきました。
構成・文 堀尾大悟
「ありがとう」の言葉が飛び交う明るいチームに
――慶應高校野球部、箕面自由学園高校チアリーダー部それぞれにおいて、メンタル強化に取り組んでからのチームの変化について、感じていることをあらためてお聞かせください。
野田 チアリーディングという競技は、もともと観客に対して勇気を与える、元気づけるという特性を持っています。それに加えて、吉岡さんのメソッドを通じて目の前の観客だけでなく、家族や友人、チームの仲間などに感謝し、元気づけることを普段の練習から意識するようになりました。結果として、目標に向かう過程でのチームの一体感が強くなった。これがいちばん大きな変化だと感じています。
目標の動機付けが、「自分のため」だけになっていると、大きな壁にぶつかったときにくじけやすい傾向があります「どうにも苦しいから、もう今回はダメでも次で頑張ればいいか」などと簡単に逃げてしまいやすいのです。
しかし、家族や友人、チームの仲間、パートナーなど「誰かのために」という動機があると、くじけそうになったとしても、「あの人を喜ばせるためにもう少し頑張ってみよう」という思いが脳内をよぎり、簡単にあきらめにくくなるのです。(『強いチームはなぜ「明るい」のか』より。以下同)。
その変化の表れとして、以前に比べて「ありがとう」という言葉が日々の練習の中で飛び交うようになりました。それとともに、彼女たちの言葉の選び方にも変化が起こり、「どうしてできないの?」といった攻撃的な言葉や否定的な言葉がなくなりました。
そのことで生徒たちの表情やチームの雰囲気全体が以前にも増して明るくなりましたし、ミーティングなどでは下級生も「発言していいんだ」と安心できる空気が流れています。練習を見学に来られる方から「箕面自由学園さんは練習中の雰囲気がいいですね」「活気があってエネルギーに満ちあふれていますね」という言葉をいただくことが増えましたね。
大舞台のプレッシャーの中でもやるべきことが明確に
森林 とてもいい変化ですね。私たち慶應高校野球部でも、練習中や試合中には「ありがとう!」と互いに声をかけ合っています。吉岡さんの言う「プラスの出力」が脳にポジティブな感情をもたらすことの効果は、日ごろから実感しています。
この「プラスの出力」での重要なポイントは、たとえ論理的につじつまが合っていなくてもかまわないということです。言葉そのものの意味はさておき、大きな声でプラスの状況のときに発する言葉を口にし、脳に届けることでポジティブな感情を呼び起こすことができるのです。
野球は「間」があるスポーツです。ワンプレーごとの間の中で、攻撃側も守備側もそれぞれサインを確認し、投手と打者は次のボールを巡って駆け引きをします。
その間があるゆえに、ピンチの場面では「ここで抑えないと……」、チャンスの場面では「ここで打たないと……」といったことが頭をよぎってしまいやすい。その心の状態をどうすればプラスに引き寄せることができるかというのはかねてからの課題でした。
それが、吉岡さんの指導をもとに、その間をうまく使って「空を見上げてみよう」「一点を見つめてみよう」など、心の状態を整えるメソッドを普段から実践することで、甲子園のようなプレッシャーのかかる大舞台でも「この場面では何を考え、どうプレーすればよいか」と頭の中を冷静に整理できるようになり、選手たちの表情に迷いがなくなりました。これがチームとしての大きな変化ですね。
緊張状態をコントロールする方法(中略)の一つが、一点を見つめる「一点凝視法」と呼ばれる手法です。
私たちは不安を抱えたり、緊張をしたりすると、目線が微細に揺れるそうです。そうなったときは目線を固定することで、脳にリラックスした状態だという信号を送ることができます。
「絶対女王」が土俵際で見せた笑顔
野田 いま森林監督がおっしゃった大舞台でのパフォーマンスの変化を、昨年(2024年)行われたチアリーディング日本選手権大会(通称、ジャパンカップ)で私たちも実感しました。
私たち箕面自由学園は前年まで4連覇を達成し、今大会に5連覇をかけて挑みました。ところが、準決勝は2位での通過だったんです。これまでずっと準決勝も1位通過で、首位から落ちたことがなかったので、チームが動揺してもおかしくない場面でした。
そのとき、ヘッドコーチが選手たちを集めて「今は2位かもしれないけど、みんなが今日まで練習してきたことは間違っていない。大阪から駆けつけてくれた会場の皆さんに、ゴールデンベアーズ(チアリーダー部の愛称)を応援してよかったと思ってもらえる演技をしよう」と語りかけました。そのことで、チームが再び一つにまとまったんです。
翌日の決勝は朝から悲壮感ゼロで、一人ひとりの表情が明るく、監督の私も拍子抜けするほどでした。自分たちの出順が回ってくると、屈託のない笑顔を振り撒きながら飛び出しそうな勢いで会場に入り、駆け抜けるように演技しました。その結果、逆転で5連覇を達成することができたんです。
吉岡 あの試合は私も会場で観ていました。これまで他チームに圧倒的な差をつけて勝ってきた「絶対女王」のゴールデンベアーズが準決勝を2位で通過したことで、会場内は「もしかしたら今年は……」という重たい空気が漂っていたように感じたものです。そして、そんな雰囲気を選手たちも薄々とは感じていたと思うんです。でも、彼女たちの明るい表情や振る舞いが、そんな会場の空気を一掃し、あたかも会場を自分たちのホームかのような場に一瞬で変えてしまった。すごかったですね。
野田 それは、吉岡さんのメンタル強化プログラムで学んだことが生徒たちの間に定着したからなんです。演技が終わった後の円陣でも、キャプテンが「結果はどうなるかわからない。でも、笑顔で待っても暗い顔で待っても結果は一緒だから、それならみんなで笑顔で待とうよ」と言っていた。この子たちは普段からそういう意識を持って日々の練習に臨んでいたんだな、と監督のこちらが感心してしまいましたね。
「ダブルゴール」で練習に取り組む姿勢に変化が
森林 すごくいいエピソードですね。私が言えることはもうなくなってしまったかもしれません(笑)。
吉岡 慶應高校野球部も、関連する話題として、一昨年2023年夏の甲子園大会で優勝したときに「慶應の選手はどうしていつも笑顔なんだ?」と様々なメディアに取り上げられましたよね。
森林 そうですね。それは箕面自由学園さんと同じで、緊張やプレッシャー以上にその場で試合ができる喜びや、自分を支えてくれるさまざまな人への感謝のほうが上回ったので、自然とそういう「いい顔」になったのだと思います。笑顔が出るようなプラスの心の状態でプレーできれば、当然いいパフォーマンスが出やすい。だから、107年ぶりの全国制覇という最高の結果につながったのでしょう。
もう一つ、吉岡さんの指導を通じて大きく変化したことを挙げると、練習における「目的意識」が明確になったことですね。
吉岡さんのメソッドの一つに、「目標」と「目的」の「ダブルゴール」を設定するという考えがあります。
慶應高校野球部の場合、目標は「KEIO日本一」。つまり、高校野球の頂点に立つと同時に、日本一にふさわしいチーム、ならびに一人ひとりが日本一にふさわしい部員になる、ということ。そして、目標のもっと先に、「恩返し」と「常識を覆す」という、チームが存続するかぎり常に目指し続ける最終的な「目的」を置いています。
このように目標や目的を明確にすると、日々の練習でも「この練習は何のためにしているのか」という意識が明確になり、結果として練習の質が高まりやすくなることを実感しています。
世の中には、「目標」は設定していても、「何のために」という「目的」を明確にしている人はあまり多くはいないものです。実は、目的がはっきりしていないと、目標を達成しようとする使命感、やる気やモチベーションなどが上がりにくいのです。
吉岡 慶應高校野球部では、その「目標」と「目的」を練習前に唱和していますよね。唱和というと古臭いイメージがあるかもしれません。実は、私たちが身体を動かせるのは、動かす直前に脳の中に身体を動かすイメージがあって、そのイメージどおりに身体を動かすために必要な指令が脳から身体に届けられる、というメカニズムがあるからなのです。
「目標」と「目的」を唱和すると、その唱和した言葉のイメージが脳の中で作られる。脳はそのイメージを身体で表現させようと指令を発する。つまり、唱和することで、唱和しないよりも、「目標」と「目的」の実現確度が高まるわけです。だから、唱和することは大脳生理学の観点からも理にかなっているんです。(後編へ続く)
強いチームはなぜ「明るい」のか
慶應義塾高校を107年ぶりの甲子園優勝に導いた、負け知らずのメンタル術