「書くこと読むこと」は、ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。
今回は、新作長篇『PRIZE─プライズ─』を刊行された、村山由佳さんにお話をおうかがいしました。
(小説幻冬2025年2月号より転載)
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作家や編集者の裏の顔を、ここまで書いていいの──と思わせるのが、村山由佳さんの新作長篇『PRIZE─プライズ─』だ。どうしても直木賞が欲しいベストセラー作家、天羽カインと複数の編集者の情熱を描く本作はもちろんフィクションだが、ぞくぞくするほどリアル。文藝春秋の『オール讀物』に連載された長篇だ。
「文藝春秋さんは『ダブル・ファンタジー』や『ミルク・アンド・ハニー』といった、ある意味自分の腹を掻っ捌いて見せた小説を出していただいた版元なんです。他に私を掻っ捌いて出てくるものは何かと考えた時、承認欲求だな、と。それで、物書きとして認められたいと猪突猛進する作家を書いてはどうか、という話になって」
軽井沢在住のカインはすでに充分人気を獲得しているが、本人は未受賞の直木賞に執着している。
「誰かに迷惑がかかるのは嫌なので“これは村山です”と思ってもらえるよう、私と同じ軽井沢在住にしたり、デビューの版元名を“すばる”を連想する南十字書房にしたりして(※村山さんは小説すばる新人賞出身)。カイン先生は作品に妥協しないところでは私と似ていますが、いい人に思われたいと考えていないところでは私と対極にいる人(笑)。書いていて非常にエキサイティングでした」
自分にも他人にも厳しいカイン。サイン会の後で版元の人間一人一人にダメ出しをする場面などはなかなか怖い。視点人物はカインのほかに、南十字書房のカイン担当、緒沢千紘、文藝春秋『オール讀物』編集長、石田三成。
「作家が作家のことだけ書くのは楽している気がしました。作家と切り離せない関係の編集者の視点を入れれば、お仕事小説としても楽しめると思って」
カインは石田に、自作を直木賞の候補にねじこむよう詰め寄る。その際、石田が説明する、候補作がいかに公正に選ばれるのか、選考過程が興味深い。そんな石田のもとに、ある日送り主不明の不穏なメールが届く。一方、千紘はカインに信頼を寄せられるが……。
「私は編集者に頼り切って、家族にも喋らないことまで喋ってしまうほう。みなさん口が堅いし、節度を持って接してくれるのでありがたいです」
作中、カインの新作『テセウスは歌う』の原稿に千紘のチェックの入ったテキストが挿入される。
「実はこれは、高校生の時に書いた未完の作品からの引用です。添削部分は今の私がやりました」
新人作家の市之丞隆志も強烈なキャラクター。デビューが決まったとたん会社を辞めたり、改稿を拒否したりと、自信満々。
「書いていてすごく楽しかった。彼もある意味、いろんな人の集合体です。実際は人によりますが、今の若い作家さんは自由だけど真面目な印象というか。それが羨ましいような、危ういような」
村山さんの個人的なお気に入りはカインの使用人のサカキで、「創作とはまったく縁のないところでカイン先生をサポートする人間がいてほしかった」。さらに南方権三や馳川周など、実在作家を彷彿させる作家名も続々登場。
やがてそれぞれの情熱が暴走して、とんでもない事態を招く。その時カインが下した決断は?
「カイン先生は最初、モンスター作家に見えるかもしれない。でも読み終えた時に彼女には彼女なりの正義とプライドがあることが伝わるといいなと思っています」
村山さん自身は二〇〇三年に直木賞を受賞したほか、すでに数々の文学賞を獲得している。
「私にも承認欲求はありますが、以前はそういう感情を醜く感じて、口には出せませんでした。もしドロドロの承認欲求を抱えた頃にこれを書いていたら、呪詛の塊の小説になっていたと思います(笑)。でも今は、自分は『風よ あらしよ』のような小説も書けるんだと思えるようになり、憑き物が落ちたというか。それに、承認欲求は上手く働かせればモチベーションになるので、そんなに悪いものでもないなと思うようになりました」
今回、好きな本の印象的なフレーズに選んだのは小学五年生の時から繰り返し読んでいるスタインベックの『二十日鼠と人間』から。
〈「よし、やろうぜ」と、彼はいった。「あの小さな、古い家を手入れして、そこへ行って暮らすんだ」ふたたび、彼は腰を下ろした。彼らは、いずれもことのすばらしさにぼうぜんとし、このすばらしいことが実現しそうな未来に、にわかに心を奪われて、みんなおし黙って坐っていた。〉
――『二十日鼠と人間』スタインベック著、大門一男訳(新潮文庫)より
「私の中で、救いのない話なのにすごく好き、という双璧の作品が『ごんぎつね』とこれです。『二十日鼠と人間』は季節労働者の二人の話。彼らは、誰にも使われることなく自分たちで生きていく、という夢を語りながら働いている。でも、悲劇的な結末を迎えるんですよね。彼らが夢を語る場面は何度かありますが、もう叶わないと分かっていながら語る最後が一番辛い。こういう小説を読んだ時の感触を求めて書いたのが、デビュー作の『天使の卵』だったんだと思います」
取材・文/瀧井朝世、撮影/米玉利朋子(G.P.FLAG)
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