
今回ご紹介するマンガは、神羊弱虫(しんよう・じゃくちゅう)の『フォルトゥーナ』(小学館)です。この奇妙な名前の作者は、ネット上の資料によると、まだ20代前半の若い人だということです。
『フォルトゥーナ』は、すでに去年の2月に上・下2巻で出ていたのですが、あまり話題にならなかったらしく、マンガ好きのうるさ型の投票で決まる季刊文化誌「フリースタイル」の2024年マンガランキングにも、また、ムック本『このマンガがすごい! 2025』のベストにも登場していません。
しかし、『このマンガがすごい! 2025』の「あの人気漫画家に聞く!」という読み物コーナーで、山岸凉子が「わたしの『このマンガがすごい! 2025』」作品として、この『フォルトゥーナ』を選んでいたのです。それで私も慌てて読んでみました。
山岸凉子ほどの巨匠がこういうミニコーナーに登場すること自体ちょっと異例なのですが、山岸さんはそこにこう書いていました。
「(『フォルトゥーナ』の)連載途中で『これは!!』と気づいて思わず座り直してしまいました。そこには、人間が “生まれて生きて死ぬ”ことの答えがあったのです」
読んで、私も驚きました。こんなに深い哲学的内容をもったマンガが、20代の若いマンガ家によって描かれていたとは! 山岸凉子ほどの作家に思わず姿勢を正させるほどの独特な力が確かに感じられました。
物語は非常に単純なものです。
中世(13世紀)ヨーロッパらしき土地に、フォルトゥーナ(フォル)という名の16歳の少年がいます。あまりに醜い容貌ゆえに怪物だとされ、村人の非難のなか、仕方なく母親はフォルを森に捨てます。
しかし、彼は、シルヴァという森の隠遁者に助けられ、人間社会から離れて、森の動物たちを仲間として成長していきます。
森にも人間の盗賊などはやって来るので、その理不尽な暴力と戦うためにフォルは格闘技や武術の名手となり、冷酷な殺人を犯しながら生活しています。
あるとき、フォルは盗賊の一群を皆殺しにしたあと、盗賊たちが誘拐してきた少女を見出します。それは、盲目ゆえに家族から除け者にされていた王家の娘コレーでした。
世間知らずで、自分勝手で、生意気なコレーが自分なしでは生きられないことを知ったフォルは、自分が存在するだけで人から頼りにされることの喜びを知り、コレーと新たに人生を発見しなおす旅に出ます……。
自分を捨てた母親との再会、コレーの病気などのエピソードも描かれますが、このマンガの大部分は、フォルが経験する人生の様々な出来事から、育ての親シルヴァに教わったことを思いだしながら、世界とは何か、人間とは何かという問いに自分で答えようとする言葉と絵の交錯から成っています。
そこで語られることは、抽象的な思索であると同時に、言葉と絵の絶妙な交じりあいによって、まるで具体的な経験のように、私たち読者の心に染みいってくるのです。ちょっと類例のない独創的な作風だというほかありません。
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