
「日本に連れてこられなければ、俺は犯罪なんかしなかった」。日本に出稼ぎに来た外国人労働者の子どもたちが突きつける、日本社会にひそむ深いゆがみとは――。石井光太さん『血と反抗 日本の移民社会ダークサイド』から「はじめに」をお届けします。
あるハーフの高校生の死
2024年2月9日午後3時45分頃、静岡県の浜名湖で釣りをしていた男性から110番通報があった。
「釣り竿に遺体が引っ掛かった……」
警察が浜名湖へ駆け付けると、身体(からだ)に無数のあざがついた男性の遺体があった。後日行われた司法解剖の結果、死因は溺死と判明。あざは皮下出血によるものであり、暴行を受けた後に湖で溺れ死んだと思われた。
間もなく、遺体の身元も明らかになった。通信制高校に通う、同県に住む中国籍の男子高校生だった。同月4日の夜に友達のところへ行くと言って家を出た後に消息がわからなくなっていたことから、家族から捜索願が出されていた。
事件発覚から11日後、メディアが一斉に事件の容疑者逮捕を報じた。静岡県警の捜査本部が、浜松市内に暮らすフィリピンやブラジルなど外国にルーツを持つ者を含む10代? 20代の者たちの身柄を押さえたと発表したのだ。
報道によれば、被害者の男子高校生は中国人の母親と日本人の父親の間に生まれたハーフだったという。中学卒業後は、全日制高校へ通っていたが、その後に通信制高校へ編入。自宅は同県袋井市にあったが、SNSで他市に暮らす同世代の子たちと知り合い、よく浜松市にも遊びに行っていた。その中で接するようになったのが、容疑者として逮捕された不良グループのメンバーだった。
「ブラザー」と呼び合うSNS世代の実態
不良グループのメンバーの多くは、それぞれ母国は違えど、外国にルーツを持つ者たちだった。
仲間意識が強く、毎日のようにSNSでやり取りをしたり、たまり場となっている仲間の家に入り浸ったりし、お互いを「ブラザー」と呼び合っていた。彼らの“血? に関するアイデンティティがそうさせたのだろう。
だが、メンバーは些細なトラブルがきっかけで、被害者の男子高校生を監禁し暴行した。そして暴行現場から10キロ以上離れた浜名湖へ運び、まだ息のある男子高校生を真冬の凍(い)てつく湖に遺棄した。
同じ浜松市に暮らす日系ブラジル人の男性は次のように話す。
「この町には出稼ぎ目的でやってきたブラジル人、フィリピン人、ペルー人、中国人がたくさん住んでいるんです。日本語が不得意で、工場勤務などきつい仕事をしていて、収入も低い。そんな家で育った子どもたちが、日本社会に溶け込めず、同じような境遇の者同士で集まっていることがあるんです。今回事件を起こした奴らもそういうグループの一つでした。
昔から同じ団地に暮らす人間や、同じ中学に通う人間が集まってギャングを結成することがありました。ただ最近は、SNSでつながることの方が多いかもしれません。なのでこの事件の容疑者たちみたいに、いろんな国にルーツのある奴らが集まってグループを作っても、地元でつながっているグループより関係性は薄っぺらい印象があります」
実際に、容疑者たちは複数のSNSのアカウントを持ち、市外や県外に暮らす外国にルーツを持つ同世代の者たちとコンタクトを取り、暴力性を誇示するような投稿をくり返していた。被害者の男子高校生との接点もSNSだったという。
このような者たちの関係性は、たとえメンバーがお互いをブラザーと呼び合っていたとしても、希薄であることが少なくない。メンバーが、些細なトラブルから男子高校生を暴行し、死に至らしめたのはそれも一因だったのかもしれない。
外国人労働者2世の時代
この事件に限らず、日本の刑務所や少年院には出稼ぎ労働を目的として外国からやって来た人々の子どもが一定数いる。“外国人労働者2世”である。
たとえば愛知県には、主に東海地方の非行少年が送致される男子用の瀬戸少年院がある。この少年院では、長らく入所者の2割前後が外国にルーツを持つ少年となっている。全国的にもこの傾向は認められており、神奈川県の久里浜少年院には、特に日本語が不得意な少年のための通称「国際科」が設置されている。
これまで私はノンフィクション作家として数々の事件を取材し、ルポを書いてきた。そこではあえて強調しなかったが、容疑者の中には外国にルーツを持つ2世も少なくなかった。
代表的な殺人事件だけでも、2013年に起きた三鷹ストーカー殺人事件――「リベンジポルノ」の存在を知らしめた事件――の加害者(事件当時21歳)の母親はフィリピン人だったし、2015年に起きた川崎中1男子生徒殺害事件でも、17歳? 18歳の加害少年3人のうち2人がフィリピン人の母親と日本人の父親の間で生まれ育ったハーフだった。
前もって断っておくが、私には外国にルーツを持つ人たちを十把(じつぱ)一絡(ひとから)げにして犯罪と結びつけるような短絡的な思考はない。遡れば誰もが多様なルーツを持っているし、国籍と犯罪との間に直接的な因果関係は存在しない。外国人を安易に犯罪と結びつけるような意見は、差別的思考と言える。
表に出ない「移民2世」の苦境と孤立
だが、日本における少年犯罪だけにクローズアップした時、外国にルーツのある子どもの割合が一定数に上るのも確かだ。特に、出稼ぎを目的として来日した外国人の子どもにはその傾向が高まる。彼らと接していて感じるのは、その家庭環境や成育歴の特殊性だ。
たとえば、三鷹ストーカー殺人事件の加害者・池永チャールストーマスで考えてみたい。フィリピン国籍の母親は、若い頃に来日して以来、長らく日本の夜の街で水商売をして生計を立てていた。そこで知り合った日本人男性との間に生まれたのが池永だった。
母親はフィリピンで里帰り出産したものの、自分で育てようとはしなかった。幼い池永をフィリピンのスラムに暮らす親族に預け、自分だけが日本に帰り、再び水商売をはじめたのである。それから約2年もの間、池永はフィリピンに置き去りにされている。
やがて池永は日本に連れてこられたが、母親は水商売や客との遊びに没頭し、育児といえるようなことはほとんどしなかった。まだ日本語がほとんどできないのに託児所に預けっぱなしにしたり、同じフィリピン人の友達の家に置き去りにして何日も会いに行かなかったりした。稀に母親が家に連れ戻しても、子ども嫌いな父親が池永の存在を疎(うと)ましく思い、暴力を振るう、ベッドに縛り付けるといったことをした。
池永が4歳の時、母親は夫と別れたが、すぐに同居をはじめた新しい恋人は夜の街で知り合った暴力団組員だった。この男性は気性が荒く、池永に凄惨な虐待を行った。殴る蹴るに加え、ライターで体をあぶる、水風呂に沈めるといった拷問まがいのことも日常茶飯事だった。
このような家では、池永が助けを求める先は母親しかなかったはずだ。だが、母親もまたこの男性から激しいDVを受けていたことから、仕事を口実に家にはほとんど帰ってこなかった。
見捨てられた池永は汚れきった小さなシャツとサンダルといった格好で、毎日のようにコンビニへ行ってゴミ箱を漁り、残飯で空腹を満たした。男性の暴力を恐れ、一時期は公園で寝泊まりしていたこともあった。
そんな彼にとって、学校も安心できる場ではなかった。同級生から「フィリピン人」と呼ばれて激しいいじめに遭っていたのだ。何日も風呂に入れない、文房具を持っていない、給食費を払ってもらえない……。これでは同級生から嘲笑の的になるのは仕方のないことだっただろう。こうした不条理の中で育ったことが、池永の認知を大きくゆがませ、殺人者へと変えていったのである――。
外国人受け入れ政策の根本的なゆがみ
日本にも劣悪な家庭環境で育った子どもは数多く存在する。ただし、移民2世の場合は、日本人とはそのあり方が異なる。
池永のケースのように、外国のスラムの家に置き去りにされるとか、幼少期に何カ月も公園や河川敷でホームレスをするといった異常な体験に加え、アイデンティティの欠如、親とのコミュニケーション不全、外国人差別といった、外国にルーツのある子ども特有の困難を抱えていることが多い。
なぜ、そのようなことが起こるのか。
社会背景として挙げられるのが、日本の外国人受け入れ政策の根本的なゆがみだ。詳しくは後述するが、主に1980年代以降、日本は労働者不足を補うために、その時々で法律を作り変え、主にアジアや南米の開発途上国から外国人を大勢受け入れてきた。政府は正式には認めていないが、実質的な移民政策と言える。しかし、それは先進国の政策としてはあまりにずさんであり、外国人の生活や人権をほとんど無視したものだった。国際機関から「人身売買」「奴隷制度」とまで指摘されたこともあったほどだ。
その結果、日本に働きに来た外国人たちが多種多様な困難に直面し、そのしわ寄せがもっとも弱い立場の子どもたちにいったのである。これが、日本に暮らす移民2世が抱えている「闇」なのである。
社会からこぼれおちる移民2世たち
日本に先んじて大量の移民を受け入れてきた欧州では、数十年前から社会からこぼれ落ちた移民2世の問題が注目されてきた。
貧困家庭で育ち、世間から激しい差別を受け、大人になっても居場所を得られない2世たち。彼らの一部が社会への憎悪から反社会組織を結成したり、国際テロ組織に身を投じたりして、国内外の治安を脅かす出来事が起きているのだ。中でも国内で暮らす4人に1人が移民系か外国人とされるドイツは、「移民の統合に失敗した国家」とまで言われている。
現在の日本が直面しているのは、まさに数十年前から欧州諸国が直面してきたのと同じ問題なのである。
冒頭のような事件として社会に表出するのは氷山の一角にすぎない。水面下では、社会から外れた2世たちが独自のコミュニティを形成し、日本人には想像もつかない、もう一つの“裏の社会(パラレルワールド)“を作り上げている。本書で光を当てるのは、日本で子ども時代をすごした2世たちが、日本の制度のゆがみ、外国人差別、貧困といった理不尽な現実によって社会からはじき出され、道を踏み外していくプロセスだ。
彼らは生まれついての犯罪者ではなく、数多(あまた)の不条理に押し流されて、それに抗っていくうちに犯罪をせざるをえなくなった者たちである。逆に言えば、彼らが犯罪に手を染めるようになる過程を明らかにすれば、日本が抱える社会課題が自ずと浮き彫りになる。本書があえて社会から外れた2世たちを取り上げる意義はそこにある。
本書では章ごとに日系人(ブラジル、ペルー)、フィリピン人、ベトナム人など国籍で分けている。それは彼らが日本に来ることになった社会背景や時代背景、それに彼らが形成するコミュニティが、ルーツによって大きく異なるからだ。
本書に登場する日系ブラジル人の若者がこうつぶやいていた。
「日本に連れてこられなければ、俺が犯罪をすることはなかったはずだ」
これを犯罪者の責任転嫁だと一笑に付すのは容易(たやす)いだろう。だが、そうすることで問題の本質を見誤ることはないだろうか。
この言葉の意味を、彼らが日本で体験した現実から考えていきたい。
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