他人の目なんて気にしない強い人間になりたかった。
なのに私は、「え? 山梨に行ったのにほうとう食べてないの?」とか言ってくる、陽キャの攻撃に備えて義務的にほうとうをすする。北海道に行けばジンギスカンをほおばり、京都でおばんざいを食し、沖縄でゴーヤチャンプルをかきこむ。
名物という強迫観念におそわれて、旅先でいつも同じ失敗を繰り返すのだ。
やっぱり唐揚げ定食にしておけばよかった、と。
今回の旅先は新潟県の離島、粟島です。
人口約300人、自家用車の持ち込みができないほど小さな島。そんな秘境で人生初の島ソロキャンプをします。
粟島行きのフェリーに乗船すると、甲板でおじいとおばあがゴザを広げて酒盛りをしている。晴天のもと波風にあおられ、柿ピーとビールで一杯やるおじいとおばあの開放的な姿に、島旅が始まるんだという機運が高まっていく。
その傍の座席に、キャンプ道具を詰め込んだバックパックと肩を並べて腰をかける。
粟島に着くまでの一時間半、初めての離島でのキャンプに想いを馳せる。どんなキャンプ場なのだろうか、名物のわっぱ煮とはいかほどか、七月のこの猛暑ならビールがどれだけ染みるだろうか、と。
妄想をふくらませていると、ぼー、ぼー、と汽笛が鳴り、粟島港に到着。
港では旅館の人が旗を持って乗客をお出迎え。乗客のほとんどは「ようこそお越しくださいました」と、島民に歓迎され、宿の車へと吸い込まれていく。
私を歓待する者は何人たりともおりませぬ。でも、だいじょうぶ、だいじょうぶ、くじけません。私にはビアーが待っているし、名物のわっぱ煮も待っているのだから。
キャンプ場へ行く前に、その粟島名物であるわっぱ煮なるものを食べなくては。
港から歩いて数分のところに店をかまえる「食堂あわしま屋」へ。いかにもドローカルな佇まいに足が止まるが、意を決してのれんをくぐる。
店内はほぼ満席。奇跡的にひとつだけ空いていたテーブル席へ。
地元民しかいないようなローカルな食堂に入るのは、いつだって勇気がいる。なぜなら、どうやって注文するのか問題に直面するから。
案の定、注文の仕方が分からない。
ひとつ分かるのは、先客たちは既に注文を済ませている。会話を愉しむその余裕を見るに、間違いない。
ただ、お店の人がいない。厨房らしき所から音が聞こえるので、食事の準備をしているのはたしかだろう。席を立ち厨房まで行き注文をすると足が震えるくらいには、小心者である。
しかし、受け身では飯にも、女にもありつけないのが、この世のすべてよ。
わっぱ煮をオーダーした強者の面構えをする先客たちを横目に、自身の早まる鼓動を悟られぬよう店の人をつかまえにいく。
無事に注文を終え、わっぱ煮を待っていると、先客のわっぱ煮が次から次へと運ばれてくる。
わっぱ煮とは、なにやら「わっぱ」と呼ばれる杉製の桶に、魚、ネギ、味噌、水を入れ、食べる直前に熱した石を入れる郷土料理らしい。
わっぱから立ちあがる異常なまでの蒸気で、食堂内には味噌と葱の芳醇な香りが充満していく。
すると「はい、おまちどおさま、わっぱ煮定食ね」、おばあがわっぱ煮を運んできた。
限界まで石を熱しすぎたらしく、ぼこぼことお盆の上に汁がこぼれるこぼれる。「ごめんねえ、ちょっとあつくしすぎちゃった」と、おばあがわっぱ煮をふうふうしてくれた。
待ち望んでいた、わっぱ煮は素材がダイレクトに伝わってくる野生みあふれる味だった。
わっぱ煮のほかにも、地魚の刺身や煮付けもセットになった豪華な昼食であった。
そんな魚づくしの定食を注文しておきながら、実はわたくし魚が苦手である。とくに生魚。
お腹を壊すとか、戻すとかじゃないけど、生魚を食べると気持ちわるくなる。予想どおり気分がわるくなった。
だって、島に来たなら魚を食べなきゃじゃん。食べなきゃ、陽キャに「え? 島に行ったのに魚食べてないの?」と、まくしたてられるもん。
ああ、気持ちわるいよ。
まだキャンプ場にすら辿り着いていないのに。
やっぱり唐揚げ定食にしておけばよかった。
(次回につづく……)
アウトドアブランド新入社員のソロキャンプ生活

- バックナンバー
-
- 他人の目なんて気にしない人間になりたかっ...
- こんなおじさんにはなりたくないと思ってい...
- 幸せという概念に押しころされそうになる
- 初めての渓流でのフライフィッシング
- 人間、そうかんたんには変わらない
- 退路はどこにも存在しない
- 最後のムーヴキャンプ
- ミニマリストになり手放しすぎた結果、生へ...
- 世界のキャンプ飯、デンマークおふくろの味...
- 吹雪の中のフライフィッシング
- キャンプとコーヒー
- 父と見上げた星空は忘れない
- ついに来ます、ジムニーノマドが
- 日本もルワンダも一緒
- 僕だけ釣れない、フライフィッシング
- 新潟に恋してる
- 人生最長14泊15日キャンプ
- ムダこそ至高なのだ。
- 僕、フランゴアザンベジアーナが作れるんで...
- 日本にいてもアフリカにいても火を焚くこと...
- もっと見る










