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健さんからの手紙 ~これからの人たちへ~

2015.03.04 公開 ポスト

『健さんからの手紙』重版記念 最終回

これからを担う世代には、是非…近藤勝重(コラムニスト、ジャーナリスト)

 

 2014年11月に急逝した高倉健さんと、18年間にわたって書簡のやりとりを続けてきた著者。ときには教鞭を執る大学での講義に健さんがお忍びで参加したりと、互いを大切な友人として温かな心の交流を続けてきた。
 そんな二人の書簡、とくに単なる通信の手段を超えて人生・人間の作法を教えてくれる健さんからの手紙を軸に、名優の素顔に迫った本書。
 数々の感動的なエピソードの中から、健さんの想いが伝わる話をダイジェストでお届けします(全4回)。

 

 そう言って、「しゃべり過ぎてますかね、ちょっと」と私の顔をのぞき込むように見ていましたが、健さんはこんな機会だから少し言っておこうという気持ちになっていたのでしょう。ほとんどの学生がジャーナリスト志望だと知ると、話にも力が入った感じでした。

「お金はほしいです。やっぱり。資本主義の国に生まれて育つと。でもお金ばっかりで本当にいいのかっていう日がいつか来ます。自分たちが書いたものが、高いお金もらえるところに出せれば何でも書くか? っていうところにいつかきますよ。来なかったら勉強が足りないんだと思います。書いたものが誰のボディーを打って、誰が泣いてくれたらいいか。そこまでいかないと、きっといくところまでいっていないんだと思いますよ」

 お金、お金と経済中心に動く世の中で、人の心は見失われていくばかりです。生き難い世に対する健さんの胸中がうかがえる言葉でした。

 (中略)

 そうして話が続き、二時間近くが過ぎたでしょうか、学生たちが見計らったように声を上げました。

「写真、いいですか」「みんなと撮らせてください」
「いいよ、みんなで写そう」と健さん。全員、前に集まり、健さんを囲んでの記念撮影を最後に授業を終えました。

 教室の外に出ると、日はビルの向こうに落ちかけていました。そぞろ寒さが感じられる校舎の裏道を抜けながらの道々、学生の一人が健さんに尋ねました。

「役者さんのスター性が目立ち過ぎ、見ていてストーリーに現実感が持てないことが多いんです。でも高倉さんが庶民を演じると、現実感があります。日本一注目されているスターだと、庶民感覚がわからなくなりそうなのに、どうしてできるんですか」

「わからなくなるとまずいから、気をつけてますよ。付き合う友だちに気をつけたりね。あとは人を見る。何をしているのか、とか、表情とか。今日も一人ひとりみなさんのことを見てました」

 歩きながらキャンパスのイチョウ並木を見てほしかったのですが、と私が言うと、健さんは思い出す口調になりました。

「神宮外苑のイチョウ並木もいいですねぇ。葉が積もってじゅうたんのようになるんですね」

 言って、少し間がありました。

「僕の隣にいた女の子が突然靴を脱いで裸足で駆けて行ったんです。ああ、素敵だなあって思いましたねぇ。……のちの嫁さんですけど。イチョウ並木というと、思い出しますねぇ」

 私は四十五歳の若さで急逝した江利チエミさんとの結婚(一九五九年)や離婚(一九七一年)のこともうかがえたらと思ってはいたのですが、やはり立ち入り難く、口には出せませんでした。

 裏門の前まで来たところで、健さんは気持ちを切り替えるように私たちを見つ めていたかと思うと、背を折りながら、「とっても楽しい経験でした。ありがとうございました」と頭を下げました。

 これが健さんなんです。ですが、目の前でその姿を見ると、腰の低さ、律義さが際立ち、こちらのほうが恐縮するばかりでした。

(中略)

 大学まで足を運んでくれた健さんに、どんなお返しができるのか。考えたところでお返しなんてできるものではありません。お礼の言葉をみんなで色紙に書いて送らせてもらったところ、健さんから手紙が相次いで届きました。


近藤 勝重 様

拝復
この度は、いろいろお心遣い頂きまして、どうもありがとうござい
ました。

ふらり・・・お訪ねするという言葉通りにはいかず、教室にお伺いする日程を決めてからは、そわそわの連続。
撮影とは異なる緊張感が続いておりました。

普段、接する機会がない若い方々とご一緒に、
近藤さんの深いお言葉を直接伺えて本当にいい思い出になりました。

昨日、遠く北海道の知人から、毎日新聞の近藤さんのインタヴュー
記事を読んだ感想が送られてきました。
みなそれぞれに、「あなたへ」を受け止めて下さったようです。

くれぐれもご自愛ください。
先ずは、書中にて御礼申し上げます。
拝白
  2012年11月26日

高 倉  健

 *


近藤 勝重 様

拝復
色紙と写真が届きました。
色紙に綴られた一人ひとりのご感想を、読ませていただきました。

撮影以外、若い人と接することが少ない自分にとって、
あの時間は新鮮でした。
戦後の近代化に伴い経済優先だった日本に付けが回ってきた時代、
これからを担う世代には、是非、心の追求をしていって欲しいと感
じました。

生徒の皆様によろしくお伝え下さい。

先ずは、書中にて御礼申し上げます。
拝白
  2012年12月4日

高 倉  健
 

 

(ダイジェスト連載は今回が最後です。語り尽くせないエピソードの続きは、『健さんからの手紙 何を求める風の中ゆく』でお楽しみください)

 

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健さんからの手紙 ~これからの人たちへ~

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近藤勝重 コラムニスト、ジャーナリスト

毎日新聞客員編集委員。早稲田大学政治経済学部卒業後の1969年毎日新聞社に入社。論説委員、「サンデー毎日」編集長、夕刊編集長、専門編集委員などを歴任。毎日新聞(大阪)の大人気企画「近藤流健康川柳」や「サンデー毎日」の「ラブ YOU 川柳」の選者を務め、選評コラムを書いている。10万部突破のベストセラー『書くことが思いつかない人のための文章教室』、『必ず書ける「3つが基本」の文章術』(ともに幻冬舎新書)など著書多数。長年MBS、TBSラジオの情報番組に出演する一方、早稲田大学大学院政治学研究科のジャーナリズムコースで「文章表現」を担当してきた。MBSラジオ「しあわせの五・七・五」などにレギュラー出演中。

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